エーザイ株式会社 小石川ナレッジセンター

エーザイ株式会社 小石川ナレッジセンター(KKC)

2010年7月取材

※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

ファシリティマネージャーのパートナーシップが
「理想のオフィス」を実現する原動力になった!

オフィスをつくるときに最も大切なことは何か?エーザイ株式会社で長くファシリティマネジメント(FM)を担当し、本誌にもたびたび登場していただいている志牟田章氏は、「ナレッジワーカーのニーズに応えるため、しっかりとした計画条件をまとめること」と断言する。2010年4月に誕生したエーザイの新しいオフィス「小石川ナレッジセンター(以下、KKC)」の事例を参考に、FMのお手本となるワークプレイス構築の手順について学んでいこう。

プロジェクト担当

志牟田 章氏

エーザイ株式会社
志牟田 章氏

総務部推進グループ統轄課長
認定ファシリティマネジャー(CFMJ)

はやわかりメモ

  1. オフィスづくりで大切なのはプロセス
    エーザイでは小石川ナレッジセンターを建設するにあたり、FMに基づく推進プロセスを重視してプロジェクトを進めた。そのプロセスとは「真のニーズの把握」→「計画条件のまとめ」→「設計」→「施工/監理」→「運用/維持管理」の5つのステップ。
  2. ニーズ把握と計画条件を綿密に
    ニーズを把握せずに、いきなり「設計」から外部に委託してしまうケースがあるが、これでは満足できるワークプレイスにはならない。もっと「真のニーズの把握」→「計画条件のまとめ」に時間をかけるべき。ニーズの把握は単なるアンケートではなく、直接、役員層から社員までの話を聞いて真のニーズを引き出すことが重要。
  3. コンペよりプロポーザル
    価格や一方的な提案を求めるのではなく、最適なパートナー選びにつながるプロポーザルを選択。家具などの選考にあたっては、綿密にまとめた計画条件と予算に加えて、建築設計とワークプレイス設計の内容を提示し、それらに合った提案をしてもらう方がブレのないオフィスになる。
  4. サプライヤーでなくパートナーへ
    「サプライヤーとユーザー」の関係ではなく、一緒に協力しあいながら高い目標を目指すパートナーの関係になることで、より高いレベルの仕事ができる。また互いにFMの知識を共有することで、同じ目線、同じ言葉で意見を交換していくことが、プロジェクト成功の鍵となる。
  5. 多様な省エネ対策とコミュニケーションエリアの実現
    今回のプロジェクトの重要課題である省エネ対策とコミュニケーションエリアの実現。建築とワークプレイスという異なる2つの重要課題の与条件整理を同時に行い、建築設計段階から、その両立を図るための検討に力を割いた。完成したオフィスは当初の目的とほとんどブレないだけでなく、さまざまなプロの知恵が引き出され予想以上のものになった。

本社地区のオフィス再構築はFMがなければできなかった。

医薬品メーカーのエーザイといえば20以上の国と地域に事業拠点を持つグローバル企業である。
「この敷地にあった久堅ビルは、もともとは研究開発を担う施設でした。しかし、1982年に筑波研究所を設立し機能を移転。その後、空いたスペースに他の部門を入れていくという作業を繰り返し、さらに大幅な増員にはスペースの継ぎ足し工事で対応するなど、かなり使いにくいオフィスになっていました。部分的には内部のリニューアル工事を行いましたが、根本的な改善までには至りませんでした。そんな中で、2002年ごろから施設戦略の第一歩として本社地区全体の複数の建物のグランドデザインについての検討を始めました」

ちなみにこのプロジェクトは、志牟田氏にとってFMの手法を実践していく貴重な機会になったという。
「私が総務部に異動になってオフィスづくりに携わるようになったのが1999年10月のことでした。最初はレイアウト変更をするにも方法がわからず戸惑っていたのですが、たまたま手にした『ファシリティマネジメント・ガイドブック』(*注)でこの分野について学ぶことになりました。そしてファシリティマネジャーの資格を取得したことが大きな転機となり、JFMA(日本ファシリティマネジメント推進協会)の講習会やイベントなどに参加。そこで知りあえた多くの企業のファシリティマネジャーたちとの交流によって得た知識をもとに、計画的なオフィスづくりを進められるようになりました」

注:ファシリティマネジメント・ガイドブック/発行は公益社団法人 日本ファシリティマネジメント協会(JFMA)。内容を改編し、現在は総解説ファシリティマネジメントが発売中である。

