ワン・インテグレテッド・ファームから
「集まる、つながる、広がる」オフィスへ。
新オフィスをデザインしていくにあたり、天野氏は次のように発想を広げていったという。
「ワン・インテグレテッド・ファームというコンセプトを具体的なオフィスデザインに反映していこうとしたとき、思いついたのは『集まる、つながる、広がる』という言葉でした」
そしてそこから導き出したのがバーチャルキャンパスという裏コンセプトだ。
「大学のキャンパスは大教室や小教室、ゼミ室など、目的に合わせた多様なスペースが用意され、学生たちはそれらの場所を使い分けて集まりながら、つながりをつくり、世界を広げていきます。つまり、新オフィスでも変化のある空間を用意すれば、組織の一体感が自然に生まれてくるのではないかと思いました」
このような考え方は、杉山氏も同感するものだった。
「私たちのような業種ではオフィスがフリーアドレスであるケースが多く、席を移動しながら仕事をすることにはみんな慣れています。ただその一方で、フリーアドレスのオフィスにありがちな長方形のテーブルがずらっと並んでいる均一的な空間は、無機質で嫌だと思っていたのです。この点、天野さんの発想は、新しい時代のオフィスを予感させてくれるものでした」
そんな期待の通り、執務スペースには、カスタムメイドのちょっと変わった形のテーブルが置かれた。
「基本は平行四辺形で、向かいあう人の視線が重ならないようにしました。さらに三角形のテーブルと組み合わせることで、レイアウトの自由度がかなり高まったのです」(天野氏)
平行四辺形のテーブルは長方形のものよりも連結のバリエーションが多くなる。そのため、デフォルトのレイアウトでは中央から星形に広がるような配置にしたほか、所々に少人数用のコーナーを設け、働き方の多様性に対応できるようにしている。
「このテーブルを含め、新たに採用したオフィス家具は全て下にキャスターを付け、簡単に移動できるようにしています。さらに会議室を含めてほとんどの仕切り壁も動かせ、空間を自由に変えられるのです。それによってさまざまな目的に使える多様な空間を提供できるだけでなく、働き方の変化によってオフィスもどんどん進化していくことができるのです」(天野氏)
最高の眺望で「集まる」を演出する
フロアの中央に広々としたプロムナード。
執務スペースに置かれたデスクワークのための平行四辺形や三角形の変形テーブルは、いくつかを組み合わせることで簡単な打ち合わせ用のテーブルに変化する。さらに周囲に設けられた大小の会議室の利用頻度も高く、新オフィスは活気にあふれた「動」のイメージを感じさせる。それであって全体に雑然とした感じにならないのは、フロア中央を広いプロムナードが貫いているからだ。
「実はここが、デザイン案で最初に決まった部分でした。オフィスが入る住友不動産汐留浜離宮ビルは浜離宮庭園のすぐ北側に位置し、エレベーターホールから室内に入ると、正面に浜離宮からお台場、そして東京湾から房総まで見渡せる最高の景観が広がります。これこそ移転によって社員たちが得る最大の価値の一つなのですから、その眺望を遮らないプロムナードでフロアを突き抜けられるようにしたのです」(天野氏)
プロムナードは執務スペースだけでなく、応接や会議室のあるフロアまで含めた統一されたデザイン要素になっている。
「海、空、緑が眺められるという共通のスペースを全フロアに設けることで、どこのフロアにいても『最高の場所にあるオフィス』という意識を持ってもらえるようにしたかったのです」(天野氏)
さらにプロムナードにはフロアごとに少しずつ違う仕掛けをつくり、人々が集まりやすいようにしている。
「円形カウンターやテーブル、ソファ、ベンチ、チェアなどを置いて交流の場として使えるようにしました。レイアウト上、オフィスに出入りするには必ずここを通るのですから、まさに『集まる、つながる、広がる』を実行できるスペースになっているのです」(天野氏)
その他、オフィスにおける特徴的な空間について、いくつか紹介しておこう。
ソーシャルラウンジ
23階をエントランスと直通エレベーターで結んで受付フロアとし、応接および会議室のスペースを「ソーシャルラウンジ」と呼んでいる。
「ここはPwCのグローバルネットワークを象徴する意味もあって世界地図と連動させました。当社で会議室名のテーマを従業員から募集したところ、"世界遺産"に決まり、各部屋にアンコール・ワットやタージ・マハルといった各国の世界遺産の名前を付けています。また家具なども全て違うものにして、デザイン的にも変化を感じられるようにしています」(杉山氏)
