株式会社三陽商会

2010年2月取材

※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

11カ所の拠点を統合。スペースを半減しながら
満足できる環境と大きな成果を生んだプロジェクト

SANYO(サンヨー)、Paul Stuart(ポール・スチュアート)、FRAGILE(フラジール)など多数の自社ブランドとBURBERRY(バーバリー)の事業展開で知られるアパレルメーカー「株式会社三陽商会」。2008年5月、東京都港区の汐留ビルディングの21~24階に本社オフィスを移転した。それまでは新宿区の四谷本社(本塩町)を始め、江東区潮見、港区南青山など多くのオフィスが分散。社内のコミュニケーションが充分に取れているとはいえなかった。

そこで今回の移転を機に、南青山のオフィス以外を全て統合した。事業と経営の中枢となる新本社への統合のために移転の1年前から綿密に準備を開始。新しいワークスタイルの検討や移転に向けた意志と情報の徹底、そして新築ビルであるメリットを活かして設けた占有エリアの内部専用階段、前例のない「内部専用エレベーター」など、多くの企業にとって今後のオフィスづくりの参考になりそうな事例に注目が集まっている。

プロジェクト担当

髙﨑 三千夫氏

株式会社三陽商会
髙﨑 三千夫氏

人事総務本部
総務部長

遠藤 一美氏

株式会社三陽商会
遠藤 一美氏

人事総務本部

緑川 博明氏

明豊ファシリティ
ワークス株式会社
緑川 博明氏

オフィス本部 
マーケティング部
専任部長

柳沼 幸隆氏

明豊ファシリティ
ワークス株式会社
柳沼 幸隆氏

オフィス本部
PM部第三チームリーダー

はやわかりメモ

  1. 自社ビルから賃貸ビルに移転して統合
    業態の拡大やブランドの多様化により首都圏11カ所(+広報部門)に分散していた。四谷の本社ビルは築40年前後で事業継続計画の観点から建て替えを検討。それを機会に統合移転を進めることを決意する。
  2. 「面積はほぼ半減」という厳しい条件
    オフィス仲介会社の協力を得て、新オフィスは浜松町駅に直近の汐留ビルディングに決定。その後、オフィスづくりの専門会社と一緒にプロジェクトを進めることとなる。総面積は47%削減に。
  3. 1年間かけたオフィスづくり
    徹底して社内の調査を行い、ワークスタイルの分析やスペース利用の問題点の抽出などを進める。次に社員参加型のワーキンググループを立ち上げ、どんなオフィスにしたいか意見を出してもらう。これにより新オフィスのコンセプトを固めていくとともに、社内の情報共有や移転への意志の統一を図っていく。
  4. 統合の目的はコミュニケーション
    分散していたオフィスの最大の問題は社内のコミュニケーション不足。したがって新オフィスでは"人と人の交流"を最優先に考えたデザインプランをまとめた。その結果、さまざまな出会いの場から派生したインフォーマルコミュニケーションが活発に。
  5. 「内部専用階段」だけでなく「内部専用エレベーター」も
    コミュニケーション促進と商品やサンプルの移動用のため占有スペース内に内部専用階段と内部専用エレベーターを新設。建築中に交渉したため大きな工事の必要なく設置ができた。上下フロアの移動が楽になるだけでなく、その周辺は貴重な交流スペースとなっている。

社員の通勤を考えた立地を考慮して候補ビル探しを進める。

日本を代表する大手アパレルメーカーの三陽商会。レディスからメンズ、アクセサリーまでの多くのブランドと共に、長く本社を置いていた四谷(東京都新宿区本塩町)のイメージを持つ人も多いはずだ。

「創業の地は千代田区の神田でした。レインコートを主力としていた会社から総合アパレルメーカーに成長していく過程の中で1969年に四谷に自社ビルを建設。以来、40年近くにわたって本社を置いていました。事業の拡大に伴って、四谷エリアに多くのオフィスを所有または借り、「SANYO村」みたいになっていましたから、当社と四谷のイメージを結びつける方は多いと思います」

