株式会社学習研究社

2009年2月取材

※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

「オフィス統合」の効果を最大限に活かすためには
明るくコミュニケーションしやすい空間が必須

日本を代表する出版社の一社である株式会社学習研究社(学研)。1947年の創立以来、本社を置いていた大田区上池台から品川区西五反田への移転を2008年8月に行った。

小学生向けの「学習」「科学」をはじめ「中学コース」「高校コース」といった学習雑誌で地歩を築いた学研だが、その後、1960年代には百科事典、1970年代には図鑑や文学全集、そして1980年代以降は一般向けの雑誌や書籍で大きく成長し、総合出版社へと発展していく。ちなみに、学研は現在、日本の大手出版社として数少ない東証一部上場企業である。
しかし成長の過程でオフィスの分散は避けられず、「事実上、本社が4つある状況」だった。事業所の統合に向けて西五反田の土地は早くに取得しており、2004年に「創立60周年記念事業」の一環として新社屋の建設計画を本格的に始動させた。完成した新本社は全従業員を収容できるだけでなく、多様な業務への対応や運用効率の向上、環境への配慮などにおいてさまざまな先進的な試みがなされており、新しい時代の知的オフィスのスタンダードとして多くの注目を集めている。

プロジェクト担当

荒木 静正氏

株式会社学習研究社
荒木 静正氏

新社屋運用室
室長

中村 雅夫氏

株式会社学習研究社
中村 雅夫氏

総務部
部長
※経営企画部部長兼務

中島 康雄氏

株式会社エーエムエス
中島 康雄氏

代表取締役

はやわかりメモ

  1. オフィス分散を見直す時期
    急激な事業展開を行ってきた企業のオフィスが分散しているケースは多い。組織の改編が頻繁に続くならそのままでもいいが、ある程度、人員計画が立てられるならオフィス統合を視野に入れるべき。学研では4カ所のオフィスを西五反田の新本社に統合。
  2. 自社ビル建設は慎重なほどいい
    学研では新本社用の土地を早くに取得していたが、統合・移転を決意するまでには5年以上の期間がかかっている。しかしその間に充分な検討を行い、理想のオフィスについても多くの議論を重ねたことが今回の成果につながった。
  3. 他社のオフィス事例は必ずチェック
    オフィス担当者にとっても新本社の建設や全社的な統合移転は「一生に1回あるかどうか」の大プロジェクト。それだけに評判のオフィスの見学やケーススタディを学ぶことは重要。
  4. デザインコンペでは条件を明確に
    ビルの規模や予算だけでなく、どんなオフィスにしたいのか、環境への配慮はどうするかなど希望条件を明確にしておくことが大切。ここがあいまいになるとデザインもぶれてしまい、適切な判断ができない。
  5. ユニバーサルプラン+バッファ
    標準スタイルのデスクを並べ、組織変更でもレイアウトを変えないユニバーサルプランはオフィスの効率化には不可欠。バッファとなる余剰デスクや多目的スペースなど多く設けることで、多様な業務や人員の増減に対応できる。
  6. 統合の目的であるコミュニケーションを重視
    オフィスを統合する最大の目的は、部門間のコミュニケーション促進による新しい価値の創造。従って、社内の可視性を高めたり、共有部分を増やしたオフィスにすることで、統合の効果をさらに高める工夫を。

分散したオフィスを統合することで得られるメリットとは?

株式会社学習研究社(学研)といえば『週刊パーゴルフ』、『歴史群像』、『BOKB』(アイドル誌)、『capa』(カメラ誌)、『教育ジャーナル』(教育専門誌)など30以上のジャンルに及ぶ雑誌や、生活実用書、文庫・新書、絵本、児童書、図鑑、事典、学習参考書、辞書、医学書などの書籍の出版で広く知られる会社だが、実はこれらの出版は事業のほんの一部に過ぎない。総務部長の中村雅夫氏はこう言う。

「『学研教室』を中心に、0歳児から大人までを対象に対応できる総合教育ソリューションを行う教室・塾事業、人間形成期の教育を総合的にサポートする幼稚園・保育園向け事業、創業以来培ってきた多様なコンテンツを活用して教育現場をサポートする学校向け事業、乳幼児から小中高生向けの家庭学習用教材による家庭教育事業など多くの経営の柱を持っています。また出版事業も創業当初の学習雑誌からエンターテイメントまで含む総合的な内容に拡大しており、組織的には常に成長を続けてきたのです」1947年創立の学研は日本の出版社としては老舗企業の一社だが、1960年代以降、これらの事業拡大が急激に進められたこともあり、オフィスに関しては「足りないのが当たり前」だったという。

