先進オフィス事例

~オフィスを経営の力に~

株式会社アクア 前編

2015年9月取材

※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

旧本社のさまざまな経営課題を解決に導いた「東銀座プロジェクト」の全貌

絵コンテ・カンプ・イラスト制作からデジタルサイネージ、WEB・デジタル制作、キャラクター開発、マンガ制作、ゲームイラスト制作、グラフィックデザイン、映像・アニメーションや空間イラストレーションまで、CMや広告づくりのための「イメージを伝えるコミュニケーションを『描く』」制作会社である株式会社アクア。2015年1月に東銀座に移転した同社の本社オフィスについて、その経緯やコンセプトなどのお話をまとめた。

 

永川 久弥氏

株式会社アクア
経営管理部部長

永川 久弥氏

中林 克敏氏

富士ビジネス株式会社
オフィス環境営業本部
第三営業部営業1課

中林 克敏氏

株式会社アクア

はやわかりメモ

  1. 2棟・4フロアに分散していた旧本社のコミュニケーション環境を改善
  2. ISMS認証取得のための物理的セキュリティとBCPを考えた物件選定
  3. 「東銀座プロジェクト」を発足し新オフィスのコンセプトを策定
  4. ISMS規定に合わせて入念に設定されたセキュリティゾーン
  5. 採用力強化とコミュニケーション改善など、大きな移転効果を実感

2棟・4フロアに分散していた旧本社のコミュニケーション環境を改善

さまざまな表現媒体を通して、「人々に夢と感動をお届けする!」を企業理念の根幹に掲げる株式会社アクアは、年間5000件以上の絵コンテを受注し、業界トップクラスの制作実績を誇るリーディングカンパニーだ。1991年に有限会社として創業し、その後、田町(港区芝浦)にオフィスを移転した1998年を第二創業と位置づけ、2002年には株式会社に組織変更した。事業と企業の成長に伴って何度か館内増床や分室開設を行いつつ、15年以上にわたって田町を本拠としてきた。移転直前にはビル2棟・4フロアの計191坪に65名の従業員が勤務していたという。

「当社の事業は、CMなどを制作するときに使用される『絵コンテ』の作成からスタートしました。絵コンテというのは、簡単に言えば映像作品の設計図のようなもので、15秒なり30秒なりという時間の中でどのような映像が展開されていくのかをイメージとして見せるものです。たとえば、広告代理店様がクライアント様に対して『こういうCMは如何でしょう?』と提案するときにプレゼン資料として使用されます。いわば、プレゼンに勝つための資料をつくる専門家集団ですが、こういう会社は日本ではまだ数少ないようです」(永川久弥氏)

実際のCMは、同社の描いた絵コンテを基に、広告代理店から映像制作会社に発注され、監督や美術スタッフ、撮影スタッフ、出演する俳優やタレント、エキストラ、映像編集・音響・特殊効果など多くの専門家の手によって映像作品として完成される。クライアントや代理店の担当者も含めて、一本のCMに携わる関係者はこのように膨大な人数にのぼるが、この人々が事前に「自分たちはこれから、どんなCMをつくるのか?」という共通認識を持つためには、絵コンテを見るのが一番早い。関係者が完成した映像作品のイメージを共有できるかどうかは、絵コンテの出来にかかっているといっても過言ではないだろう。

同社の現在の事業内容は多岐にわたるが、共通しているのはいずれも「絵で見せる」=Total Visual solutionというコンセプトであり、「描く」という行為が基本となっている。鉛筆で、ペンで、筆で、パソコンソフトで……さまざまなツールを用いて「絵」(映像作品を含む)をつくる制作部と、その「絵」を顧客に売り込む営業部の両輪により、同社の事業は成り立っているのである。
だが、旧本社時代には、30数坪単位の狭小なオフィスが複数に分散していたため、制作部と営業部、また制作の各部署間の連携という面で工夫の余地があったという。

「一種の『島意識』とでも言いますか、それぞれの部署がある場所ごとにチームのメンバー同士でまとまってしまい、他の部署のメンバーとは顔を合わせる機会が少なかったので、仲間意識を育成する、いわば全体最適の醸成が経営課題でした。また、会議室の数が少なく、設備も旧式化していたため、社内のコミュニケーションが満足に取れない状況に陥っていました」(永川氏)

ISMS認証取得のための物理的セキュリティとBCPを考えた物件選定

社員からの要望として、「最寄駅からの距離」や「空調・トイレ等の建物設備の老朽化」などが挙げられたが、もう一つ大きなテーマとして、BCPなど安心・安全を確保するために必要な課題があった。機密レベルの高い顧客情報を取り扱うことが増えてきたことから、同社はISMS認証(注1)の取得をしていたのだが、ISMSの更新審査でも物理的セキュリティの構築が大きな課題であった。

「私たちの仕事はお客様ありきですから、ときには納期に間に合わせるため、社員が休日出勤しなければならないケースもあります。そのようなとき、万一カギの閉め忘れなどがあっては大変ですから、物理的セキュリティは必須なのですが、旧本社では建物自体の設備が古く、セキュリティ機器を設置することが難しかったのです」(永川氏)

