株式会社ファーストリテイリング 東京本部

株式会社ファーストリテイリング

2010年8月取材

※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

「緩やかな」グループアドレスがマネジメントを強くし、
情報共有のスピードをあげ、チーム力を最大化する

ユニクロのブランドでお馴染みの株式会社ファーストリテイリングは、2010年3月、港区六本木のミッドタウン・タワーの28~34階に東京本部を移転した。ファーストリテイリングといえば、本誌『オフィスマーケット』でも2006年9月号で千代田区九段北にあったオフィスを紹介したことがある(株式会社ユニクロ東京本部オフィスとして掲載)。フリーアドレスを進歩させた選択式ワークスペースや、商品を身近に感じる大胆なフロア構成などの先進的な取り組みは大きな話題になった。
しかし旧オフィスの開設から4年経ち、新たな経営課題が浮上してくる。さらなる情報共有、さらなるスピード化、そしてさらなるマネジメントの強化といった組織の理想を実現するには、オフィスのリニューアルが大きな力となる。新たに完成したオフィスは「緩やかなグループアドレス」という斬新なレイアウトを中心に、人を育てるためのさまざまな工夫がなされ、まさに4年間の進歩を感じさせるものだ。

プロジェクト担当

植木 俊行氏

株式会社ファーストリテイリング
植木 俊行氏

人事総務部長
CS推進部長

伊澤 成人氏

株式会社CWファシリティソリューション
伊澤 成人氏

代表取締役社長

加藤 泰子氏

株式会社CWファシリティソリューション
加藤 泰子氏

コンサルティング部
チーフコンサルタント

はやわかりメモ

  1. オフィス戦略は経営課題の翻訳
    オフィスをリニューアルするには、その時々の経営課題に合わせた具体的な方向性を決めていく「翻訳」作業が欠かせない。例えば情報共有や可視化、ワークスタイルの多様化といった言葉も汎用的に考えるのではなく、今、何が不足し、何を実現すべきか、精密なプランニングをすることが大きな成果につながる。
  2. 徹底したスピード化の追求
    ファーストリテイリングでは、「会議は罪悪」と経営トップが言いきる。情報共有や協同行動のレベルを上げながら同時に業務のスピードアップを図るため、テレビ会議システムを大幅に増やした。単に「場」を増やすだけではなく、目的と手段と効果をしっかりつなげることが重要だ。
  3. 変化と前進の繰り返しが進化
    オフィス戦略は事業構造や組織の変化によって常に変わってくる。したがって以前のオフィスで実現したことをそのまま継承するのではなく、メリットとデメリットを冷静に検討し、変化と前進を繰り返しながらレベルを高めていくべき。
  4. フリーアドレスからグループアドレスへ
    新オフィスではマネジメントの強化とチーム力の最大化を目指し、部署ごとに座席を自由に決める緩やかなグループアドレスを採用。

以前のオフィスの長所と短所を分析し新しい経営課題に合わせて進化させる。

六本木のミッドタウン・タワー内に誕生した株式会社ファーストリテイリングの東京本部オフィスを紹介するには、移転前のオフィスについても触れておかなければならない。2006年3月、九段下交差点に面した北の丸スクエアに開設された旧東京本部は、当時、さまざまな革新的な取り組みにより、「経営戦略とオフィス戦略をうまく融合させたケース」として話題になった。概要を簡単にまとめておくと、次のようなものだ。

単なるフリーアドレスではなく選択式ワークスペースへ

固定席ではなく業務内容に合わせて最適な「場」を社員が選ぶオフィスにすることで、同時に各業務の重要度を考えさせる。多様なミーティングスペースを用意し、思いついたとき、タイムラグなくプロジェクトが始められるオフィス環境を構築した。

あらゆる部分で「可視化」を実現

デザイナーやパタンナーの執務室には商品やサンプルがオープンに置かれ、「現場・現物・現実」が見える状態で開発業務を行えるようにした。また全面ガラス張りの会議室などの多用で違う部門の人の仕事まで見えるようにして情報の共有化を促した。そしてもう一つ、移転前のオフィスを紹介した本誌の記事では、このような文章が加えられている。

事業や組織に合わせた継続的なオフィス戦略を

成長を前提とする企業にとって、事業構造や組織の改変、人員増は日常茶飯事。フリーアドレスによってスペースの柔軟性が生まれ運用は簡便になるが、そこで満足せず次のオフィス戦略を考えていく姿勢も大切だ。

「あれから4年の間に事業構造や内容に変化があり、次の成長に向けての経営課題も明確になってきました。したがって、さらに進化した形のオフィスにしようというのが、今回の移転の最大の目的です」

