富士フイルムグループ本社オフィス(ミッドタウン・ウェスト)

2008年2月取材

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※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

グループ経営の強化による「第二の創業」を
シンボリックに示した「本社機能の集約」

富士フイルムホールディングス株式会社と、その事業会社である富士フイルム株式会社および富士ゼロックス株式会社は、昨年2月、東京ミッドタウンの「ミッドタウン・ウエスト」に本社移転を行った。二大事業会社を束ねた新たなグループ経営体制への移行に伴って3社の本社機能を集結。経営課題において質とスピードを向上させていくことで、より高度なシナジー効果を追求し、戦略的なグループ経営を強力に推進していくのが目的。

新オフィスの構築にあたっては「コモン(共有)」「コミュニケーション(交流)」「コラボレーション(協働)」の3つのコンセプト(3C)を掲げ、3社共通の受付・会議室・応接室・カフェテリアの設置によるスペースの効率化やオフィスサービス機能の統合による大幅な業務効率化に加えワークスタイルの変革や従業員の意識改革に積極的に取り組んだ。

プロジェクト担当

河島 靖典氏

富士フイルム
ホールディングス
株式会社
河島 靖典氏

総務部 担当課長
※富士フイルム
株式会社総務部
担当課長を兼務

那須 由理氏

富士フイルム
ホールディングス
株式会社
那須 由理氏

総務部 担当課長
認定ファシリティ
マネジャー(CFMJ)
※富士フイルム
株式会社総務部
担当課長を兼務
※富士フイルム
ビジネスエキスパート
株式会社より出向

木村 啓子氏

富士フイルム
ホールディングス
株式会社
木村 啓子氏

総務部 担当課長
認定ファシリティ
マネジャー(CFMJ)
※富士ゼロックス
株式会社より出向

はやわかりメモ

  1. 経営計画を実現するためのオフィス統合プロジェクト
    「第二の創業」を目指した大胆な経営改革の一環として富士フイルムグループによる本社機能の統合を計画。実務面では両社のファシリティ担当者による綿密な調整作業が成功につながった。
  2. コンセプトは分かりやすく
    社員にオフィス統合の意義を浸透させるには、「コモン、コミュニケーション、コラボレーションによるシナジー効果の発揮」という分かりやすいコンセプトが有効だった。「移転によって変わること」を社員に啓蒙することも重要なポイント。
  3. フロアプランは業務分析から
    フロアプランなどのゾーニングは経営の目指す方向だけでなく、業務プロセスの分析による最適化が大事。富士フイルムグループでは会議室・オフィスサービス・カフェテリアなどを共有。受付も「富士フイルムグループ」を社内外に位置付ける象徴の場として1カ所に集約。
  4. 共通のオフィススタンダードの導入
    オフィスの仕様を完全に統一し、スタンダード化を図る。今後、組織や業務が変更されても対応できるユニバーサルプランで、経営のスピードアップとコスト削減が可能に。
  5. オフィスコンシェルジュは有効
    従来、総務が行っていたオフィスサービスを専用窓口に一本化。従業員にとってはワンストップサービスで利便性が向上。各社のルールを共通化することで、コストダウンも実現。
  6. オフィスは働き方を変えるツール
    ハードウェアを用意するだけがオフィスづくりではない。本来、そこで実現したい新しい働き方を浸透させるための施策も重要。ファミレス風テーブルなど、ちょっとしたデザイン上の工夫でオフィスは楽しく、居心地がよくなる。

新たなグループ経営体制への移行と新オフィス構築の並行プロジェクト。

富士フイルムグループが「第二の創業」と位置付ける大胆な経営戦略を明らかにしたのは、2004年に策定された中期経営計画「VISION75」でのことだった。2009年で創立75周年を迎えるにあたり、「新たな成長戦略の構築」「経営全般にわたる徹底的な構造改革」「連結経営の強化」を三本柱にさまざまな施策への取り組みを始める。