「高度成長期に百科事典ブームが起き、学研でも従業員が急激に増えました。その後、事業領域が多岐に渡るようになり、オフィスは拡張、拡張の歴史を続けるようになったのです」
こう語るのは、中村氏の前に学研の総務部長を務め、今回の新本社への移転プロジェクトに初期段階で係わった中島康雄氏だ。現在は学研グループのビル総合管理会社で代表取締役に就任している。

「学研は、昭和36年(1961年)に竣工した大田区上池台のビルを本社として使用していました。しかし実質的には、その後建設した大田区仲池上の学研第二ビル、品川区不動前の学研第三ビル、そして編集部などが入っていた五反田のテナントビルの計4カ所がそれぞれ、本社機能の一部を果たしていたのです」(中島氏

ちなみに、各ビルの役割は以下のようになっていたという。

  • 本社ビル(大田区上池台)
    本社部門、資材調達・制作進行部門、直販雑誌や書籍制作部門など
  • 第二ビル(大田区仲池上)
    直販系事業部門及びこの支援部門、コンピュータ部門、直販教材や書籍編集制作部門など
  • 第三ビル(品川区不動前)
    学習塾部門、IT系制作営業部門、市販トイホビー部門など
  • テナントビル(五反田駅周辺)
    市販雑誌編集制作部門、広告営業部門、市販営業部門、クロスメディア部門など

「多様な事業領域を持つ会社なので無理に統合する必要はないという意見もありました。しかし、建物ごとに収容される部門の業務領域が違うため、拠点ごとに業務文化や言語、生活パターンなどが異なっていて、価値観や情報の共有に悩んでいました。クリエイターが集まる会社なのでお互いが同じである必要はありません。しかし、お互いに理解し合って融合していくことが重要なのです」中島氏

このため多くの社員の心の中には、「ずっと分散したままでいいのか?」という疑問がいつもあったという。
「ビルが違う限り、社員たちはお互いを知らずに、まるで別会社の人間のように過ごします。しかしそれでは学研という会社の文化を基にした発想や、コラボレーションによる新しい文化の創出、価値の創造は困難です。従って、経営戦略の一環として、本社の統合というテーマが徐々に浮上してきました」中島氏

土地の取得から建築開始までの間は
より良いオフィスを検討する重要な期間に。

現在、新本社が建つ品川区西五反田の土地は、10年ほど前に取得済みだった。
「土地との巡りあわせはタイミングとチャンスが重要なので、五反田駅から3分という立地の良いところに約3,000平方メートルの敷地があると知り、すぐに確保したのです」(中島氏

しかしそこから建設まで時間がかかったのは、経営上のさまざまなシミュレーションを行う必要があったからだ。
「住宅でも、賃貸のままでいくか、あるいは購入するかとなると、ものすごく悩みますよね。会社となるともっと不確定な要素も多いため、簡単には決断を下せなかったのです」(中島氏

新本社が建つ品川区西五反田

学研では以前からファシリティマネジメント(FM)の手法を使って、建て増しや新たにテナントビルを借りるときに投資対効果の計測が行われていたが、それでも「新しい本社を建てるのは簡単ではなかった」のが実状だ。ちなみに検討の期間、取得した土地は時間貸しの駐車場として運用している。「そうこうしているとき、2004年から創立60周年事業としていくつか新しい試みがスタートすることになり、その一環として、新本社建設が経営トップから正式に発表されたのです」中島氏

検討を続けてきたメンバーたちも、「今が統合のチャンス」との考えがあっただけに、計画は一気に現実味を帯びてきた。「市場動向などを見れば、今後、従業員の人数が急激に増えることは考えにくい時代になってきました。それなら分散より統合の道を選び、コミュニケーションの活性化による新たな価値創造を重視したオフィス戦略のほうが有効だと経営が判断したのです」(中島氏

また、旧本社ビルが築40年以上となり、さすがに継続して使っていくのは難しくなったことも、建設計画に拍車をかける一因になっている。「土地の取得から建設まで時間がかかりましたが、この間の作業は決して無駄ではなかったと思いますね。どんなオフィスにすれば理想の働き方ができるのか、多くの企業のオフィスを見学させていただき、『オフィスマーケット』で紹介される事例もずいぶん参考にしました。会社にとっても、そして私たちにとっても大きなプロジェクトなのですから、このくらい慎重にやって良かったと思っています」(中島氏

ビルの規模、町との調和、会社のイメージ 環境への配慮、予算がデザイン上の条件に。

新本社の建設が決まり、中島氏たちがすぐに始めたのは、企画とデザインのコンペだった。「充分な検討期間があっただけに、かなり詳細な募集要項を作成し、提案書・デザイン案・見積書の3点を出してもらったのです。これまで複数のゼネコンとお付き合いがあったため、全く平等の条件でお願いしたところ、4社が参加してくれました」中島氏

