株式会社スクウェア・エニックス

2015年7月取材

※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

「個人知」を「組織知」に変えイノベーションを起こすためのオフィス

「最高の『物語』を提供することで、世界中の人々の幸福に貢献する」を企業理念とし、「ファイナルファンタジー」シリーズ、「ドラゴンクエスト」シリーズなどインタラクティブ・エンタテインメント製品の企画、開発、制作及び販売を手がける株式会社スクウェア・エニックス。2012年9月に東新宿の新築大規模ビルに移転し、2014年11月にフロア増床を実施。現在計6フロアを使用している本社オフィスのお話をまとめた。

プロジェクト担当

岡田 大士郎氏

株式会社スクウェア・エニックス
総務部長

岡田 大士郎氏

ワーカーのコンシェルジュ的な役割を果たすOFFICE SERVICE

ワーカーのコンシェルジュ的な役割を果たすOFFICE SERVICE

はやわかりメモ

  1. 代の変化に合わせ、チームでの生産性を高めるワークプレイスを提案
  2. 人と人とが交わる距離感、コミュニケーション動線を検証した物件選定
  3. 生産性を高め、知識とノウハウを共有してイノベーションを起こす
  4. クリエイターが輝く環境をつくる舞台装置としての社員食堂
  5. 人の気持ちを大切に、わくわくしながら働ける環境を目指す

時代の変化に合わせ、チームでの生産性を高めるワークプレイスを提案

日本が世界に誇るコンソールゲーム(家庭用コンピュータゲーム機)の二大タイトル、「ドラゴンクエスト」を開発した株式会社エニックスと、「ファイナルファンタジー(以下FF)」を開発した株式会社スクウェアが合併し、株式会社スクウェア・エニックスとして生まれ変わったのは2003年4月。同年7月より、同社は新宿駅南口(渋谷区代々木)の大規模ビルに本社を構えてきた。

だが、近年はゲームを楽しむ層の裾野が広がり、「FF」シリーズのような重厚長大で美麗なグラフィックを楽しむコンソールゲームのファンだけでなく、幅広いデバイスを通じてゲームを楽しむユーザー層も増えてきた。

「クリエイターは個性のある職人気質のアーティストであり、積極的にコミュニケーションをとることを得意としない人も多く、『匠』たちの個性を活かせる環境が何より求められます。旧オフィス時代はこれらのクリエイターの個性を重んじて、ほとんど個室に近いブース型のワークプレイスが中心でした。しかし、時代の変化に合わせ、ニーズに応じた選択と調整のできる環境を提供し、プロジェクト課題の解決や面白さを追求するアイデアや知恵の閃きを誘発、メンバーやチームがそれぞれに合った活動の場をストレス無く選べるツールや仕組みを提供できる設計も必要になりました。」(岡田 大士郎氏

求められるのは個々の磨き抜かれた精緻な職人芸だけでなく、幅広い視野からの自由な発想も必要である。そのためには、開発チーム全体がコミュニケーションを密にし、さまざまな角度から議論を重ね、コラボレーションによる相乗効果を生み出さなければならない。そのためには、既存のクローズドなワークプレイス環境は、チームとしてのコミュニケーションが取りにくいという弊害があったという。

「一つのタイトルを開発するチームは、100人という規模に達することもあります。しかし、この人数が一堂に会する場所を確保するのが、旧オフィス時代はきわめて困難でした。大会議室はありましたが常に予約が一杯で、全体ミーティングを思い立ってから実際に開催するまでに3日も4日も経過してしまうような状況でした」(岡田氏

この間、チームの何割かは事実上作業がストップしてしまうことになり、生産効率の低下を余儀なくされていたという。

「ゲーム開発費の大半は人件費です。100人のチームとなれば、1日1日のコストメーターは膨大なものとなります。思い立ったらすぐに集まり、ディレクターからの指示を受けたり情報を共有したりできる環境を構築することがポイントとなります」(岡田氏

岡田氏は、2005年から2007年まで同社の米国現地法人であるSQUARE ENIX, INC.のCOOとして赴任しており、現地の大手ゲーム会社などとも接点があった。当時、米国流の先進的なモノづくりの取り組みに触れてきた経験から、帰国後、岡田氏は本社経営陣に対して旧オフィスの現状についての問題提起を行なう。そして本社移転を軸とした約30項目からなる改善案を提案したという。

人と人とが交わる距離感、コミュニケーション動線を検証した物件選定

時代の流れとともに、働く場を積極的に変えていかなければならない――という岡田氏の改善提案は、経営陣にはおおむね好意的に受け入れられた。しかし、現場のクリエイターたちからは当初、慣れ親しんだ環境の変化を嫌ってか、抵抗もあったという。本社移転プロジェクトは、岡田氏が帰国した2007年からスタートしたものの、実際に移転が行われたのはそれから5年後の2012年9月のことであった。その間、別の立地を移転先とする計画もあったが、様々な意見があり一度白紙に戻った。