「2001年に富士ゼロックスが、連結対象となりグループ経営の強化が最重要課題の一つとなっていったのです」富士フイルムホールディングス株式会社・河島靖典氏

もっともその段階では、後に本社移転プロジェクトでキーパーソンの一人となる河島氏ですら、「オフィス統合」まで実現するとは考えていなかったという。
「富士フイルムは、西麻布の自社ビルに30年以上本社を構えていました。一方、富士ゼロックスは本社を賃貸ビルに置く『資産をあまり持たない』経営スタイルであったためマネジメントやオフィスに関する意識や使い方に多くの違いがありました。従って、本社機能を集約するというプロジェクトを聞いたときには本当にできるのかと思いました」河島氏
しかし経営を取り巻く環境は想定を上回るスピードで変化し、それに伴って経営計画も再構築されていく。
「2004年に策定された中期経営計画「VISION75」の中で連結経営強化が経営課題となり富士フイルムホールディングス設立による持株会社制への移行、二大事業会社である富士フイルムと富士ゼロックスを含めた3社による本社機能の集約というプランが浮上してきたのです」河島氏

この急展開は、富士ゼロックスでファシリティマネジャーを務めていた木村啓子氏にとっても大きな驚きだったという。
「持株会社化を契機にした連結経営のさらなる強化と全体最適追究による企業価値の増大という経営計画上のテーマを考えたとき、両社の本社オフィスを集約することは効果的な方法の一つです。そこで、担当者によるプロジェクトチームが結成されたのです」木村氏

そしてもう1人、富士ゼロックスのグループ会社で多くのユーザー企業のオフィスづくりを手掛けていた那須由理氏が実務経験者としてチームに加わることになる。
「集まって話し合いを始めたものの、両社の企業文化の違いやオフィスに対する考え方に違いがあり、当初はプロジェクトの方向性をまとめるだけでも大変でした。しかし移転までの約2年間で、約150回以上の打ち合わせを実施することによってお互いの理解が進み、共通ベクトルを持つプロジェクト運営がされていったのです。今から思うとミーティングの大半はお互いの「違い」を知ることだったように思います」那須氏

社員の意識改革を確実に進めるには分かりやすいコンセプトが有効になる。

那須氏が言うように、「本社オフィス機能の集約」への道のりは試行錯誤の連続だった。
「富士フイルムはビルの構造上フロア面積が小さく、部門単位でまとまっていたために、各部門の意向を反映したオフィスとなっていました。しかし新しいオフィスでは「フロアを共有」「サービスを共通化」することになり、全体最適の意識が必要になります。この意識の改革からはじめる必要があったのです」河島氏

例えば会議室。富士フイルムの場合「部門に帰属した個室」の会議室が多く設置され運用も各部門に任されていた。また自社ビルのため「スペースにはコストがかかる」という意識もあまり持たれていなかった。
「私たちの役目は新しいオフィスを用意することだけではなく、ユーザーが満足する職場環境を提供することですから本社移転にあたってはそれこそ全ての部門と何度も膝を突き合わせて打ち合わせをしました。一方的に押し付けるのではなく、社員が参画し理解してもらうことが大事だったのです」那須氏

同時に、新しいオフィスのコンセプトづくりが始まった。
「これはかなり検討を重ねましたが、結果として、コモン(共有)、コミュニケーション(交流)、コラボレーション(協働)の3つを促進し、グループによるシナジーを生むというコンセプトにしました。使い古された言葉かもしれませんが、大胆なプロジェクトだけに、全社員に分かりやすい内容であることが重要だと思ったのです」那須氏

社員の意識改革を確実に進めるには分かりやすいコンセプトが有効

3社共通の総合受付。新開発のシステムを使い3社の来訪者の予定を管理している。

フロアスタッキングが決まるまで「同居」を成功させるための多くの工夫。

プロジェクトチームにとってラッキーだったのは、かなり早い時期に移転先としてミッドタウン・ウエストが候補にあがったことだった。
「中期経営計画の中での実現を図りたかったので5年以内に移転可能となる2,000名規模が入居できるビルを探していました。また西麻布(富士フイルム)と赤坂(富士ゼロックス)の中間であること、交通のアクセスが良いことなどの条件がありました。そういう意味でミッドタウンに決定したのです」河島氏