計画段階でワークプレイス条件と維持管理条件の整理が必要。

2007年から始まったKKCの建設プロジェクトでは、それまでの経験で培ってきたFMの技術やノウハウを最大限に活かした取り組みを行った。

「重要なのはFMの推進プロセスを、きちんとした手順で進めること。特に最初の『真のニーズの把握』と『計画条件のまとめ』は最も重要です。特に計画の段階でワークプレイスの条件や維持管理(コスト削減を含む)の条件を整理することが必要です。ここをしっかりしておけば、その後、変更が生じたとしても内容が大幅にブレることはありません」
ここで、オフィスづくりにおけるFMの推進プロセスを紹介しておこう。大きな流れは一般的な「PDCAサイクル(Plan-Do-Check-Action)」に沿ったものだが、志牟田氏は自らの経験をもとに、次のような作業を行っている。

STEP1 : 真のニーズの把握

Plan(計画)の前段階にあたるもの。今回のプロジェクトのパートナーでもある大成建設が開発した個別インタビュー手法「T-PALET」で役員層から一般社員までのニーズを顕在化していく。

STEP2 : 計画条件のまとめ

Plan(計画)にあたり、プロジェクトメンバーの参加型ディスカッションや事例見学などを繰り返し、「課題の整理」と「方針の設定」を進めていく。この段階でコンセプトとシナリオをしっかり決めておくことが重要。

STEP3 : 設計

Plan(計画)からDo(実施・実行)にあたる段階で、ここまでの条件をもとに建築設計とワークプレイス設計を専門家に依頼する。そして「安全」「省エネ」「維持管理」などの建築条件と併せてワークプレイスの条件をきちんと満たしているか、項目ごとに厳しくチェックしていく。

STEP4 : 施工/監理

Do(実施・実行)では、工期短縮とコスト削減の観点から、通常ワークプレイスで行う工事の一部を建築工事期間内に実施。またコンセプトに基づいた施工計画が守られているか?総合的な品質・工程・コスト管理ができているか? といった点について自分たちだけでなく第三者である監理者の評価も加え、Check(点検・評価)を行っていく。

STEP5 : 運用/維持管理

運営維持の観点から与条件を建築設計に反映。建物の電気料金などのライフサイクルコスト計画と中長期修繕計画を作成。稼動後、それに基づくCheck(点検・評価)とAction(処置・改善)を開始。最適な執務環境の提供と維持管理費用の最小化を最大限に考え、エンドレスなオフィスのFMを続けていく。

「オフィスづくりの失敗例でよくあるのは、最初の2つのステップを不十分なまま設計者に検討を委ねてしまうケースです。設計が進んでしまうと、あとから『期待していたものと違う』と思っても、もう修正は効きません。ですからプロジェクトの成否は、設計前の段階にかかっているといっても過言ではないのです」

ただし、そこには多くのノウハウが必要になる。
「ニーズ把握にアンケートを用いることがありますが、真のニーズ把握には本来時間をかけるべきで、役員層や一般社員から直接話を聞くことが重要だと思います」

例えばリフレッシュルームが必要かどうかを考えたとき、社員アンケートで賛成と反対が同数だったとする。しかし、この結果からは、リフレッシュルームの必要性が導き出されることはない。

「アンケートだけでは、真のニーズを把握するのに限界があります。何故なら『普段からオフィスを考える立場でワークスペースを見ている人』と『今までオフィスについて考えたこともない人』では設問に対する理解度は大きく異なってくるからです。アンケートを定点観測のように継続的に行う場合は、その変化から課題を導くことができると思いますが、たった一回のアンケート結果を絶対条件とすることには、無理があるように思います」
1階エントランス横のコラボレーションエリア
1階エントランス横のコラボレーションエリア

実は志牟田氏自身もニーズを把握する方法については試行錯誤を繰り返してきた。そして行き着いたのが、大成建設が開発したインタビュー手法「T-PALET(ティー・パレット)」だという。専門のボードとカードを使用して個別に話を聞きながら真のニーズを把握していく。1人に30分から1時間程度のヒアリングを行い、その場で要求条件の重要度や優先順位を確認し、設計者に伝える与条件として整理することができる。すでに20年以上の実績を重ねながら完成されてきたものだけに、「今のところこれ以上の方法はない」と志牟田氏も絶賛している。

