興和不動産株式会社 新本社オフィス(興和南青山ビル)No.2

2007年2月取材

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※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

ビジネスを変えるにはオフィスも新しくすべきだ
一貫した経営戦略に基づく本社移転プロジェクト

オフィスビル、マンション、投資開発などの不動産事業を幅広く展開する興和不動産株式会社は、2006年10月10日、港区西麻布の興和西麻布ビルから港区南青山の興和南青山ビル(旧第27興和ビル)に本社を移転した。新しいオフィスは地上9階建てのビル全棟を使用し、外装、内装、設備のすべてを完全にリニューアルしたことにより、「ビジネスモデルの変革」という経営方針に沿ったワークスタイルをサポートする環境が完成した。

興和不動産株式会社

プロジェクト担当

今村信義氏

興和不動産株式会社
今村信義氏

ビル事業本部
PM事業推進部
執行役員
部長

植田 潤氏

興和不動産株式会社
植田 潤氏

企画管理本部
総務部
部長

篠崎 淳氏

株式会社日本設計
篠崎 淳氏

建築設計群
プリンシパル
デザイナー

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コクヨオフィス
システム
株式会社

鹿野喜司氏

ソリューション本部
WSコンサルティング
第一部
第一グループ
WSコンサルタント

はやわかりメモ

  1. 経営戦略と一体化したオフィス改革
    事業再編によって新しく生まれ変わる会社の姿を意識し、社員自らが行動するには環境を変えるのが有効。コンサルタントによる経営戦略に沿ったワークスタイルの明確化とデザイナーによるアイデアを活かしたオフィスづくりが効果を発揮する。
  2. スピードを重視したオフィス構築
    ビルのリニューアルであれば1年ほどで新オフィスを実現できる。エントランスや外装を含めた大胆なデザイン更新も可能。経営革新に即した新オフィス構築ではスピードが重要。
  3. 社員全員参加による検討が有効
    意識改革のためには、社員と共にワークスタイルを検討し伝えていくことが効果的。新しいワークスタイルを意識することが変革に近づく。
  4. 人の流れを意識したレイアウトへ
    フロア間だけでなく同じフロアの中でも人の流れを考え、出会いと交流を促進するようにする。また共用スペースに訪れる機会を増やすことによってインフォーマルコミュニケーションを促進する。
  5. オフィスは対外的なメディア
    今やオフィスは外からも見られる存在。どんなブランドイメージを発信したいか決め、それに合ったデザインが必要。
  6. 仕事の質の向上へ
    社員は自席にとどまらず、業務に合わせて場所を選択できる環境を実現。

ビジネスモデルを変革するにはワークスタイルの一新が必要だ

「ビジネスモデルの変革を推し進めるためには社員の意識改革が不可欠だ。それが本社移転の最大の理由でした」。

興和不動産株式会社の執行役員である今村信義氏が最初に強調するように、今回の新オフィス構築プロジェクトは、経営戦略とワークプレイスの革新をダイレクトに結びつけたものだ。品川インターシティや赤坂インターシティに代表される大規模複合開発を手掛けるだけでなく、東京都心部を中心に多くのオフィスビルや高級賃貸マンションを供給してきた興和不動産は、ここ数年、大胆な経営改革を行ってきた。2004年、事業再編により新・興和不動産とケイアール不動産に会社分割を実施、都心型賃貸事業等をコア事業に特化したのを始め、証券化ビジネスの拡大やノンアセットビジネスの全面展開などを積極的に推進。中期営業計画の目的である「ビジネスモデルの変革」の成果を収めている。

「事業や組織が再編されても、社員一人ひとりが『会社が変わった』と意識し、自ら新しい取り組みを始めるようにならなければ成果には結びつきません。そう考えていたとき、タイミングよく南青山のビルが空くことになったのです。そこに、これからの時代にふさわしいオフィスを構築し、ワークスタイルを変えていこうと決めたのです」