「一度ふりだしに戻った形ですが、お陰で計画を練り直す時間ができました。そこで、それまでに積み上げてきた取り組みを基に、人間工学的な視点や行動心理学的な視点から、どのような『場』をつくることが生産性を高めるか、科学的に研究していきました」(岡田氏

たとえば、人間工学的にストレスを最小限に抑える椅子はどういうものか。照明でいえば、それぞれの作業に適正な照度は。色彩でいえば、壁や床、デスクやパーティションなどはどんな色にすれば生産性を高めることができるか。こうした人間の五感に属する要素について検討を重ね、コンセプトを固めていったという。

「立地やコストなどの諸条件から絞り込んだ候補ビル3棟のうち、このビルは基準階床面積が約1,800坪と最も広く、それも決め手の一つになりました」(岡田氏

広いだけでなく、フロアの構造上も、エレベーターホールが外部コアに位置し、中央には情報共有に適した大規模空間がある。行動心理学の視点から人と人が交わるための距離感を考え、バーティカルなコミュニケーション動線を検証した結果、最適な構造を備えていたのは、当時まだ建築中のこのビルだけであった。

移転プロジェクトは2011年11月にキックオフし、翌2012年4月にはビルが竣工を迎える。竣工と同時に内装工事に取りかかり、同年8月から9月にかけて移転作業が行われた。同ビルのオフィステナントとしては入居第一号であった。

生産性を高め、知識とノウハウを共有してイノベーションを起こす

移転プロジェクトは、当時の社長が率いて、岡田氏ら総務部が事務局を務め、社内から選抜した約25名のチームで進められた。

各グループの代表やカリスマ的クリエイターなど影響力のある人たちの声を吸い上げたほか、社内アンケートを実施し、何人か一般社員のヒアリングも行ったが、敢えて全社員の意見を聞くということはしなかったという。

「当時でも2,000人からの社員がいましたから、全員に聞いていては収拾がつきません。『聞きすぎず』がポイントだと思います」岡田氏

現在、同社は1・2・4・18・19・20階の6フロア、計約9,300坪を使用している。このうち、4階約1,700坪は2014年11月に増床した部分である。

1階は応接室23室とセミナールームからなるパブリックゾーンのほか、モーションキャプチャーなどの撮影に使われるA・Bの2つのスタジオ〈写真①〉が設けられている。

「旧オフィス時代は、徒歩15分ほどの距離にあるスタジオを使用していましたが、移動の手間に加え、建物の微細な振動で撮影した映像にノイズが混じってしまうことも。そこからゲームに使えるようにノイズを除去する作業に3~4日かかっていました。新しいスタジオは、ビルの構造特性から振動がほとんど生じないため、撮影した映像はそのままゲームに使用できる。作業効率が大幅に改善されましたね」岡田氏

さらに、使用目的によってAスタジオとBスタジオを使い分けることで、従来は数日かかっていた工程がわずか10数分で完了できるようになり、生産効率も飛躍的に向上した。

①スタジオ

①スタジオ

セミナールーム〈写真②〉は通常、100人用・50人用・30人用の3室に仕切られているが、つなげると最大300人まで収容することができる。

ここは、大人数でのミーティングなどに用いられることもあるが、本来の目的である社内外のセミナーや勉強会も頻繁に開催されている。優秀な社員の知識やノウハウを全員が共有し、「誰が何を知っているか」を知る――つまり、「個人知」を「組織知」とすることで、イノベーションを起こすのが狙いである。

「たとえば、最高のヒット作のKPI(重要業績評価指標)を分析して、自分たちの仕事の参考にするとか。当社の現場のリーダーには、部下に手とり足とり教えるよりも『自分の背中を見て育て』という考えの人が多かったのですが、経営側としては、素質のある人はきちんと育てていきたい。そこで、彼らが学べる機会を設けるという狙いがありました」岡田氏

②セミナールーム

②セミナールーム

ビルには関連会社であるタイトー株式会社も入居し、そのほかの階には出版事業部や開発チームや岡田氏らのいる総務部などが配置されている。

「開発チームは当社の収益の要であり、面積・人数ともに最大のボリュームとなっています。しかも、普通の会社のように9時から6時の勤務体系ではなく、裁量労働制で社員の働き方にもさまざまなパターンがあります。ここをどのようにつくっていくかが今回のオフィス移転の最大のテーマでした」岡田氏