そう語るのは、今回の移転プロジェクトのリーダーを務めた人事総務本部総務部長の髙﨑三千夫氏だ。

しかし三陽商会の事業拠点は四谷だけに留まらず、1981年には東京都江東区潮見にも商品センター、さらに1990年には同センター隣地に事務棟を完成させている。
「潮見のビルにも全従業員数の約4分の1にあたる500人が勤務していて、主にメンズの事業部門が置かれていました」(髙﨑氏

分散による弊害は多かった。
「例えば同じブランドでもレディスとメンズの担当者では四谷と潮見に分かれていて簡単に交流できないとか、四谷でも複数のオフィスがあるため、同じ会社の社員なのにほとんど顔を合わせたことのない人がたくさんいるといった状態でした。社内のコミュニケーションを促進しようにも解決策はなく、半分、諦めるしかなかったのです」(髙﨑氏

ところが、耐震問題などから四谷の本社ビルの建て替えが決まったことで、事態は一気に動き出す。
「新しく本社ビルを建て替えることを検討することを含め、いったん本社オフィスはどこか別のビルに移転・統合させてはどうかというアイデアが出たのです。そこで、長年のお付き合いのある三幸エステートさんに相談したところ、浜松町駅の目の前に大規模ビルが建設されるという情報をいち早くいただき、絶好のチャンスを得ることができました」(髙﨑氏

移転を考え始めてから何棟ものビルを調査したものの、立地や広さなどの問題で希望に叶うものは多くはない。その点、建設予定の汐留ビルディングは申し分のない条件だった。
「四谷に長くいたことから社員たちの居住地は新宿や池袋からの鉄道沿線も多く、また統合の対象と考えていた潮見ビルに務める社員は東京の東側や神奈川、千葉方面に住んでいるケースが多い。できるだけ通勤の負担が増えないような場所を全員の住所データから専用ソフトなどでシミュレーションした結果、浜松町であれば通勤時間、交通費などの問題はおおむね解決されるという結論に至り、オフィス移転のプロジェクトが本格的に進むことになったのです」髙﨑氏

47%ものスペース削減を実現するには
仕組みそのものから変革する必要がある。

検討の結果、四谷と潮見のオフィスに勤務する11拠点、約1,600名の社員が新本社への移転対象となった。建設中のビルでは21階~24階の4フロアを確保する条件で交渉が進む。しかし髙﨑氏には、解決しなければいけない大きな課題があった。
「統合する11拠点の総面積は約8,500坪あったのですが、移転後はこれを約4,500坪まで減らすことになります。スペースを47%削減するという計画はオフィスづくりのプロの手を借りないと難しかったでしょうね」

パートナーに選ばれたのは明豊ファシリティワークスだった。
「明豊さんはいきなりレイアウト案を示すのではなく、移転統合プロジェクトの計画づくりから実行、評価まで含めた総合的なオフィスづくりの大切さを強くアピールされてきました。統合やスペース削減となると、単にオフィスレイアウトだけの問題ではなくワークスタイルそのものから変えていく必要があります。その点まで含めて専門家のアドバイスがいただけて心強かったですね」髙﨑氏

大きな期待を受け、明豊ファシリティワークスが最初に行ったのは、三陽商会における働き方の調査だった。
「オフィス面積をほぼ半減となると仕組みそのものを変えていかなければなりません。そこで、スタッフを数日間にわたり、三陽商会さんのオフィスに張りつけ、どんなワークスタイルなのか、あるいはオフィススペースはどのように使っているのか、徹底的な調査を行ったのです」明豊ファシリティワークス・緑川博明氏

そこで緑川氏がポイントにしたのは「ブランドを超えたスペース共有化と工業技術センターなど特殊設備の集約化」だった。
「会議室や収納など複数の部門で共通したスペースは共有化することで最も統合のメリットが出やすい。そうやって少しずつ目標の面積に近づけていったのです」

ただし、このような計算をするときに忘れてはいけないことがある。それは、「スペースの共有化にあたっては、事前に情報の共有化の必要がある」ということだ。緑川氏が語る。
「同じ会社の中でもブランドごとに微妙に仕事のルールが違うことがあります。今まではビルが別だったので問題なかったのでしょうが、スペースなどを共有するとなればそうはいかない。とはいえ、移転直前に『共有化します』と発表したら、社員の反発を招くだけでプロジェクトは成功しません」