こう語るのは、現在、株式会社ファーストリテイリングで人事総務部長を務めている植木俊行氏だ。また取材には、前回と今回の2度の移転プロジェクトでコンサルティングを任された株式会社CWファシリティソリューションの伊澤成人氏加藤泰子氏に同席していただいている。

「移転プロジェクトは、昨年7月に私どもの代表取締役会長兼社長である柳井 正から直接伝えられた経営上の課題をオフィス戦略に落とし込んでいくところから始まりました。当然、オフィスについての専門知識が必要のため、伊澤さんたちにも参加していただき、今後のオフィスの方向性について話し合ったのです」(植木氏
そのとき、柳井会長が伝えた言葉を伊澤氏が整理したのが次のメモだ。

  • 全部のことを全員が知っている
    協同行動
    情報共有
  • スピードが足りない(業務品質のさらなる向上へ)
    仕事の効率をあげる習慣づけ
    残業は罪悪
    会議は仕事ではなく「結論を出す」「実行する」が本当の仕事
  • マネジメント層の強化
    部下の成長を支援する
    マネジメント層同士の情報共有、コミュニケーションをもっと密に!
  • 部署を越えたチームワーク
    仕事はチームでするもの
    組織だけで完結しているのではない(単独で完全な組織などない)

「柳井さんの言葉をもとにまとめたものですが、経営トップの思いと現在のファーストリテイリングの課題が完結に表されていると考え、ここから具体的なオフィスの方向性を探っていったのです」伊澤氏
例えば「全部のことを全員が知っている」という中の"全部"と"全員"は正確には何を示しているのか......といったところから、新オフィスのコンセプトづくりが始まる。
「当然、社内のすべての情報を社内の全員が知るという意味ではありません。どんな情報を誰が共有するのか考え、それまでのオフィスの長所と短所を冷静に分析し、柳井さんの言葉を解きほぐしていく。そういう作業を一つひとつ繰り返すことで徐々に新オフィスの考え方を整理し、以下のオフィスコンセプトに到達しました」伊澤氏

  1. マネジメントを通じた教育と社員の自律的成長への支援
    基礎的教育(原理原則、知識、知恵)の徹底
    基礎的教育を超えた「+α」がイノベーションエンジンとなる本部オフィス
  2. マネジメント層の働き方の変革
    情報とコミュニケーションが重要
    現場と経営の両立

社員の自律と各自の選択からチーム(組織)としての選択へ

検討プロセスを通して、植木氏、伊澤氏、加藤氏たちが非常に重く受け止めたのが、「スピードが足りない」という言葉だった。
「ファーストリテイリングは元々意志決定までのスピードがとても速く、日本企業の中でも有数の1社だと思います。また九段下のオフィスは選択式ワークスペースやさまざまな可視化への工夫によって、以前に比べると確実に経営のスピードアップにつながっていたはずです。しかし今後の経営課題としてもっと高いレベルのスピードが求められている。そうなるとさらに大胆な発想をしなければなりません」(伊澤氏

「旧来の常識」が通用しない会社であることは、植木氏自身が常に感じている。
「最近のオフィスでは会議室をできるだけ増やすことが多いようですが、柳井に言わせれば会議は罪悪なのです。なぜなら議論をしている間は、まだ結論に到達していないのですから、経営的には無駄な時間なのですね。もちろん実際の業務には会議が欠かせませんが、新しい経営課題に応えていくにはオフィスも『他社並み』ではだめなのです」(植木氏

「柳井さんの思いや経営課題をオフィス戦略に翻訳する過程で、まず検討したのは、前のオフィスで成功した選択式ワークスペースをどう進化させるのか、あるいは思い切って廃止するかでした」(伊澤氏

「九段下のオフィスで導入された選択式ワークスペースとは簡単にいえば『省スペースを目的としないフリーアドレス』です。社員たちは業務の内容や目的に合わせて自律的に場所を変えることができ、同時に業務の重要度、優先度の見直しを行ないました。この『機能をレイアウトしたオフィス』は、その後多くの企業に広まっていきましたが、ファーストリテイリングではさらに次の経営戦略を展開していくにあたり、もっと違うワークスタイルを求めるようになったのです」(伊澤氏

次の経営戦略の中心になってくるのが、海外進出だ。
「今後の成長において海外の市場開拓が最重要です。そのために企業理念や哲学、業務に必要な知識や知恵に加え、リーダーシップ、問題発見力、解決力の発揮、さらには経営者意識を持った社員の育成が急務となりました。日常の仕事を通して上司が部下をしっかりとマネジメントしながら教育していくことが、社員の自律性よりも重要となり、選択式ワークスペースがベストではなくなったのです」植木氏