さらに、建物の耐震性能や、すぐ近くを河川が流れているというロケーションなど、会社のBCPを考えたとき、旧オフィスはさまざまな不安材料を抱えていた。現に、2011年3月11日の東日本大震災のときには、ものすごい揺れだったという。こうした背景から、永川氏は複数の経営課題解決のためにオフィス移転の可能性を考えるようになり、2014年6月頃から社長に相談を始めた。偶然ながらほぼ同じ頃、三幸エステートの営業からアプローチがあった。

「代表の原田からは『ショールームを併設して、プル型の営業戦略に活用したい』という要望があり、移転先としては長年慣れ親しんだ田町周辺で物件を探していました。田町と品川にそれぞれ候補物件があったのですが、田町は賃料単価が高く、品川は駅からの距離に不満がありました。移転時期を2年くらい延期することも考えましたが、消費税率引き上げも控えていたので……。最終的には、三幸エステートさんからこちらの東銀座(築地)の物件をご紹介いただき、8月には移転先を決定しました。当初、築地という選択肢は想定していませんから、偶然の出会いでしたね」(永川氏)

【注1】ISMS(情報セキュリティマネジメントシステム)。
近年、IT化の進展に伴い、不正アクセスやコンピュータウイルスによる被害、及び内部不正者や外注業者による情報漏えい事件など、情報資産を脅かす要因が著しく増加しており、これらの脅威に対して適切にリスクアセスメントを実施して、企業における総合的な情報セキュリティを確保するためには、ISMSの構築・運用が必須事項となっている。

「東銀座プロジェクト」を発足し新オフィスのコンセプトを策定

移転先は、東京メトロの日比谷線「築地」駅のほか、有楽町線「新富町」駅、都営浅草線「東銀座」駅と大江戸線「築地市場」駅の4駅4路線が利用可能な交通の要衝に位置している。物件は築年数こそ経過していたが、2006年に耐震補強工事を実施しており、安全面は担保されていた。さらに、懸案であったショールームも近隣に約40坪のスペースを確保することができたのも決め手になったという。同社は新オフィスへの移転計画を「東銀座プロジェクト」と命名し、永川氏を中心とするメンバーでただちに計画の具体化に着手した。

「代表の原田はもともとアミューズメント系の施設が好きな人間なので、『せっかく移るのであれば遊び心を持ったオフィスにしたい』との要望がありました。また、当社では『人財』、つまり人こそが会社にとって最大の財産と考えておりますが、近年では新卒採用は売り手市場の傾向が強く、採用力の強化は経営課題となっていました。そこで、オフィスイメージの向上による採用力強化に取り組むことにいたしました」(永川氏)

こうして、新オフィスのコンセプトを「風通しの良いオフィス」「遊び心の追及」そして「コミュニケーションの改善は企業の成長を促進する!」と定め、東銀座プロジェクトがスタートした。最終的に同プロジェクトの施工を担当することになる富士ビジネス株式会社のほか、2社の内装業者に声がけして、計3社でコンペを実施した。

「他の2社のうち、A社さんは古くから当社とおつきあいのある会社で、なまじ当社のことを知り過ぎているためか、やや遠慮がちな提案内容になっていました。またB社さんは、経営方針にまで深く踏み込んだコンセプトを提案していただき、その指摘はいちいち頷ける内容だと思いましたが、少々時間がかかり過ぎて今回の移転計画にはそぐわないのではないかとの判断でした。その点で、富士ビジネスさんの提案は当社の現状に即しており、また参考として見学させていただいたライブオフィスが当社のイメージに近かったことが決め手となりました」(永川氏)

施工会社の選定についても永川氏の判断に委ねられ、特に社内から反対意見が出ることもなく、役員会議の承認を得る。事業部長クラスの意見を聞いたり、社員へのアンケートを行ったりもしたが、基本的にポジティブな意見のみに耳を傾けることとし、新オフィスのレイアウトプランについては永川氏の主導で決めていったという。

「アンケートを行った目的としては、『みんなの意見を聞いて多数決で判断したい』ということではなく、『社員と話し合いたい』という思いがありました。当時の社員数は約65名でしたが、この65名対永川、という構図で、個人とのメールのやりとりをccで全社員に共有することで、こちらの考え方を理解してもらいたかったのです。また、全体朝礼の場などでもプロジェクトの進捗状況などを逐次報告し、社員にアピールしていきました」(永川氏)

8月中旬に社員への説明を行い、9月までに施工会社を決定すると、永川氏は毎週火曜日に定例ミーティングの席を設けた。この場で富士ビジネス側の担当者である中林氏がコンセプトを具現化していくとともに、詳細なスケジュールをまとめていった。

「私どもとしては、『サーバルームを起点として、部署と部署が丸い円を描いてつながり、社員の方が歩いて見て回れるオフィス』という形で『風通しの良さ』を具現化することを提案させていただきました。コンペの開催された時期はちょうどお盆休みを挟んでいたので、こちら側のプレゼン内容をまとめるのに実質1週間しかなかったのですが、お陰様でなんとかご納得いただける提案ができたと思います」(中林克敏氏)

レイアウトの起点となるサーバルームの位置は、ビル側からの提案で「ビルのコア周りがいいのではないか」ということになり、まずここから全体のレイアウトが固められた。また、制作部のメンバーが集中して作業できる環境を確保するため、制作部と営業部の席を離すようにゾーニングされた。

「打ち合わせはスムーズに進みました。全体的なデザインはおおむねコンペ時にご提案した通りの形になりましたが、受付についてはイメージが違っていたということで、ここの部分はかなり大幅に変更を加えております」(中林氏)

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