そのとき提示した要項は以下のようなものだった。
「収容人数は約1,800人ですが、それ以外にも1日当たりの来訪者数や駐車台数なども正確に調査し、それを満たすようにしてもらいました」中島氏

さらに「街に調和する建物であること」「学研のイメージにふさわしいデザインであること」などの付帯条件も加えられている。また重要なテーマである予算と環境対策については、次のような言葉で説明した。
「環境には究めて配慮した建物にして欲しいとお願いし、CASBEE(建築物総合環境性能評価システム)の計算書も必ず付けてもらいました。また予算に関しては具体的な数字を示すのではなく、『かなり重要なファクターになります』と口頭で伝えることで、真意は分かってもらえたはずです(笑)」中島氏

その結果、4社から提出された案はどれもレベルが高く、甲乙を付けるのは簡単ではなかったという。
「条件などをかなり具体的に伝えたせいか、どれも力作で、評価は人によってかなりバラバラでしたね。建築のプロではありませんので相当悩みました。最終的には、コンサルティングで協力いただいた専門家の意見をもとに清水建設のプランに決めさせていただいたのです」(中島氏

清水建設が提案したのは、全面ガラス張りのデザインだった。
「時代の流れでどのデザインもガラスを多用していましたが、その中でも最もガラスによる開口面の広いものに決まりました。結果として外光が多く入る明るいビルになり、開放的なオフィスになったと思っています」
中島氏
外光が多く入る明るいビルになり、開放的なオフィス

編集制作などの専門的な業務部門であっても
ユニバーサルプランのオフィスで対応が可能。

建設プロジェクトが本格的に始まると同時に進められていったのが、内部のオフィスづくりだ。この段階からプロジェクトに係わったのが新社屋運用室長の荒木静正氏である。

「最初はいろいろ悩みましたが、最終的にはどのフロアも統一したユニバーサルプランのオフィスにすることにしました。今後の組織変動などを考えると、結局、これが一番いいのです」
悩んだ原因は、出版物の編集制作という特殊な業務を行う部門が多いことだった。
「編集者は担当した雑誌や書籍をデータで管理していますが、それでも校正見本を個人個人で持ち、改訂などの作業に対応していました。この保管場所をどうするのか、簡単には結論は出ませんでしたね」荒木氏

ファシリティマネジメントの手法では、個人の持つ書類の量をA4サイズに換算した厚みファイルメーター(fm)で表し、この数字でスペースの管理を行うのが一般的だ。荒木氏もその方法を考えるが、「校正紙はさまざまなサイズがある上、紙でない企画見本もあって簡単には計算できない」という事情にぶつかる。
「移転前の従業員1人当たりの占有面積は約12平方メートルでした。新本社に全員を収容するには8平方メートル程度まで縮小する必要があり、どこかで決断を下すしかなかったのです」荒木氏

そこで、事前の調査として各従業員に書類を分類してもらった。
「常に近くになくてはいけない書類、なくてはならないが別の場所に保管していい書類、建物の外に保管しておけばいい書類に分類してもらったところ、編集者であってもデスク周りにそれほど多くのスペースが必要ないと分かったのです。従って、ユニバーサルプランのデスク配置にし、『ワゴン1台に入らない書類は指定された保管場所に置くか、廃棄すること』を社内にお願いしました。この結果、移転では思ったほどトラブルはなかったですね」荒木氏

社員食堂を多目的スペースだと考えれば
多様な業務や人数増を可能にする施設に。

それでは、学研の新本社ビルについて詳しく見ていこう。
五反田駅からは約300mで、交通の利便性はかなりいい。周囲に大日本印刷やポーラのビルもあり、オフィスエリアを形成している。
建物は地上24階、地下2階で、各フロアのコア部分を除いた面積は約800平方メートルである。
「平均すると、ワンフロアに約120名の従業員を収容するようなレイアウトにしてあります。地下はスタジオやメール室と駐車場、1~3階はエントランスとショールームや打ち合わせスペース、13階に社員食堂、それ以外に2フロアの会議室、1フロアの役員室を設けました」(荒木氏

先ほど説明したように、執務フロアはほぼ共通のユニバーサルプランで、1人当たり1,400mm×700mmのデスク(テーブル)が並ぶスタイルだが、全体にゆったりしたイメージを受ける。
「部門によりますが、デスクの数はかなり余裕を持って設置しています。これは、人数的な増減をレイアウト変更なく吸収するためです」荒木氏