髙﨑氏によると、移転に関する反発は当然あったという。
「新しいオフィスに移るとなれば、自分のスペースも広がるものだと誰もが考えます。そんな期待に反して、面積は半減するとはなかなか言えません」

そこで明豊ファシリティワークスが提案したのが、1年前から着々と準備を進め、移転統合の意義を理解してもらうとともに、スペースが減っても使いやすいオフィスにする方法をみんなに考えてもらうことだった。その活動のサポートを続けてきたのがオフィス本部PM部の柳沼幸隆氏である。
「不満をなくし、快適なオフィス環境にしていくには、社員のみなさんに参加意識を持ってもらうのが一番です。そこでいくつものワーキンググループをつくり、3カ月ほどは週に1回のペースで、密度の濃い話し合いを続けてもらいました」

解決すべき課題は多岐にわたった。
「スペースを削減するには会議室や収納スペースの共有化以外にも、不要な書類などの破棄、最小限必要な書類などの保管方法の検討、デスクレイアウトの工夫、設備の見直しなど、決めなければならないテーマが山積しています。そしてそれらの一つでも疎かにしてしまうと本当に満足できるオフィスにならないのです」柳沼氏

そうやって意見交換を重ねていくことで、課題になっていた共有化についても徐々に線引きが明確になってくる。そして社員たちから出たさまざまな要望に対し、具体的な設計プランで応えていくのが明豊ファシリティワークスの次の役目だった。

24階に設けられた透明感のある来客エリア

24階に設けられた透明感のある来客エリア。

会社の目指す方向をオフィスコンセプトに
最適なデザインはそこから導き出される。

それでは、三陽商会の新しい本社オフィスを紹介していこう。
内部の設計を進めていくにあたり、最初にオフィスコンセプトとしてまとめたのが、4つの考え方だ。

  • 『ニュートラリティ』企業 イメージの全体最適を訴求
  • 『クオリティ』 高い技術力と顧客満足を追求する仕組み
  • 『オープン』 見えるオフィスビューを活かしたレイアウト
  • 『モチベーション』 情報共有とコミュニケーションの活性化

そしてこれらのコンセプトをもとに、次のようなデザインが完成する。

ニュートラリティ

  • オフィス全体を白が基調となるデザインで統一。ブランドに偏らず、扱う商品の色や形が映える環境に。
  • 共有スペースであるエントランスからレセプションまでは、床、天井、家具など全てをスクエアモジュールにして、ニュートラルな企業イメージを訴求。
ニュートラリティ

クオリティ

  • サンプルなどの移動を考慮し、通路幅は1,800mmを確保。動線上の扉には半自動の引き戸を配置する。
  • 企画・生産・販売エリアはデザイナーとパタンナーを中心に左右に挟み込む形のデスクレイアウトにする。これにより「創る」部門とのコミュニケーションスピードを速め、商品力の向上につなげる。

「デザイン画を描くデザイナーとそれをもとに型紙を引くパタンナーは、アパレルメーカーのビジネスにおいて最上流に位置する重要な役目を果たします。従って、まず彼らが働きやすい環境をつくり、そこを中心にオフィスを構築していきました。ただ、デザイナーもパタンナーもそれまでのオフィスよりはスペースを削減しなければならず、その点では多くの時間をかけ結論を出していくしかなかったですね」(髙﨑氏)

オープン

  • オフィス内は壁を立てず、全体を見渡せる環境に。これにより、その場で打ち合わせが始まることもあり、部門間のコミュニケーションを促進できる。
  • フロアの両窓側にリフレッシュコーナーを配置。浜離宮や東京タワー、目の前に海の広がる眺望が創造性を刺激する。雑誌の撮影もオフィス内で可能に。
オープン

モチベーション

  • フロアの2カ所にコピー機、自販機、分別ゴミ箱などを集約したタウンコーナーを設置。インフォーマルコミュニケーションの場にする。
  • 担当以外のブランドの動きや商品を日常的に目にすることで「もの創り」への意識を高める。また経営層と社員との距離も近づける。