しかしこの段階でも、試行錯誤は続いていた。
「フロアプランをどうするか、それを決めるだけでも会議の内容は二転三転しましたね」那須氏

アイデアとしては3つの方向性があった。
「移転計画がスタートした当初は2社のオフィスは完全に分離する案でしたがその後プロジェクトが進むにつれ、受付や会議室・応接室などの共通機能についてはコラボレーション促進の場として共有し省スペース化を図る案が持ち上がった」

またシナジー効果を高めるために両社が共通する部門を一つのフロアに集めるのも良いのではないかという案も飛び出した。
「人事や広報などの管理部門は共通する業務が多いものですから同じフロアに集めた方が良いのではないかと。しかし業務のプロセスを細かく分析していくと、やはり会社間より会社内での他部門との交流が多くあまり効率が良いとはいえません。検討の結果、会議室やオフィスサービスなどは共有化し、それぞれの会社でフロアをまとまることを選択しました」河島氏

その結果共有フロアを設けたことで、スペース効率はかなり高まったという。
「例えば会議室は、両社で稼働率を計算していったところ、それまでの7割あればいいことが分かりました。さらにデスクエリアにも多様な打ち合わせコーナーを設けることで、無駄な会議室を無くすことができるのです」河島氏

また受付についても共通化を図った。
「社内の業務システムが富士フイルムと富士ゼロックスでは異なるため、最初は受付も別にしたほうがいいのではないかという話になったのです。しかし、業務の効率化、お客様に富士フイルムグループを印象付けるには一本化したい。そこで、共通の受付システムを新たに設け、カウンターを一つにできるよう運用を構築したのです」木村氏

「ほかのフロアについても、ネットワークのハードウェアは統一し、今後、ゾーニングを変えても工事の必要なく両社のシステムが使えるようにしてあります。もともと別の会社が一緒になるのですから、このような形で柔軟に対応することも、大事な手段なのです」木村氏

共通するオフィススタンダードでグループ全体の改革を進めていく。

フロアについては、富士フイルムと富士ゼロックスで使いわける形だが、オフィス内部の仕様は全く同じものを採用している。
「連結デスクによるユニバーサルレイアウトを採用しました。本社スタッフのオフィスですからフリーアドレスではなく固定席ですが、『組織や業務内容の変更によって席替えは頻繁にあるから、ずっと自分の席だとは思わないように』と説明しています」河島氏

執務エリアのオフィススタンダードも両社で統一したのは、「今回のプロジェクトにおいて一番の成果だった」と河島氏は言う。

共通するオフィススタンダードでグループ全体の改革を進めていく
部門の配置を色によって示したフロアサイン。

「フロアが違うのだから富士フイルムと富士ゼロックスで同じレイアウトにしなくてもいいのではないかという意見もありました。組織の構成も異なるので統一できない、と現場の反発もあったのです。しかしこの点だけは、私たちも譲らないつもりでした」(河島氏

プロジェクトチームが考えていたのは、もっと先の将来のことだ。
「経営の方向性は変化をしていきます。もしかしたら組織の変更に伴いフロアごとのゾーニングも変わってくるかもしれません。そのとき、両社で異なるレイアウトを採用していては、新たに工事を行わなければならず、無駄なコストが生じるのです。移転を機会にグループ全社で共通したオフィススタンダードを決めておけば、今後、あらゆる変化に対して迅速に対応できる。つまり、経営の先を目指すオフィススタイルにしたかったのです」河島氏

そしてこの方針は、現在、本社だけでなく他の事業所などグループ全体にも水平展開を進めている。
「ミッドタウン本社オフィスで構築したオフィススタンダードをモデルケースとして今後グループの拠点おおよそ500カ所に対しても展開できるようにしていきたいですね」木村氏