学研では社員のほか、さまざまなスタッフも数多く働いている。その人数は仕事の進行状況によっても変わってくるため、レイアウト上もある程度の「バッファ」は必要だという。
「編集部ではフリーランスのスタッフも多く、基本的に自宅で作業して打ち合わせのときだけ来られる方や、仕事が続く間はほぼ毎日来る方など、働き方はさまざまです。従って、デスクや打ち合わせテーブルをシェアしてもらったりしながら、収容できるスペースは充分に確保できるようにしました」荒木氏

13階の社員食堂も、その機能の一端を担っている。
「社員食堂を設けるかどうかでは、かなりの議論をしました。旧本社のように住宅地にあるわけではなく、周辺に飲食店も多数あるので必要ないのでは・・・との声も多かったのですが、従業員へのサービスも重要だと思い、途中で設置を決めたのです。そのおかげで基本設計の変更までしなければなりませんでしたが、結果としてこの決定は正解だったと思いますね」荒木氏

ランチタイム以外、喫茶や打ち合わせなどに使える食堂は、1日中、人の行き来が絶えず、利用率はかなり高い。また取材や撮影、大人数によるイベントなどにも対応できる。
「仕事のスタイルが多様化してきている現在、多目的スペースはオフィスに不可欠のものです。結局、働き方はワーカー自身が決めるのですから、設計段階であまり限定しないほうがいいのかもしれません」荒木氏

社員も評価したコミュニケーション促進効果
「統合」は効率化とコストダウンの決め手に。

最後に、2008年10月、新本社への移転から2カ月目に学研が行った全社員アンケートの結果を報告しておこう。まず、新社屋による移転の効果評価では、「通勤・外出の利便性」「社内コミュニケーション」「食堂の便利さ・快適さ」といった項目が高いポイントになっている。また総合評価では80%以上の社員が「良くなった」と答えている。
「立地が変わったので交通の利便性が向上したのは当然ですが、社内コミュニケーションの活性化が評価されたのはうれしいですね」荒木氏
「オフィス内のデザインでは、パーテーションなどの高さを110cm以下にして、フロア全体を見わたせるようにしました。この手法は確実に効果が上がり、『以前より他の社員と話をするようになった』と喜んでいる人は大勢います」荒木氏
「統合」は効率化とコストダウンの決め手に

また社員食堂については、「ほぼ毎日利用している」が30.2%、「たまに利用している」を加えると77.2%の社員が便利な存在だと感じているようで、都心に比べてリーズナブルな飲食店が多い五反田エリアという事情を考えると、評価は相当に高いといえる。

一方、設備などの改善を考える上での重点ポイントについて、社員側は「業務の効率化」や「快適性」を上位にあげている。
「これらは新本社移転で大幅に向上した部分ですが、それでも更なる改善を感じている社員も多いということだと考えています。プロジェクトが当初考えた目的は一応成功したと判断していますが、オフィスづくりに終わりはありません。これからも重点ポイントを中心に、改善のための努力を続けていきたいですね。設備する側と施設を使う立場が一層融合していくことで社員も最新設備に慣れ、一層効率的な施設活用が図られると思っています」荒木氏

今回のプロジェクトは、経営的に見ても大きなメリットがあった。
「オフィスが4カ所に分散していたころは、その間の移動のコストがかなりかかっていました。また上池台の本社は駅から離れていたため、通勤費に含まれるバス代もそれなりの金額になっていたのです。五反田の移転によってこれらのコストはゼロになったのですから、経営上の効果は大きいと思いますね」荒木氏

そして、部門間の壁を越えた交流が時間差なしにできるようになった環境は、まさにお金に換算できない効果を生むものと期待されている。
「これからの企業は事業の融合領域で新しい価値を創造していくといった挑戦が求められます。新本社の建設は会社にとって大きな出費ですが、次時代の成長に向けた投資をしたのだと思えば、必ずその成果は現れると信じています」中島氏

学研新本社の環境への取り組み(一部)

  • 換気冷房に外気を利用
    春や秋の換気冷房には空調機から取り入れた外気を室内に供給できるシステムになっている。空気はその温度差で階段を通って1階から屋上へ流れ、排出される。
  • 除湿に空調の温水を利用(夏季)
    除湿はいったん冷やした空気を利用し、湿度を下げてから再び暖めて室温に戻す方式が一般的だ。学研の新社屋では熱交換器の廃熱でできた温水を利用するシステムを採用し省エネ化を実現している。
  • 照明に太陽光を利用
    壁一面に広がる面に高機能ブラインドを設置。あらかじめインプットされている季節ごと、時間ごとの入射太陽光角度に合わせて羽の傾きが自動調整され、天井の反射光などを利用しながらオフィスの奥まで光を導いていく。またセンサーで室内照度を感知し、自動的に照明を調整し、室内不在感知により自動消灯もされる。