旧オフィス時代のクリエイター席は、180㎝角のブースがそれぞれ半個室状態となっていたが、新オフィス〈写真④〉ではブースを全廃し、高さ50㎝のパーティションを備えた8人掛けのブーメラン型開発デスクを採用。デスクとデスクの間に丸テーブルを置いて、チーム内で気軽に打ち合わせができるようにしている。ゲーム開発という仕事柄、一人当たり2~3台のPCと大型三面ディスプレイなどを使用するため、各自の席は固定席だが、私物のノートPCやタブレットを持ち込んで自席以外の場所で仕事をすることも可能だ。また、旧オフィスにはクローズド環境のミーティングスペース〈写真③〉が80室あったが、新オフィスにもほぼ同数を用意したほか、40ヵ所のオープンミーティングゾーンが設けられた。

③ミーティングスペース

③ミーティングスペース

④執務室

④執務室

「守秘性の高い打ち合わせなど、どうしてもクローズドミーティングスペースを使用しなければならない場面はあります。しかし、社員には『周りから見られながら仕事をする』ことに慣れてもらいたいという思いもあって、オープンミーティングゾーンはできるだけ数を増やしています」(岡田氏

クリエイターが輝く環境をつくる舞台装置としての社員食堂

オープンミーティングゾーンとしては、「ガーデン」〈写真⑤〉と名づけられているリフレッシュスペースや、「Lounge」〈写真⑥〉と呼ばれる社員食堂兼用のコミュニケーションスペースなども特長的だ。

⑤ガーデン

⑤ガーデン

⑥Lounge
⑥Lounge

⑥Lounge

社員食堂をつくるに当たって、岡田氏は当時の社長と話し合い、「単なる食事のための場所ではなく、クリエイターの人たちがもっと輝いていく環境をつくるための舞台装置」として構築したという。

「社員食堂は朝8時30分からの営業で、出勤してきた社員が仕事前に美味しいコーヒーや焼き立てのパンを楽しみ、その日の仕事に向けてテンションを高めています。夜も20時まで営業しており、社員の懇親会などにも利用されています。当社の業務上、どうしても残業しなければならない場合がありますが、夜食がカップ麺やファーストフードばかりでは体にもよくありません。そこで、栄養バランスを配慮した賄い食を用意し、健康面でも社員をサポートしています」岡田氏

一流のアスリートが超人的な新記録などを樹立するとき、「ゾーン(ZONE)」と呼ばれる超集中状態を体験するという説がある。

岡田氏は、クリエイターにも同じようにゾーンの状態(独創的なアイデアが次々と湧き出すなど)があるはずだと仮定し、それを実現するにはどんな環境を整えるべきかを課題としてオフィスづくりに取り組んだという。

人の気持ちを大切に、ワクワクしながら働ける環境を目指す

「他人から『やれ』と言われて何かをすることが好きな人はいません。特に、当社のようなクリエイティブな人間が集まる会社では。そこで、経営側からのトップダウンで人を動かすのではなく、自然に、自発的に人が動くような環境をつくることを心がけました」岡田氏

実際のオフィス運用においては、必ずしも岡田氏らの想定通りに使われているわけではない。たとえば、開発エリアにはミーティング用にスツールやゆったりしたソファなども設置されたが、これらはあまり使用されていない。むしろ10人前後のメンバーが一つのモニタを囲み、立ったままワイワイガヤガヤと議論するスタンドミーティングなどの利用頻度が多い。この構図は、以前のオフィスでは見られなかったものだという。

また、情報の共有に関しては、メールやチャットシステムなどのICTツールとともに、現場からの要請で至るところに導入されたホワイトボードに書き込む、壁に貼り紙をするといった手法も併用されているという。

「人によって、また仕事の内容によって、デジタルとアナログを上手に使い分けているようです。たとえば、壁に貼った模造紙にポストイットなどをペタペタ貼り付けるというやり方は、デジタルな手法より圧倒的に視認性が高いものです。通りかかった人が見て、その場で知とアイデアの共有が図られ、さらにフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションが生まれるようになります」(岡田氏

こうした壁の使い方や、執務エリア内に設けられた通路は、自然に人と人との交わりが生じ、その中で社員一人ひとりの能力に相乗効果をもたらす狙いがあるという。

「一番気を使って考えているのは人の気持ちです。ワクワクしながら仕事ができる環境をつくるにはどうすればいいのか、今も試行錯誤をくり返しています。移転後にオフィスの満足度調査は行いましたが、そろそろ満足度調査を超えた『幸福度調査』というものを実施しようと考えています」(岡田氏

移転前と移転後では、ゲームランキング上位に占める同社のゲームタイトルは増えている。そこで、ヒット作をつくったチームがオフィスのどこにいて、どんな環境でどのくらい働いていたかを検証することなども考えているという。

「総務としては、オフィスが業績に貢献した部分は絶対にあるはずだと確信しています。まだまだ未完成で、どう使っていくかは今後も永遠のテーマです。そのためにも、日々オフィス内を歩き回って、次の一手を打つヒントとなる現場の声を拾っていきたいと思っています」(岡田氏