ユニバーサルプランによる先進的なワークプレイスに対して両社社員からの評判は予想以上にいいという。「各フロアにオフィスサービススクエアと呼ばれる共有スペースを置き、打ち合わせテーブルやドリンクコーナーを設けて自由にコミュニケーションできるようにしました。このようなスペースは以前ありませんでしたので上手く使ってもらえるのか心配していたのですが、移転初日から、多くの人が利用しています。打ち合わせのスタイルやコミュニケーションのスタイルも「場」をつくることによって変化しているように思います。これは事務局担当者としては、とてもうれしいことですね」那須氏

オフィスコンシェルジュの採用はFM担当者にとってもメリットがある。

今回の新本社で両社のオフィスサービスに関わるノウハウを活かして採用されたものの一つにオフィスコンシェルジュがある。

「富士フイルムグループのシェアードサービス会社である富士フイルムビジネスエキスパートに委託し、オフィスに関するあらゆる問い合わせに応えてもらうサービスを導入しました。その効果は、予想以上でしたね」那須氏

これについては、河島氏自身もユーザーの立場から便利さを強調する。
「以前は、たとえば転勤が決まったときなど、入退室カードの変更や事務上の手続きなど、それぞれ担当者を探し、書類を提出しなければなりませんでした。しかしここでは、全ての相談窓口がオフィスコンシェルジュに統一されているのでとても便利なのです」
「オフィスは運用を始めると、次から次へと問い合わせが入ってきます。空調の調整がうまくできないとか、備品が足りないとか、セキュリティの設定が分らないとか、本当に細かい用事に追われ、ほかの仕事が一切できないほどだったのです。しかしオフィスコンシェルジュがあれば、ユーザーへの対応は全てしてもらえますから、私たちは本来の業務である企画や計画の実行に専念できます。オフィスユーザーにとっても専門のスタッフにワンストップサービスを受けられて利便性は大幅に向上しますから、そのメリットは大きいのです」木村氏

ハードウェアとしてのオフィスだけでなく
働き方というソフトウェアを進化させていく。

昨年の2月に両社全部門の移転が完了し、ほぼ1年の運用期間を経た富士フイルムグループの新本社オフィスはユーザーからの評価も高く、プロジェクトとしては大きな成果を収めた。
「先日実施した従業員満足度調査は全社員の8割という高い回収率となり、社員のオフィスへの関心の高さがうかがえました。職場の環境が働き方に影響を及ぼすと知ってくれただけでもうれしいですね。現在はその分析を行っている最中で、従業員から寄せられた意見から課題を見つけ改善を継続的に図っていきたいと思っています」那須氏

両社共通して多く寄せられたのは「会議室が足りない」「会議室の予約がとれない」という意見だ。これに対しては「今後は仕事の進め方を含め、私たちから提案していく必要があるかもしれません。会議室の取りかたを見直したり、コミュニケーションコーナーやオープンミーティングエリアなどを上手に活用してもらえるように働きかけていきたいですね」河島氏

オフィスづくりには空間や設備といったハードウェアを整えるだけでなく、仕事の方法論まで踏み込んだソフトウェアの改革が重要だというのは、今回のプロジェクトにおいてチームメンバーたちが強く学んだことだ。
「新オフィスではカフェテリアを設けましたが、3社のお昼休みの時間が今までは違っていたので、両社人事において「昼休み時間の調整」を行いました。場を共用するためには設えだけでなく、労務管理的な側面まで一緒に検討しなくては運用できないのです」木村氏

しかし、これらの「細かい調整作業」を続け、3社が同じビルに集まったことで、当初の目的である「連結経営の強化」は確実に進んでいるというのが彼らの実感だ。
「昨年10月より富士フイルムホールディングスに出向し、ファシリティ関連の業務を担当していますが、同じビルに富士ゼロックスの総務部がいることで気軽に情報交換ができ、便利です。これは他の部門でも感じているはずです。いくら『グループ体制の強化』といっても、場所が離れていてはあまり実感がわきません。今回、本社を移転したことで社員の意識も変わりつつあると思います」(木村氏