当初、建て替えも検討されたが、全面リニューアルで対応することにした。そこにも、今回のプロジェクトへの期待の大きさが表れている。

「経営改革の一つとしてオフィスを新しくする以上、工事だけで何年もかかってしまっては意味がありません。新築には2年半は必要ですが、改装なら1年以内で完成できる。そのスピード感を何よりも優先しました」

以前、リコー株式会社が本社を置いていた興和南青山ビルは竣工後30年経つが、現在の耐震基準をクリアするスペックで建設されていた。このことも、あえて建て替えをしなかった理由の一つだ。

「それでもさらに耐震性を高めるために駆体の補強を行いましたし、設備はほとんど新しくしました。その結果、ビルのグレードは上がり、資産価値を高めることができたのですから、戦略としてはベストな選択だったと思っています」

地下鉄青山一丁目駅と乃木坂駅の間にある新本社ビルは立地条件としては最高であり、移転計画が発表されたときには多くの社員が歓迎したという。

「大切なのは中身です。経営方針に沿った新しい働き方ができ、しかも社員たちが満足できるオフィス環境を実現するのは簡単なことではありません。このため私たちは専門家の知恵を拝借し、何度も検討を重ねながら内容を固めていきました」

社員全員とオフィスのプロが「協業」で進めたプロジェクト

新オフィス構築プロジェクトで社内の中心人物として活躍したのが総務部長の植田潤氏だ。そして株式会社日本設計のプリンシパルデザイナーである篠崎淳氏と、コクヨオフィスシステム株式会社のコンサルタントである鹿野喜司氏が強力なメンバーとして加わる。植田氏が言う。

「プロジェクトを推進したのは私たちだけではありません。社長自らがビジネスモデル変換のためのオフィスのあり方について明確なビジョンを持っており、また全社ベースのワークショップを組織し、各部門の代表が参加して内容の提案や検討を続けてきました。つまり、専門家と社員全員による意見のぶつかりあいが、満足できる結果を生んだのではないでしょうか」

この点については篠崎氏も同意見だ。

「正直いって困難な課題はたくさんありました。たとえばエントランスを広くしたいという要求一つをとっても、このビルは入口からエレベーターまでの距離が短かったため、レイアウトをかなり工夫しないと実現できません。それでも、ユーザー自らが具体的な意見を伝えてくれるのは大歓迎です。私たちはオフィスづくりのプロなのですから、課題さえ与えられれば、なんとか解決方法を考えだそうとする。そういう過程を経て、初めて、理想のワークプレイスが生まれるのです」

鹿野氏も「社員と私達の協業によるオフィスづくりは、本社移転によって意識改革を行うというという点ではとても効果的なことでした。経営戦略に沿った新しい働き方を考えていくには今働いている社員の方々の意見が重要です。ワークショップを重ね考え方を常に一致してきたことで実現に結びついたのです。経営戦略に合った先進的なオフィスが完成できたのは、まさにチームワークの成果といえますね」

業務に合わせた場所が選択できるコミュニケーション促進の空間へ

それでは、興和不動産の新本社オフィスを紹介していこう。
新しいワークスタイルを明確にすべく、社員とのワークショップを重ね下記コンセプトを導き出した。これが、今後のオフィスの基本概念となる。

〈コンセプト=これからのワークスタイル〉
  1. 業務に応じた場所の選択により仕事の質を向上させる
  2. 他部門との協業から新しいノウハウを生み出す
  3. 興和ブランドの発信により顧客イメージを向上させる

第一のコンセプトを具現化したのがフロアプランだ。各部門の執務室となる「オフィスフロア」を3~8階に設けるものの、社員たちはここだけで仕事をするわけではない。2階の共用フロアには会議室だけでなく、打ち合わせにも使える食堂とカフェ、集中作業用のシンキングスペース、情報を得るライブラリー、インフォーマルコミュニケーションに効果を発揮するオープンスペースやガラス張りの喫煙室などが開放的なレイアウトで配置され、業務内容によって自由な「場」の選択が可能だ。また会議室は1階と3階にもあるほか、9階の役員フロアにはプレゼンテーションルームも置かれている。

