株式会社ロックオン 東京支社

2008年8月取材

※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

デザインはもちろん、オフィスの住所も企業のイメージを左右する重要なファクター

大阪に本社を置く株式会社ロックオンは、Eコマースサイトを低価格・短納期で構築するオープンソース・パッケージ「EC-CUBE」や、ネット広告の効果測定システム「アドエビス」などの画期的な製品で急成長を遂げているIT企業だ。

まだ大学に在学中だった岩田進氏が自宅の一室で創業したのが2000年6月。半年後には兵庫県尼崎市に事務所を開設し、その後、大阪市北区南森町および堂島を経て今年8月には大阪西梅田に竣工する「ブリーゼタワー」に新本社ビルを構築する。
一方、東京への進出は2005年のことで、3カ月間渋谷に準備室を置いたのち、10月には千代田区神保町に支社オフィスを開設していた。しかし事業拡大などで手狭になったことから、2008年5月、銀座のオフィスビルに移転している。

プロジェクト担当

岩田 進氏

株式会社ロックオン
岩田 進氏

代表取締役社長
CEO

はやわかりメモ

  1. ベンチャー企業がオフィスを考え始めるとき
    創業間もないころは職場環境の整備にまで手が回らないが、継続した成長を望むならどこかの段階でオフィスへの投資を始めるべき。
    特に人材が最大の経営資産である業種にとっては、「いいビルにいいオフィスを持つ」ことは大きなリターンが期待できる。

  2. 「住所」で企業のイメージを判断する
    企業の関係者のうちオフィスまで訪れてくる人はほんのわずか。ほとんどは住所の情報だけでその企業のイメージを判断する。それだけに所在地は慎重に選択すべき。
  3. ビルのマイナスを内装でカバーすることもできる
    築年数の経過したビルやビルスペックが劣っているビルであっても、デザイン次第で室内環境を向上させることが可能。従って内装工事ができる物件を選ぶべき。
  4. オフィス移転は最重要経営判断の一つ
    事業環境は常に変化するので、経営者はスピード感を大切にオフィスの最適化を考えなくてはならない。移転では先に賃料の上限を決めるのではなく、立地などによってもたらされるリターンとの兼ね合いを考えるべき。

「いいビル」「いいオフィス」への投資は社内外に多くの効果をもたらせてくれる。

急成長を続ける会社にとってオフィスの増床・移転は日常茶飯事だが、株式会社ロックオンの代表取締役社長である岩田進氏は、「単にスペースを確保するだけでなく、ちゃんとしたオフィス環境を整えることが最大の経営課題の一つだ」と断言する。

「もちろん、創業から4年目くらいまではそんな余裕はなく、場所と机さえあればいいという状況でした。しかし事業が軌道に乗り、法人として認められるようになった段階で、オフィスについても恥ずかしくないものにしようと考えるようになったのです」岩田氏

ロックオンは、企業がインターネットを通してビジネスを行うEコマース(EC)サイトの構築や広告効果測定の支援を行う会社だ。他社にない商品やサービスは評価が高く、大手広告代理店やメーカー、金融、物販、サービス会社などで利用されている。
「ソフトウェア・サービスを売るロックオンにとって最も大切な資産はいうまでもなく人材です。従って社員たちが気持ちよく働けるオフィスであることは大前提。さらにWEBのデザインなども扱うことから、お客様に『いいデザインだ』と感じていただくオフィスにすることも大きな意味があるのです」岩田氏

そんな考えから、大阪の本社は創業から4年目(法人設立から3年目)の2004年9月、大阪市北区堂島2丁目のORIX堂島ビルに移転している。
「交通の便が良く、グレードの高いビルが新築されると聞き、入居を決めたのです。設立、間もない会社にとっては多大な投資でしたが、それ以上のリターンはあったと確信しています」岩田氏

岩田氏は「リターン」には2つの意味があると語る。
一つは社外へのイメージアップだ。
「ロックオンの企業理念である『Impact On the World』は、常に前進していく私たちのスピード感を表したものです。まだ若い会社が一流のビルにオフィスを構えたことで、それを形で示すことができました」岩田氏

もう一つは従業員のモチベーションアップだ。
「入居したのは大阪では有名なビルですから、そこにオフィスがあることで社員たちは周囲から羨ましがられる。たったそれだけのことでもこの会社で働くことを誇りに思い、がんばってもらえる。効果を考えれば、良いオフィスへの投資は意味のある経営判断だと信じています」(岩田氏

そして今回の東京事務所(支社)の移転も、同じ方針に基づくプロジェクトだった。

「いいビル」「いいオフィス」への投資は多くの効果をもたらす

企業のステークホルダーのほとんどは所在地を文字情報としか認識していない。

ロックオンが最初に東京に事務所を構えたのは、創業5年目の2005年7月のことだ。

「最初は渋谷のマンションに準備室を開き、3カ月後に千代田区神田神保町に20坪ほどのオフィスを借りました。もともとデザイン会社が入っていた物件をそのまま引き継いだため、大きな窓の明るいオフィスで、天井高も3mあり、満足度はかなり高かったのです」岩田氏

最寄り駅は地下鉄の神保町。出版を初めとするマスコミ系の会社が多い情報発信エリアであるうえ、大手町、新宿、渋谷へと乗り換えなしで行ける利便性の良さも魅力でしたが、唯一、町のイメージが気になっていたという。

