フロアスタッキングが決まるまで「同居」を成功させるための多くの工夫。
プロジェクトチームにとってラッキーだったのは、かなり早い時期に移転先としてミッドタウン・ウエストが候補にあがったことだった。
「中期経営計画の中での実現を図りたかったので5年以内に移転可能となる2,000名規模が入居できるビルを探していました。また西麻布(富士フイルム)と赤坂(富士ゼロックス)の中間であること、交通のアクセスが良いことなどの条件がありました。そういう意味でミッドタウンに決定したのです」(河島氏)
しかしこの段階でも、試行錯誤は続いていた。
「フロアプランをどうするか、それを決めるだけでも会議の内容は二転三転しましたね」(那須氏)
アイデアとしては3つの方向性があった。
「移転計画がスタートした当初は2社のオフィスは完全に分離する案でしたがその後プロジェクトが進むにつれ、受付や会議室・応接室などの共通機能についてはコラボレーション促進の場として共有し省スペース化を図る案が持ち上がった」
またシナジー効果を高めるために両社が共通する部門を一つのフロアに集めるのも良いのではないかという案も飛び出した。
「人事や広報などの管理部門は共通する業務が多いものですから同じフロアに集めた方が良いのではないかと。しかし業務のプロセスを細かく分析していくと、やはり会社間より会社内での他部門との交流が多くあまり効率が良いとはいえません。検討の結果、会議室やオフィスサービスなどは共有化し、それぞれの会社でフロアをまとまることを選択しました」(河島氏)
その結果共有フロアを設けたことで、スペース効率はかなり高まったという。
「例えば会議室は、両社で稼働率を計算していったところ、それまでの7割あればいいことが分かりました。さらにデスクエリアにも多様な打ち合わせコーナーを設けることで、無駄な会議室を無くすことができるのです」(河島氏)
また受付についても共通化を図った。
「社内の業務システムが富士フイルムと富士ゼロックスでは異なるため、最初は受付も別にしたほうがいいのではないかという話になったのです。しかし、業務の効率化、お客様に富士フイルムグループを印象付けるには一本化したい。そこで、共通の受付システムを新たに設け、カウンターを一つにできるよう運用を構築したのです」(木村氏)
「ほかのフロアについても、ネットワークのハードウェアは統一し、今後、ゾーニングを変えても工事の必要なく両社のシステムが使えるようにしてあります。もともと別の会社が一緒になるのですから、このような形で柔軟に対応することも、大事な手段なのです」(木村氏)
共通するオフィススタンダードでグループ全体の改革を進めていく。
フロアについては、富士フイルムと富士ゼロックスで使いわける形だが、オフィス内部の仕様は全く同じものを採用している。
「連結デスクによるユニバーサルレイアウトを採用しました。本社スタッフのオフィスですからフリーアドレスではなく固定席ですが、『組織や業務内容の変更によって席替えは頻繁にあるから、ずっと自分の席だとは思わないように』と説明しています」(河島氏)
執務エリアのオフィススタンダードも両社で統一したのは、「今回のプロジェクトにおいて一番の成果だった」と河島氏は言う。
部門の配置を色によって示したフロアサイン。
「フロアが違うのだから富士フイルムと富士ゼロックスで同じレイアウトにしなくてもいいのではないかという意見もありました。組織の構成も異なるので統一できない、と現場の反発もあったのです。しかしこの点だけは、私たちも譲らないつもりでした」(河島氏)
プロジェクトチームが考えていたのは、もっと先の将来のことだ。
「経営の方向性は変化をしていきます。もしかしたら組織の変更に伴いフロアごとのゾーニングも変わってくるかもしれません。そのとき、両社で異なるレイアウトを採用していては、新たに工事を行わなければならず、無駄なコストが生じるのです。移転を機会にグループ全社で共通したオフィススタンダードを決めておけば、今後、あらゆる変化に対して迅速に対応できる。つまり、経営の先を目指すオフィススタイルにしたかったのです」(河島氏)
そしてこの方針は、現在、本社だけでなく他の事業所などグループ全体にも水平展開を進めている。
「ミッドタウン本社オフィスで構築したオフィススタンダードをモデルケースとして今後グループの拠点おおよそ500カ所に対しても展開できるようにしていきたいですね」(木村氏)
