柏の葉オープンイノベーションラボ(KOIL)
2014年6月取材
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※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。
結集する知と技術を基に新事業を創出 画期的なイノベーションセンターが誕生
千葉県柏市の柏の葉キャンパス駅前に完成した新たなイノベーション創造拠点「柏の葉オープンイノベーションラボ(KOI L)」。その規模、設備、仕組みはどれも画期的で多くのメディアで取り上げられている。今回はKOILが立地する「柏の葉スマートシティ」のエリア動向から、設備概要、今後のタウンマネジメントに関する考え方などについてお話を伺った。
三井不動産株式会社
ベンチャー共創事業室長
松井 健氏
エリアの特性を考えた施設の開発 それが柏の葉オープンイノベーションラボ
「元々ここは当社所有のゴルフ場があった場所です。広さは約60ヘクタール。ちょうどその上をつくばエクスプレス線(TX)が開通することになり、街づくりを含めて開発に協力することになったのです。非常に長い時間をかけて計画を進めてきました」
TXの正式名称は「首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス」。最高時速は130Km。東京(秋葉原)と茨城(つくば)をわずか45分で結ぶ。1978年の茨城県の構想発表に始まり、その後、運輸政策協議会を経て常盤新線第三セクター設立準備室の改組が成立。事業費用などについて検討したのち、1991年に沿線自治体の出資による第三セクター「首都圏新都市鉄道株式会社」が設立した。
TXを含めた全体の開発スケジュールは下記の通りだ。
1985年7月 運輸政策審議会にて「東京圏における高速鉄道を中心とする交通網の整備」が課題として位置づけられる
1991年3月 「首都圏新都心鉄道株式会社」設立
2001年1月 路線の名称が「つくばエクスプレス」に決定
2001年9月 三井不動産の「柏ゴルフ倶楽部」閉鎖
2005年8月 「つくばエクスプレス」開業
2006年11月 柏の葉アーバンデザインセンター、「ららぽーと柏の葉」開業
2008年3月 千葉県、柏市、東京大学、千葉大学が、「柏の葉国際キャンパスタウン」の構想を策定
2011年7月 「柏の葉キャンパス」駅前まちづくり協議会発足
2011年12月 内閣府より総合特区、環境未来都市に認定
2014年4月 柏の葉オープンイノベーションラボ(KOI L)オープン
2014年7月 駅前複合施設「ゲートスクエア」グランドオープン(予定)
※ゲートスクエアは、三井不動産が手がけるホテル・商業施設・カンファレンスホール等が集積する駅前の複合開発エリア
「柏の葉キャンパス」駅は、都心の情報発信拠点の一つ「秋葉原」駅と国内有数の国際研究都市である「つくば」駅のほぼ中間に位置している。この沿線は研究機関や大学の研究室が多く集積しているのが特長だ。
「国立・民間を合わせて100以上の研究施設をはじめ、東京大学や千葉大学などのキャンパスも点在しており、このエリアの特性が活かせる開発を考えていました」
そうしてイノベーションラボの計画が検討されることになる。
「ここには多くの知恵と技術が結集しています。しかしそれだけで新事業や産業が次々と誕生するわけではありません。その実現には、新技術やアイデアを事業化につなげるためのプラットフォームが必要。それが開発のコンセプトになっています」
2014年4月、三井不動産は、TXの「柏の葉キャンパス」駅前に「柏の葉オープンイノベーションラボ(KOIL)」をオープンさせた。
KOILのコンセプト
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KOILはオープンイノベーションのトータルプラットフォームとして、柏の葉に誕生しました。
オープンイノベーションとは、多様な立場の人々が集まり、それぞれが持っている知識、技術、アイデアを組み合わせることで、革新的で新しい価値を創り出すことです。
しかし、ただ一ヶ所に人々を集めるだけではイノベーションは生まれません。
KOILは、多様な立場の人々が集まり、触発し合い融合するコワーキングスペース(KOILパーク)やスピーディなプロトタイピングを実現する最先端のデジタルファクトリー(KOI Lファクトリー)、そして地域の住民も利用できるオープンカフェ等、ただのオフィスとは違った空間となっている。