「新しいビジネスモデルに次々と挑戦していかなければならない現在、自由なコミュニケーションを活発にするスペースは欠かせません。このため、コミュニケーションスペースの充実を最大の目標とし、2階全フロアを共用スペースとしました。その中で、食堂、カフェを目玉とすべく、出来るだけ良いものとするよう注力しました。またオフィスフロアも、従来のようにデスクにずっといるのではなく、気軽に歩き回るようなレイアウトにしたのです」(植田氏

2~8階のデザインを主に担当したのは鹿野氏だ。

「今回のプランニングで最も重視したのは人の流れとそれによるコミュニケーションの活性化です。オフィスフロアでは中央にミーティングコーナーとコピーや備品類を置いたコミュニケーションスペースを設けました。ここは活発に意見や情報を交換する場であり、このスペースに来ると意識が変わるように天井・照明・カーペットのデザインに変化をつけてあります。さらにそれだけでは人が放射状にしか動かないので、両サイドにサポートスペースとして共有するユーティリティを配置しました。立ち寄った人の間で会話が始まれば、そのまま中央に移動してもらってすぐに打ち合わせにつなげることができる。つまり、フロア全体でコミュニケーションのチャンスが生まれるようにしました」

そのデザインの考え方は2階にも活かされている。

「2階は単なる社員食堂ではなく、オフィスフロアには無い会議室、喫煙室、シンキングスペース、ライブラリーを併設することによって社員が自然と集まるようにしている。また、その動線の中心にあるカフェで社員同士の出会いやコミュニケーションの機会が作り出せるようにしています。」(鹿野氏

個人デスクは固定席だが、それでも業務内容によって自由に仕事の場を選ぶことで交流は活発になる。そのためには「2階は社員にとって魅力的な空間にすることが必要」と、かなり大胆なデザインが目を惹く。

「あまりの変化に、初めて目にした社員の中には驚いた人も多かったのですが、使い始めてからは非常に好評で、オフィスフロアのコミュニケーションスペースも2階のさまざまな施設も利用率はかなり高くなっています。働き方の変化を求めているのはワーカー自身なのですから、オフィスはその要望を確実に具現化するものでなければならないと、改めて実感しました」(鹿野氏

「ブランドの発信」という課題に応える先進的なオフィスデザイン

 一方、1階と9階、そして外装などのデザインを中心になって担当したのが篠崎氏だ。

「最初に打ち合わせをしたとき、『ビルの前を通った人が振り返るようなデザインにしてほしい』と要望されました。また『シックで上質なイメージとしたい』という要望もありました。課題は明確だったものの、外装の9割以上を残した形での改修で、それを実現するのは容易ではありません。検討は一つひとつの素材や色を慎重に選ぶことから始めました。外装については、既存のアルミパネルは残し、黒系統のフィルム張りとすることでイメージを一新した。

「フィルムに微妙な艶消し加工を施し、窓に光沢のあるアルミ材の枠をアクセントとして加えることで、引き締まったデザインにしました。しかしこれだけでは『上品でありながらインパクトがあるデザイン』という顧客の要望を実現したとはいえません。そのため、エントランスに採用したのが『石合わせガラス』でした」

石合わせガラスとは大理石などの石材を薄く切って挟み込んだ板ガラスで、「日本でこれだけの大きなものを建物に使った例はない」という。高級感があるだけでなく、反対側から透過する光で明るく照らされるのが特徴だ。

「石材の自然さに、ガラスの透明性が重なる独特の素材感が伝統を持ちながら、新しく生まれ変わるこの会社のブランドイメージを伝えるには最適だと思ったのです。さらに1階部分はエントランスとそれに続く会議室までガラスで囲ってオープンな雰囲気としたことで、石合わせガラスの素材感が強調され、従来のオフィスビルとはまったく違うイメージの空間になりました」