ユニバーサルプランによる先進的なワークプレイスに対して両社社員からの評判は予想以上にいいという。「各フロアにオフィスサービススクエアと呼ばれる共有スペースを置き、打ち合わせテーブルやドリンクコーナーを設けて自由にコミュニケーションできるようにしました。このようなスペースは以前ありませんでしたので上手く使ってもらえるのか心配していたのですが、移転初日から、多くの人が利用しています。打ち合わせのスタイルやコミュニケーションのスタイルも「場」をつくることによって変化しているように思います。これは事務局担当者としては、とてもうれしいことですね」(那須氏)
オフィスコンシェルジュの採用はFM担当者にとってもメリットがある。
今回の新本社で両社のオフィスサービスに関わるノウハウを活かして採用されたものの一つにオフィスコンシェルジュがある。
「富士フイルムグループのシェアードサービス会社である富士フイルムビジネスエキスパートに委託し、オフィスに関するあらゆる問い合わせに応えてもらうサービスを導入しました。その効果は、予想以上でしたね」(那須氏)
これについては、河島氏自身もユーザーの立場から便利さを強調する。
「以前は、たとえば転勤が決まったときなど、入退室カードの変更や事務上の手続きなど、それぞれ担当者を探し、書類を提出しなければなりませんでした。しかしここでは、全ての相談窓口がオフィスコンシェルジュに統一されているのでとても便利なのです」
「オフィスは運用を始めると、次から次へと問い合わせが入ってきます。空調の調整がうまくできないとか、備品が足りないとか、セキュリティの設定が分らないとか、本当に細かい用事に追われ、ほかの仕事が一切できないほどだったのです。しかしオフィスコンシェルジュがあれば、ユーザーへの対応は全てしてもらえますから、私たちは本来の業務である企画や計画の実行に専念できます。オフィスユーザーにとっても専門のスタッフにワンストップサービスを受けられて利便性は大幅に向上しますから、そのメリットは大きいのです」(木村氏)
ハードウェアとしてのオフィスだけでなく
働き方というソフトウェアを進化させていく。
昨年の2月に両社全部門の移転が完了し、ほぼ1年の運用期間を経た富士フイルムグループの新本社オフィスはユーザーからの評価も高く、プロジェクトとしては大きな成果を収めた。
「先日実施した従業員満足度調査は全社員の8割という高い回収率となり、社員のオフィスへの関心の高さがうかがえました。職場の環境が働き方に影響を及ぼすと知ってくれただけでもうれしいですね。現在はその分析を行っている最中で、従業員から寄せられた意見から課題を見つけ改善を継続的に図っていきたいと思っています」(那須氏)
両社共通して多く寄せられたのは「会議室が足りない」「会議室の予約がとれない」という意見だ。これに対しては「今後は仕事の進め方を含め、私たちから提案していく必要があるかもしれません。会議室の取りかたを見直したり、コミュニケーションコーナーやオープンミーティングエリアなどを上手に活用してもらえるように働きかけていきたいですね」(河島氏)
オフィスづくりには空間や設備といったハードウェアを整えるだけでなく、仕事の方法論まで踏み込んだソフトウェアの改革が重要だというのは、今回のプロジェクトにおいてチームメンバーたちが強く学んだことだ。
「新オフィスではカフェテリアを設けましたが、3社のお昼休みの時間が今までは違っていたので、両社人事において「昼休み時間の調整」を行いました。場を共用するためには設えだけでなく、労務管理的な側面まで一緒に検討しなくては運用できないのです」(木村氏)
しかし、これらの「細かい調整作業」を続け、3社が同じビルに集まったことで、当初の目的である「連結経営の強化」は確実に進んでいるというのが彼らの実感だ。
「昨年10月より富士フイルムホールディングスに出向し、ファシリティ関連の業務を担当していますが、同じビルに富士ゼロックスの総務部がいることで気軽に情報交換ができ、便利です。これは他の部門でも感じているはずです。いくら『グループ体制の強化』といっても、場所が離れていてはあまり実感がわきません。今回、本社を移転したことで社員の意識も変わりつつあると思います」(木村氏)