さらに、起業家やベンチャー企業への支援プログラム、人々の交流を生み出す多彩なイベントやセミナーなどにより、イノベーションの化学反応を起こします。
(三井不動産 パンフレットから)
磁力のコイルに意味を重ね合わせてネーミングされたKOIL(コイル)。そこには色々な人を引き寄せ、新たな化学反応が生まれるようにという思いが込められている。そしてKOILのオープンと同時期、2014年4月に「ベンチャー共創事業室」を新設。
「当社では2000年頃からベンチャー企業の支援を行ってきました。幕張、霞が関、横浜など、各々で積み上げてきたノウハウを融合させコミュニティ・プラットフォームを構築していきます。そのためにベンチャー共創事業室が生まれました」
従来のイノベーションセンターにはない地域住民と一体になったコミュニティ
「従来のイノベーションセンターでは、ベンチャー企業と出資者とのコラボレーションが中心で、そこに生活者が入ることはありませんでした。しかし柏の葉では、多くの地域住民の方々がイノベーションの現場に関わっています。例えば、最先端の製品や社会システムの実証実験に参加して、利用者の立場で問題点を指摘するなど、新産業創造のプロセスに関わっていただいている。全国的にも珍しいと思いますね」
その他、住民による"まちのクラブ活動"も特長的だ。現時点で(2014年5月)、会員はすでに1000名を超えているという。
「学校や職場にクラブ活動があるのならば、街にあってもいいだろうという発想から生まれました。英会話や料理教室、育児相談など、会員同士が知恵や特技を生かして多岐にわたる活動を行っています。クラブの入会は地域住民だけといった条件もありませんので、そこからさらに新しいコミュニティが広がっています」
施設の特長は、「起業」と「環境」そして「人への優しさ」
三井不動産は、快適なオフィス環境の開発とベンチャー企業の支援を同時に手掛けている。これはハードとソフトの両面で「人への優しさ」を追求する取り組みともいえる。
「まずハード面ですが、環境性能に優れたビルとして電力などに頼らず自然の熱や空気を活かして地球への負担を減らす『サスティナブルデザイン』を採用しています。これによりオフィス単体では50%のCO2排出量削減を実現。その他にも最新型の環境設備を導入しています」
4階~5階がオフィス専用フロアとなる。ワンフロア面積は約900坪。
「4階・5階は、どの部屋にもバルコニーが付いていているのがポイントです。天気のいい日に窓を開けてバルコニーに出るだけでも、かなりリフレッシュできるのではないでしょうか。都心のオフィスではなかなか味わえません。幅が2m近くあるため机を置くことも出来ます。入居企業の皆様からもかなり評判がいいですね」
6階はコワーキングスペース(空間を共有してアイデアや情報を交換しあうワークスタイル)を中心としたフロアになっている。
それでは写真と共に紹介していこう。
KOILパーク
170席のコワーキングスペース。大人数用のテーブル、リラックスしながら考えるためのソファ、集中できるデスクなど、用途に応じたワークスタイルをサポートする。また、利用プランも多数あり、会員が自分に最適なプランを選択できる。
KOILスタジオ
大型スクリーンと最新の投影設備により効果的なプレゼンテーションを可能とする。80名の収容が可能で、カンファレンスやイベントにも使用できる。
ミーティングルーム
4名から最大36名収容まで、全14室のミーティングルームを用意している。海外とのやり取りを見据えてモニタやTV会議システムの設備も揃えている。
KOILファクトリー
3Dプリンターやレーザーカッターなど最新機材を装備。デジタルファブリケーション入門から試作までニーズに合せて利用できる。
カフェスペース
誰もが気軽に利用できるオープンなカフェ。ランチタイムには、地元の主婦が多く集まり、ワーカーとベビーカー連れのお客様が混合するのがKOILならではの特徴。
その他、日本を代表する創業支援組織「一般社団法人TXアントレプレナーパートナーズ(TEP)」による支援プログラムを用意している。起業準備から事業のグローバル展開まで幅広く支援しており、KOILパーク会員であれば誰でも利用できる。
インハウス・メンタリング
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「自社の経営戦略を相談したい」「取引先拡大について業界経験者の話を聞きたい」など、ビジネスを進めていく中で発生する課題について相談できる仕組み。
1 on 1 セミナー