もう一つの特徴は、フロアのさまざまな場所にアート作品を並べたことだ。「飾っているのはフラワーアーティストの第一人者であるアヤコ タナカさんの作品です。デザイン的に優れているだけでなく香りも楽しめ、従業員たちだけでなく海外からのお客様にもかなり評判がいいですね。会社の印象を決めるスペースだけに、こういう工夫は大切だと思いました」(杉山氏)
カフェテリア
22階は従業員向けの会議室が並ぶスペースだが、その一画にカフェカウンターを設け、サービス会社が飲み物から軽食までの販売を行っている。
「オフィスの利便性を考えたとき、このような設備も必要ではないかと思いました。今では多くの人が集まる絶好のスペースとなっております」(杉山氏)
プライスウォーターハウスクーパース株式会社とあらた監査法人のオフィスを統合しているが、業務内容上、監査法人や一部の部署の使用スペースはセキュリティ上の条件により入室が厳しく制限される。しかし、共有スペースから窓を通して内部の様子が分かるようにすることで、組織としての一体感が感じられるようにしている。
また、各フロアのエントランスには従業員に向けた各種情報を流す大型ディスプレイ「PwC Window」が置かれ、情報共有に効果を上げている。
移転前のオフィスでは各法人とも会議室の不足が従業員の不満として表れていたという。しかし新オフィスでもスペースが拡大する訳ではないので、調査段階で得られた綿密なデータなどをもとに少人数用の会議室を増やすことで対応した。
「それまでの仕事の進め方も調査対象でしたので、会議は何人で、どのくらいの時間、どのくらいの頻度で行うか、全て調べたのです。そのデータから、何人用の会議室をいくつ作れば効率的にスペースを使えるか、最適化シミュレーションを行いました。具体的には社内用の会議室の比率を高め、小会議室を増やすことにより、会議室が足りないといった不満はほとんどなくなりました」(越田氏)
経験を共有できる場が多いオフィスほど統合による「組織の融合」を促進させる。
今回の移転プロジェクトにおいて最大の課題は、組織の再編成と新オフィスの構築とを併行して進めなければならない点だった。一般的に考えたら、組織の概要が決まらないうちにオフィスのレイアウトなどできない。
「PwC Japanとしてのシナジー効果をより高めるため、業務上必要なセキュリティゾーンを明確にしつつも各法人のフロアを互い違いにスタッキングすることで、各法人間の交流を促進するようにしました。このスタッキングは、今回の統合で新しいビジネスモデルを創出しようという意図の表れです」(小澤氏)
もともと各法人で採用していたフリーアドレス制は、小スペースが目的ではなく、いわゆるノンテリトリアル型の固定席だけを配したものだ。従って、席が移動することには多くの従業員が慣れていて、「移転当日の朝からみんなちゃんと自分で席を決めて働いていたのに感心した」(杉山氏)というほど定着したスタイルとなっている。そんな組織の特性を最大限に活かし、ワン・インテグレテッド・ファームの実現には大きな力を発揮できるオフィスを構築するのが、当初からの方針だった。天野氏が言う。
「経営統合だ、ワン・インテグレテッド・ファームだっていくら口で言っても、すぐに浸透するものではありません。ですから、オフィスを通してみんなに感じてもらうことが大事なのです」
ちなみに前述したプロムナードや平行四辺形のテーブルは、そんな共感につながる仕掛けの一つだという。
「他社にない特徴的なアイテムを各フロアに置くことで、例え階が違っても同じ体験を共有できる。そんなところからも『集まる、つながる、広がる』へのきっかけが生まれるものなのです」(天野氏)
期間的にはかなり短いプロジェクトではあったものの、移転後のオフィスへの従業員からの評価は高く、特に社内のコミュニケーションに関しては多くの従業員が「非常に向上した」と答えている。
「これまでの常識からいったら、これだけの短い期間でこれだけの大規模なオフィス移転を行うなんて考えられなかったことです。しかも、今回のプロジェクトメンバーは『時間がないからこのくらいで妥協しましょう』といった言葉は口にせず、常に最高のオフィスを目指してきました。その結果、予想以上のオフィスに仕上がったのですから、やはりプロの力を借りて良かったと思いました」(杉山氏)
ところで、杉山氏が働く総務部も、それぞれの法人から集まったメンバーで構成されていることもあり、最初は互いに気を遣いすぎる場面が多かったという。
「最初はデスクの間にパーテーションを立てていたのですが、それが意思の疎通を阻害している原因と考え、パーテーションを外して見通せるようにしたのです。たったそれだけで一気に打ち解け、今では何でも話せるようになりました。これまで何度かオフィスの構築を行ってきましたが、空間のつくり方一つで人の心がこれほどまで変わるとは大きな驚きです。オフィスが経営に与える力の大きさに改めて気付かされた思いです」(杉山氏)