  • 所在地:東京都文京区小石川
  • 竣工/2010年4月
  • 敷地面積/1,978m2
  • 延床面積/7,232m2(駐車場含む)
エーサイ概要

地域社会、地球環境に貢献する建物 知識創造に最適なワークプレイス。

これらのプロセスを経てまとめられたKKCの基本コンセプト「質実剛健」に基づいて、ワークプレイスコンセプトが生まれた。

ワークプレイスコンセプト

high flexibility

企業活動を取り巻く変化に対応しやすいワークプレイス

  • オープンとクローズドのゾーニング分け
  • フレキシブルな対応を可能にするレイアウト
  • 情報の共有化と使い勝手を考慮したファイリング

human communication

さまざまなタイプのコミュニケーションを誘発するワークプレイス

  • フォーマルコミュニケーションを支える環境とユーザビリティの確保
  • インフォーマルコミュニケーションを促進するコミュニケーションゾーン
  • 偶発的なコミュニケーションを誘発する仕組みづくり

comfortable sustainability

将来にわたって居心地の良いワークプレイス

  • 「エーザイらしさ」が感じられるインテリアイメージ
  • 機能性とアメニティの両立
  • 地球環境に配慮したオフィス

「エーザイはヒューマン・ヘルスケア(hhc)企業となることを目指していますから、新しい建物を作るにあたっては、hhc実現に資する知識創造、地球環境への配慮(CO2削減)、安全確保、地域社会との調和などの要求条件を念頭において検討を行いました。そして知識創造の場にふさわしいワークプレイスにするという方針を、hhcの文字に当てはめて、このようなワークプレイスコンセプトが決まりました」

価格で競わせるコンペではなく提案内容を重視するプロポーザル。

推進プロセスの「STEP3:設計」においてワークプレイス設計の次に行われたのが家具類のプロポーザルだ。
「今回は単なる価格だけに重きをおいたコンペではなく、提示した基本レイアウトプランと予算の範囲でコンセプトに基づく企画提案をしてもらうような形をとりました」

そのとき提示された資料では、今回のオフィスづくりにおける詳細な条件設定を明示している。

まず、新オフィスのワークプレイスコンセプトを明確に説明し、そして基本方針案としてゾーニングからレイアウト、ファイリング、コミュニケーション......といった項目一つ一つに「こうしたい」といった要望が並べてある。したがって、参加する家具メーカーは、その全てに理由を付けて回答し、提案内容につなげていく作業が必要になる。

「求める条件に合ったプランだけでなく、自由な発想による提案も依頼してプロポーザルを行いました。このようなスタイルで行うとニーズとのずれが生じないだけでなく、どの会社がどこまで私たちのオフィスのことを深く考えているかがわかります」。
結果として採用されたメーカーは、照明や室内の空気の流れまで考えて最適なパーティションの高さを提案するなど、発注者が気づかないアイデアを盛り込んできたという。

「建築設計からオフィスづくりまでの、全ての取引先との関係についていえるのですが、サプライヤー対発注者という関係のままであれば、本当にいい仕事はできません。それより、一緒に同じ目標に向かっていくパートナーとしての関係が築ければ、より高いレベルの仕事ができる。こういった人間関係づくりも、FMには重要なのです」

FMは取り扱う範囲が広く、1人で全てを行うことは困難である。だからこそ、それぞれの分野のプロフェッショナルをパートナーにしていく必要があるという。今回のプロジェクトでは徹底してその点にこだわった。
「工事を担当した現場の副所長と設備担当者にFMのガイドブックを渡し、『これを勉強して、できればファシリティマネジャーの認定資格を取ってほしい』と頼んだのです。建築側のサプライヤーにこちらの思いを理解してもらいたい。そんな気持ちから無理なお願いをしてしまいました。工事真っ最中ではあったのですが、2人とも見事に合格。その努力には本当に感服します」

実際に建物を建てるプロの2人がFMを理解した専門家となったことで、ワークプレイスの構築は予想以上の進展を遂げたという。
「ユーザーのニーズに応える質の高いワークプレイスをつくるという目的は一致し、しかも共通のFM用語で話ができる。これは大きかったですね。KKCはそれぞれの専門を持つファシリティマネジャーたちがパートナーシップを発揮して完成させたオフィスです。だからこそ、画期的で使いやすいワークプレイスになったと自負しています」

多様な省エネ対策とコミュニケーションを実現するワークプレイスデザイン。

それでは、完成した小石川ナレッジセンターの概要を紹介していこう。

建物は地下2階・地上4階建で、これは地域社会に調和した建物として高さを抑えた結果だ。また安全面では、官公庁の防災拠点同様のレベルとなる建築基準法の1.5倍の耐震性能を実現している。そしてCO2削減のために徹底して以下のような省エネ対策を実行した。

照明・照度

  • 全館(共用部及び執務スペース)に取り入れた人感センサー
  • 一定時間を過ぎると照度が70%オフ、さらに人の気配が感じられないと消灯する自動照度コントロール