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ビジネスの実践的な知識を効率よく学べるように、講師と1対1で行うセミナー&ディスカッション。ステージ別・コース別の各コーナーから受講希望の内容だけを選べる。
インターナショナルビジネス・アクセラレーションプログラム
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「海外進出を考える日本のベンチャー企業」もしくは「日本へ進出したい海外のベンチャー企業」に向けた相談型のプログラム。
「当社の役割は、このような支援活動を通じてコミュニティのプラットフォームをつくることだと思っています。施設の竣工時に記者会見を行ったのですが、その反響は大きかったですね。先日は海外の起業家が視察に来ましたし、地方都市の行政からの見学も絶えません。ベルリンのインキュベーションオフィスからスカイプを使って、ベンチャー企業のプレゼンテーションを行ったこともあります。それを日本の投資家が見てアドバイスをする。徐々にではありますがグローバルな広がりを見せています」
ベンチャー企業というと一般的にIT関連企業とイメージしがちではあるが、決してそれに限ったことではない。
「IT関連企業でしたらアプリケーションを開発するにしてもさほど大きな場所を必要としませんし、試作品をつくるのにも莫大な金額を要するわけでもありません。しかしライフサイエンスや製造業などのテクノロジー系ベンチャー企業でしたら、一つの試作品をつくるのにも100万円単位で費用を捻出しなければなりません。その負担を軽くできるような支援ができればと思っています」
「日本の強みは技術力です。その技術力が集積しているTX沿線から、さらにはKOI Lから新たな産業を生み出すことを目指しています。例えば、低価格な電動バイクの開発を行っているベンチャー企業はTEPからの出資をもとにアジアで大きく飛躍しようとしています。彼らのオフィスはここにはありませんが、開発したバイクを柏の葉の街づくりの中で活かせないかと検討しているところです。そういった取り組みも支援の一つだと思っています」
コラム エリアエネルギー管理システム (AEMS)
街のエネルギーを"見える化"し、街全体の省エネ、省CO2をサポートする。
<創エネ>
●太陽光発電 ●風力発電
●温泉熱利用 ●非常用ガス発電
●排熱利用・複合型コジェネレーション ●太陽熱利用
<省エネ>
●各世帯の電気・ガス・水道使用量を"見える化"する
●LED照明などの高効率機器の導入
●消費電力を抑えるタスク&アンビエント照明・空調など
<蓄エネ>
●街全体の蓄電池としても機能する電気自動車のシェアリングシステム
●電力のピークシフト / ピークカットを実現する大規模蓄電池
●ピーク時の空調負荷を軽減する蓄熱装置
街全体でエネルギーを管理する。もし災害が起きたときにも、ゲートスクエア内では街で創り蓄えているエネルギーだけで、平準時の60%程度の電力を3日間継続的に供給することが可能となる。
柏の葉スマートシティは、街全体でエネルギー利用最適化を目指し、エリアエネルギー管理システム(AEMS)を導入している。地域のエネルギーの運用拠点として「柏の葉スマートセンター」を設置し、住宅や商業施設・オフィス等の電力使用状況や効果的な省エネのための情報管理、災害時の電力の融通などを行う。
そのほか災害時に必要となる水と食料を確保した。また電力会社が停電した場合には、「ゲートスクエア」や「ららぽーと柏の葉」で発電・蓄電している電力を集合住宅街区にも回せるようにしている。このように街区をまたいでの電気融通は日本初の取り組みだという。
「日本で新しいビジネス、新産業をどんどん生み出していきたいという思いは強いですね。当社が協力できることは最大限行う。そのために空間、街、仕組みを提供する。それが当社の社会的使命と思っています。郊外型スマートシティの誕生。これを一つの事例として日本だけでなく世界にも広げていきたい。そのためにもKOILをしっかりと成功させて一つのビジネスモデルをつくり上げたいと思っています。そして街をつくると同時に、インキュベーターとしての役割も果たしていきたいですね」
所在地 千葉県柏市若柴178番地4 柏の葉キャンパス148街区2 ショップ&オフィス棟(4~6階)
交通 つくばエクスプレス線 「柏の葉キャンパス」駅徒歩2分
建物規模・構造 地上7階・地下1階、鉄筋鉄骨コンクリート造(一部免震構造)
オープン 2014年4月
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