この点については、興和不動産側の評価も高い。植田氏が言う。

「ビジネスモデルの変革に合わせて会社が変わっていくことをエントランスだけで感じてもらうようにするのは、今回のプロジェクトでも最大の課題の一つでした。限られたコストの中でそれを実現するには専門家のアイデアに頼るしかない。その答を見事に見つけてくれたのですから、その時点で成功を確信しました」

続いて9階の役員フロアにおいても、ローズウッドなどの木材を多用するだけでなく、家具や備品、アートまで一つひとつ綿密に検討し、デザインを詰めていった。その過程で、東京大学総合研究博物館との産学連携による「モバイルミュージアム」への協力を決めている。

「東大では歴史的な遺品や自然標本などを多数保有しているものの、これまで展示する場所がありませんでした。そこで私たちが企業として最初に協力を申し出ました。スペースを提供し、移動博物館のような形で公開を始めたのです」(植田氏

現在、役員フロアの受付前に江戸時代に日本に伝わったドイツ製の古い天球儀、会議室に岩石標本や縄文時代の磨製石器が展示されている。

「学術的に価値の高い展示品を飾ることで社員にはいい刺激になるし、お客さまからも好評です。引き続き、東大とは協力関係を続け、定期的に内容を変えていくつもりです」(植田氏

石合わせガラス

多様なコミュニケーションは多様な場所によって生まれる

2005年の7月ごろに具体的な検討が始まり、2006年2月から約8ヵ月の工事期間で完成した興和不動産の新本社オフィスは、オープン以来、見学の申し込みが絶えないほど注目を集めている。

「見学された方々は、最初にエントランスや食堂の大胆なデザインに驚かれるのですが、コンセプトに基づいたさまざまな工夫について説明を受けると、一様に関心を示されます。そういう意味では、私たちのつくったオフィスは、多くの企業にとって共通の課題に応えるお手本になっているのかもしれません」(植田氏

たとえばオフィスフロアでは、「背面コミュニケーション」を利用したデスクレイアウトに興味を持つ見学者が多いという。デザインを担当した鹿野氏が説明する。

「従来の日本のオフィスでは、デスク越しに話しかける島型対向レイアウトが主流でした。しかしこれでは個人業務と情報交換の切り替えが難しく、人によってはなかなか集中できません。このため、グループごとに背中を向ける4人1組のデスクレイアウトを採用しました。この方式であれば、必要なときは振り返ればそこがそのまま打ち合わせスペースになりますし、デスクに向かったときはブースコーナーで集中できます。また、グループ単位で明確に『島』をつくる場合に比べて配置の自由度が固まるので、人員の変更によってその都度デスクを動かさないで済むのです」

そしてもう一つ、将来的な変化に対応するためのバッファスペースを設けてあることも興和不動産のオフィス戦略が先進的だと評価される理由だ。フロアプランの作成にも参加した篠崎氏が言う。

「ビジネスモデルの変革は、一過性のものではありません。社員間はもとより、会社を訪れるお客様とのコミュニケーションの活性化は、新しいビジネスチャンスを生み出します。そのチャンスを逃さないためには、スピードと柔軟性が不可欠です。変化する組織をサポートする成長するオフィス。それを実現するため、ここではオフィスの一部にバッファスペースが用意されています。そういうところにも、今回のオフィスプロジェクトの先見性が表れています」

オープン直後は、社員たちも環境の変化に、多少、戸惑い、「今までなかったシンキングスペースなどは利用率が低かった」(植田氏)というものの、その後、ネットワーク環境などが整うに連れて、自分たちで場所を選びながら仕事をするワークスタイルが徐々に浸透してきている。そしてプロジェクトの最大の目的であるコミュニケーションの促進は確実に効果が表れてきた。今村氏は、毎朝、それを実感する瞬間があるという。

「社員食堂は朝食の提供もしているため、出勤すると始業前にコーヒーを飲む人が大勢います。そこで自然に始まる会話からビジネスの成果があがったことは少なくありません。コミュニケーションを活発にするには、そのための場所と、人が集まるための工夫がいる。それを確実に実現できたのですから、こんなうれしいことはありません」

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