そのような考えから検討を重ね、最終的にまとまったデスクレイアウトのプランが「緩やかなグループアドレス」と呼べるものだった。
「使い方は組織(部署)ごとに任せます。与えられたゾーン内では自由に移動して構いませんし、上司が必要と考えれば座る席を指定する。つまり、マネジメントや部下の成長を支援しやすいスタイルを実現していくというものです」(植木氏

この方針を支援するため、具体的なレイアウトも多様な働く場を実現するものになっている。
「最近は島型デスクレイアウトによるユニバーサルプランが多いですが、それでは座るスタイルがみんな同じになってしまいます。そこで、整然と並んだ4人席、自由に接続できる台形のデスク、カウンター席、ミーティングスペースなどを組みあわせた『自由に変化されられる』レイアウトにしたのです」(加藤氏

フロア全体を見回すと、センターのキャスター付台形テーブルが目に付く。1人席から6人席ぐらいまで自由に構成できることで、社員たちはプロジェクトや業務スタイルに合わせてレイアウトを変えていける。
「もともと動きの多い会社なので、このテーブルは正解でしたね。前のオフィスを見て最初に気づいたのは、この会社では他の人の席に行ってその場で打ち合せを始める社員が非常に多いということです。島型のレイアウトではその場での打ち合せがやりにくくなります。その点、こういうオフィスであれば、縦横斜めとどこにでも移動して、すぐに情報交換ができるのです」加藤氏

そして当初の目的であるマネジメントの強化とそれによる教育は、確実に成果を上げはじめているという。
「上司が育成したい部下を近くの席に置くことでみっちり指導できますし、逆に仕事を任せているときは自由に席を選ばすこともできる。緩いグループアドレスは目的に合った場をつくりやすいオフィススタイルなのです」植木氏
植木氏自身、新オフィスに移ってから、部署の内外に関わらずコミュニケーションの時間、特に隣の部署の部長とマネジメントや仕事、たわいのない話題等も含めて確実に増えているという。

33階エントランス全景

33階エントランス全景。

「可視化」の効果を維持しながらコミュニケーションスタイルを多様化

それでは、ファーストリテイリングの新しい東京本部オフィスの全容を紹介しながら、経営課題とオフィス戦略の融合がどのように進められたのかを見ていこう。

まず、1階エントランスフロアから33階までは高速の直通シャトルエレベーターで直結し受付と商談室を設けることで、社外との距離感を縮めることに成功している。そしてまた、このフロア計画も前テナントの施設をほぼそのまま継承するという大胆なものだった。

33階受付
33階受付。奥にはいくつもの商談スペースが設けられている。

「このフロアはそれまで別の企業が使っていました。本来、一旦原状回復しなければならないのですが、施設のほとんどがそのまま使用できるほどきれいな状態でした。たまたま前テナントのプランも当社が手がけたこともあって、細部にわたる設計についても手に取るように分かる。施設構成もファーストリテイリングのニーズとも合っていた。そこで貸主、借主、前借主との3社協議の結果、最小限の仕様変更だけで終わらすことができました。環境への影響を考えても最良の選択であり、既存の常識にとらわれなかった3社の判断は正しかったと思いますね」伊澤氏
そして33階と内階段でもつながる34階が商談室と会議室、そして社員食堂を兼ねたカフェテリアとなる。

「六本木は、飲食店自体は多いのですが、昼時は混んでおりお店を見つけるのが大変です。そこで社員食堂を設置することにしたのです。ここも前テナントがカフェテリアとして使っていた施設をそのまま利用させていただいたので、ほとんどコストをかけずに開設できました」(植木氏

席数は約250席で、外出している人などを除けば3回転ほどで全員が食事をできる。また夜に社内の懇親会を行うなど、コミュニケーションエリアとしての多用な利用が可能だ。

10時に開店する社員食堂を兼ねたカフェテリア
10時に開店する社員食堂を兼ねたカフェテリア。

「コミュニケーションスタイルの定義づけというのもオフィス戦略を考えていく中でクローズアップされてきましたが、食堂はまさにそれを実現する施設の一つですね。昼食時に偶然顔を合わせることにより、部署やチームの枠を越えて交流を深められる。懇親会にしても、外に会場を借りていたときには忙しい人はついついパスしてしまいますが、同じ社内なら仕事の合間に短い時間でも顔を出しやすい。つまりこれも、新たな『場』が可能にした新しいコミュニケーションスタイルなのです」植木氏