空調

  • 社員が温度設定スイッチを触ることなく居室内を常に適温にコントロールする全自動空調システム

西日対策

  • 照度センサーとタイマーを組み合わせた、ダブルロールスクリーンによる自動昇降システム

「西側に1階から4階までの吹き抜けを設けて全面ガラス壁面の開放感ある空間にしたのですが、そこに面した大きな窓の西日対策をどうするか、いろいろな方法を検討しました。その結果、熱だけでなく光のコントロールも行えるなど、最良な方法を選択できたと思っています」

省エネ対策としてもう一つ注目されるのが、吹き抜けに設置された換気用のダクトパイプだ。
「上部に溜まった熱を天井部分のスリットで吸い込み、そのまま室外排気や必要に応じた空気循環などで空調の負荷を低減します。このシステムのおかげで、ガラス張りの吹き抜けであっても快適な温度環境を少ないエネルギーで実現できるのです」

KKCでは、ガラス張りの会議室やオープンな打ち合わせコーナー、エントランスホール、吹き抜け空間、隣地に新設した中庭など、偶発的な交流が誘発されるさまざまな場を設けた。吹き抜けからは各フロアの執務ゾーンを見渡すことができ、特に吹き抜けと一体化したコラボレーションエリアはカーペットと什器のカラーリングや、椅子や机の高さに工夫をこらすことにより、執務室ゾーンとは異なる環境を用意。無意識なリフレッシュとオープンなコミュニケーションによる人的交流を活性化する重要な意味を持たせた。
インフォーマルコミュニケーションを促進するコラボレーションエリア
インフォーマルコミュニケーションを促進するコラボレーションエリア

「吹き抜けに面するコミュニケーションゾーンは、コンセプトの一つである『さまざまなタイプのコミュニケーションを誘発させる』場として工夫を凝らしました。そしてそのことを社員にも理解してもらうために、あえて名称をコラボレーションエリアと名付けたのです」

「エーザイは早くからからナレッジマネジメントを推進してきました。当然、KKCの建築にあたっては、知識創造に資することが可能となる新しいワークプレイスの構築が課題だと思っていました。そして、建物全てにおいて感性が刺激される場となるように徹底的にこだわったのです。そのために、設計から施工、維持管理までの全ての工程の中で、発注する側とつくる側がパートナーとなることによって、お互いの智恵を最大限に出し合うことができました。そういった意味では、KKCはナレッジクリエイションの結果だといえるかもしれません」

地域にも貢献できるランドマークとして

小野伸幸氏

エーザイ株式会社
小野伸幸氏

総務部推進グループ
課長
MBA

建設プロジェクトの過程でとても気を遣ったことの一つが近隣の皆様への配慮でした。小石川は住宅地でもあり、周囲は個人の住宅やマンションなどに囲まれています。従って、新しいオフィスはそのような環境と調和するものでなければなりません。

当社はこの地域で長く事業を行っています。ですから近隣の皆様のご理解を得ながら、会社のシンボルになりえる新しいオフィスをつくることができたのはうれしいことですね。北面の3階部分に設けた屋上庭園や背後に設けた中庭など、地域環境との調和にも貢献できたと信じています。

KKCの建築は、総務部に配属されて直ぐのプロジェクトでした。このプロジェクトを通して初めてFMを知ったのですが、ニーズをきちっと捉えて形にしていく手法はとても勉強になりました。ワークプレイスの機能性はもちろん、建物デザインやその後の運用コストと手間を含め、合理的に考えていくFMは効果的であり、オフィスの構築には欠かせないものだと実感しています。

空間が変われば働き方も変わっていく

安井瑞樹氏

エーザイ株式会社
安井瑞樹氏

総務部推進グループ
係長
認定ファシリティ
マネジャー(CFMJ)

新オフィスの構築というプロジェクトに初めて携わり、いろいろ貴重な経験をさせてもらいました。個人的に注力したのはコラボレーションエリアです。私もこれまでいろいろなオフィスで仕事をしておりますが、人間はそんなに長く緊張感が続かないと思ってきました。自分の席しか居場所がなければ気分を変えられず、ストレスに繋がります。しかし、今回のように他部署の人とも自由な会話や、リラックスができるスペースがあれば、仕事の効率は高まると思います。オンとオフの使い分けは、生産性や効率性の観点から非常に重要なことだと思います。

コラボレーションエリアで使う家具の選定では、「今までのオフィスでは使っていないデザインや色」にこだわりました。ショールームにも何度も足を運び、自ら座って確かめながら決めていったのです。

FMはワークプレイスを完成させるまでのプロセスが非常に分かりやすく、実践的な手法だと思いました。しかも完成後のオフィスを見ると明らかにコミュニケーションが増えており、空間や環境が仕事のスタイルを変えていくことが理解できました。