「少なくとも関西のほとんどの人にとって神保町はあまり知られていない町です。だから、サイトで当社の住所を調べても、場所がイメージできない。これは損だと思いましたね」岩田氏

現在のようなネット社会では、住所は「場所」を示すだけでなく、イメージを与える「情報」としての役目を強く果たす。たとえ隣接している駅であっても、住所によって印象が変わることはよくあることだ。

「企業のオフィスまで訪れてくる人はわずかで、大半の関係者はその立地や住所という文字情報で知るだけなのです。それだけに、所在地によるイメージの選択は、まだ社名が浸透していない企業にとって重要な宣伝戦略の一つなのではないでしょうか」岩田氏

神保町のオフィスには約2年半、入居していましたが、応接にも使える独立した会議室がなかったことから業務が拡大するにつれて不便を感じるようになる。そして2008年に移転を決意したときには、このような考えから徹底的な住所の検討を行った。

「IT系の会社が多い六本木や恵比寿は、逆にイメージが強すぎて他社との差別化ができないので避けたいと思いました。一方、丸の内は、たくさんの大手企業が集積していますが、私たちのような新進の企業が少なく、迅速さやスピード感といったイメージではない。そんな中で候補物件から選んだのが、銀座だったのです」岩田氏

めたビルは松坂屋の裏手に位置し、銀座駅から徒歩3分圏内だ。

「まさに銀座の中心地であり、イメージとしては最高にいいですね。銀座は同業が少ないだけに、私たちにとって"色"を付けやすいのが魅力です」岩田氏

最近は多くのブランドショップの進出で、若い世代の人気も上昇しているだけに、「大阪本社の社員がうらやましがる立地」(岩田氏)とのことで、東京事務所の移転は社内的にも大成功だったようだ。

「窓の外を隠す」のも室内デザインの一環。
天井を外せるビルであれば高さを稼げる。

窓の外を隠す」のも室内デザインの一環立地としては希望通りの銀座だが、繁華街だけに、オフィスづくりにはさまざまな工夫をしている。

「ビルのワンフロアを借りたため、片側に広い会議室を設けても3面窓という明るいオフィスになったものの、周囲には居酒屋なども多く、なんとなく仕事の意欲が削がれるんですよね(笑)。そこで、障子をイメージしたロールスクリーンで全ての窓を覆い、外の景色を隠すようにしました」岩田氏

苦肉の策だったが、結果として室内を柔らかい光が満たし、落ち着いたムードになったのは従業員にとても好評だという。
もう一つ、ビルの弱点をカバーする目的で行ったのが、天井板を抜く工事だ。これにより、もともと2,500mmだった天井高は2,700~2,800mmになり、室内は一気に広々とした印象になる。
「天井高を確保することは条件の一つでした。幸い、入居したビルは2年間の定期借家契約で借りられた上、その後、建て替え計画があることから内装工事はかなり自由に行えたのです」(岩田氏

「執務スペースは白を基調にした落ち着きを感じられる空間に、会議室は黒などの強い色による動きのある空間にすることで変化を付けました。またエントランスは曲面の壁で囲み、ほかの部屋との違いを強調しています」(岩田氏

現在、東京事務所の収容人数は約10人。余裕をもってデスクを置いているために多少の増員は可能だが、条件が変われば同じ場所にこだわることなく、次の移転を検討する予定でいるという。
「今はどんな企業でも数年後の事業環境は予測できません。それだけに、常にオフィス移転を念頭に置いて経営をすることが大切なのではないでしょうか」岩田氏

オフィスは企業を成長させる源だから経営計画に基づいた先行投資が重要だ。

東京事務所の移転に続き、大阪の本社も今年8月に大阪西梅田に竣工する「ブリーゼタワー」に新設する予定だ。株式会社サンケイビルが建設中のこのビルは、超高層でありながら「窓」によってフロアに自由に外気を取り込めるなどの工夫で知られる最先端オフィスであり、本誌でも何度か紹介してきた。岩田氏が次の移転先として選んだのも、ビルによるインパクトが自社の理念と通じると判断したからである。

「単純に言えば、クオリティの高いビルに入ることに意味があるのです。オフィスとしての使いやすさ、立地条件、住所のイメージなど、どれをとっても優れており、ほとんどの場合、賃料以上のメリットがありますからね」岩田氏

もちろん、無条件に投資を続ければいいというものではなく、経営状況とオフィスコストは連携していなければいけないのだが、岩田氏は「日本の経営者はそのことにあまり気付いていないのではないか?」と疑問を呈する。
「経営が苦しいときはオフィスにお金などかけていられませんが順調に成長しているのなら、移転のたびに賃料や内装工事費を上げていくのは、正統な投資なのではないでしょうか。それによって質の高い人材が集められ、さらにモチベーションを維持できれば業績はもっと上がる。つまりオフィスは先行投資の対象なのに、経営状況に関係なくコストを下げようと考えるのはおかしいのです」岩田氏

もし将来、米国のニューヨークに進出するなら、「エンパイヤステートビルは有力な候補物件です」(岩田氏)と笑う。
「そんな有名なビルにオフィスがあったら、米国人はそれなりに一目置くでしょう。そういう効果も含めて、投資に値するかどうかを考えるのが重要。
賃料の"安さ"だけでオフィスを決める時代は、もう終わったのかもしれませんね」岩田氏