フロア構成の説明を続けよう。

32階はファーストリテイリング・マネジメント・イノベーションセンター(FRMIC)と呼ばれる研修施設で、これからの経営者を育成するためのさまざまな教育が行われる。ライブラリーやセミナールーム、コーチングルームなどを設けるだけでなく、一橋大学との協力関係を築き、講師を派遣してもらっている。そして31階が役員エリアと管理系部門の執務室、30階がグループ会社の執務室、29階が商品系部門などの執務室と続く。
32階に設けられた研修施設内のライブラリー
32階に設けられた研修施設内のライブラリー。

「28階と29階は内階段でつなぎ、商品系部門の執務室兼商品検討スペースとしました。ここも、移転前のオフィスから進化したスペースの一つです」(加藤氏

九段下のオフィスでは、「可視化」を強く推進するために、デザイナーやパタンナーなどの商品系部門のワークスペースは店舗のようなイメージにし、常に商品やサンプルに囲まれながら仕事ができるようにした。もちろん企画や営業担当の社員も多く出入りし、商品を前にして検討会などが繰り広げられてきたのである。

29階のオフィス風景
29階のオフィス風景。

「確かに可視化の効果はありましたが、人や物を1カ所に集めるスタイルは、便利な一方で問題もありました。議論が白熱してついつい大声になる新商品の検討会の近くで事務作業をするのはけっこう大変です。このため新オフィスでは商品やサンプルが置かれているスペースと執務室のフロアを分け、いろいろな場所でいろいろな働き方ができるようにしましたが、その間の移動がしにくくなると可視化の効果もないので、約1000坪のフロアに2カ所の内階段を設けたのです」植木氏
内階段はここと受付フロアだけだが、それでも縦の移動が不便にならないような工夫はしている。
「中層階用のシャトルエレベーターは21~32階をつないでいましたが、それを33階にも行けるようにしてもらうことで、28~33階のバンクはほぼ専用のエレベーターのように使えます。また、若い社員が多く前のビルでも出来るだけ階段で移動することを指導していたので、ここに来ても違和感無く階段を利用していることもあり、今のところ移動に関する不満の声は聞かれません。何事も日ごろの指導・躾の賜物かなと思っています。(笑)」植木氏

スピード経営とグローバル化を支える情報共有・情報伝達のツール

さらに、急速な海外進出を支えるのが、テレビ会議システムの大幅な増設だ。オフィスの一角でも予約なしにすぐにテレビ会議が利用できる。現在、ファーストリテイリングには約1200名の社員が勤務しているが、この人数に対して50セット以上のテレビ会議システムが導入された。これは旧オフィスの約5倍にあたる。

「4月2日にロシアの1号店をモスクワにオープンするなど、私たちは今、積極的な海外進出を進めています。テレビ会議であれば瞬時に海外とつないで情報の交換や意志の共有ができる。つまりオフィスの設備から業務や経営のスピードアップを支援できるのです」植木氏

同様の目的から、それまでのPHSによる社内電話システムを廃止し、全社員(1,200人)にソフトバンクモバイルのiPhoneを支給。情報伝達のスピードアップを図っている。

「これまでの携帯電話とは比較にならないほど画面が大きく、メールで伝えられる内容は何倍にも増えたように思います。通信費はそれだけかかりますが、スピード化と業務品質のさらなる向上が実現できれば有効な投資になるはずです」植木氏

「コストパフォーマンスを考えたらこれが成功かどうかは、まだわかりません。しかし、まずは試してみて検証してみようという空気がこの会社にはある。だからこそ、オフィスにおいてもさまざまなチャレンジが可能だったのです」伊澤氏

「実は役員同士のコミュニケーションも高めるため、31階に社長室とつながる専用エリアを設け、そこに集まってくることを期待していたのですが、執務室における部下とのコミュニケーションが予想以上に充実したものになったせいか、ほとんど寄りつかない状況が続いています。これはこれで対策を考えなければならないものの、まずは上司が部下を直接指導し、育てていくための態勢づくりはできたのではないでしょうか」植木氏

ファーストリテイリングの新しい東京本部は、先進の先を行く超先進オフィスと呼べるものになったといえる。しかしもちろん、そこがゴールではない。

「『日本発世界一』を目指して成長を前提とする企業にとって事業や組織は固定的なものではありません。当然、オフィスもこれらの変化や新しい経営課題に合わせて最適化していく必要があります。私たちはオフィス戦略においても、常に進化していける企業でありたいと思っているのです」植木氏