「明確にコンセプトを決めてから、それに沿った形でデザインをつくっていけば、その会社が目指す方向とオフィスの姿が一致してきます。ただ、デザインをまとめていく段階でも常に社員の方々の声に耳を傾け、反映させていったのはいうまでもありません。結果的に、かなり満足度の高いオフィスになったと自負しています」(柳沼氏)

専用の内部専用階段と内部専用エレベーターを新設
社内の人と物の移動を強力にサポート。

今回の移転統合プロジェクトにおいて最大の目的は、さまざまな部門が一緒になることによる社内コミュニケーションの促進だ。そして、それを実現するための重要なアイテムとして導入されたのが、4つのフロアを縦に直結させる専用の内部専用階段と内部専用エレベーターである(ただし、エレベーターは最下部に緩衝器を設置する義務があるため、上3フロア間の運用となる)。
内部専用階段と内部専用エレベーターを新設

髙﨑氏と共に新しいオフィスづくりの先頭に立ってきた三陽商会人事総務本部の遠藤一美氏が言う。
「統合といっても4フロアに分かれていれば交流には限界があります。そこで、ビル全体の共有エリアにある階段やエレベーターを利用しなくても社内を行き来できる方法がないか、考えたのです」

その背景には、アパレルメーカー特有の事情もあった。
「一つのデザインを決めるまでに生地からデザインの見本まで、いくつものサンプルを会議室に持ち込んで検討します。その移動にいちいち共有エレベーターを使っていては他のテナントさんに迷惑をかけますし、発表前の製品を社外の人の目に触れさせるわけにもいきません」

社内の人と物の移動を強力にサポート

幸い、建築中に契約を決めることができたため、建築資材運搬用の縦孔を開けたままにしてもらい、階段とエレベーターを設置するための工事の段取りをつける。階段だけでなく「内部専用エレベーター」を追加するという試みはあまり前例がないものだが、髙﨑氏は絶対に実現したいと思ったという。

「部門ごとにオフィスが分かれていたときのことです。終業までに結論が出ず、サンプルをそのまま置いたままにして、翌朝、再び検討を続ける。一晩冷静になったことでより良いアイデアがでることがありました。統合によって会議室が共有化されるとそういうメリットが無くなってしまいますが、せめて移動に便利なアイテムは確保しておきたい。見本や製品を運ぶことが多いので、階段だけでなくエレベーターは必需でした」

そのような心遣いを、明豊ファシリティワークスの緑川氏は「三陽商会らしさ」と受けとった。
「オフィスづくりの話を髙﨑さんや遠藤さんとしているとき、言葉の端々に社員への思いが感じられ、そういう信頼関係でこの会社のモチベーションが保たれているのだと気付きました。ですから、社内のコミュニケーションが改善されるようなデザインを徹底的に追求したのです」

当然、内部専用階段と内部専用エレベーターの周囲も重要なスポットになる。
「ここは多目的エリアとして各階ごとに家具などを変えて、談笑できるスペースにしました。階段もガラスで囲まれているので、誰がいるかが気付けるようになっています」緑川氏
多目的エリアとして談笑できるスペース

一方で、髙﨑氏が「最後までなんとか残したいと思った」と悔しがりながらも断念しなければならないものがあった。それは社員食堂だ。「四谷と潮見には食堂があり、それによるコミュニケーションへの効果は大きかったのです。このため、たとえ小さいカフェテリアでもつくれればよかったのですが、さすがに面積の関係で押し通せませんでした」

緑川氏もこの点については残念がる。
「三陽商会の社風がわかってきただけに解決策を探しましたが、泣く泣くあきらめました。それでもオフィス内にはさまざまな形で交流できる場を設けましたし、浜松町駅近辺は飲食店も多いので、食事に関して不便は感じないはずです」

その代わりというわけではないのだが、各フロアのタウンコーナーには、コンビニエンスストアに置かれているようなガラスドアの大型冷蔵庫が置かれ、食料品や飲料を保管できる。さらに電子レンジ、自販機も各階に設置されている。

「大型冷蔵庫は業務用ですから家庭用冷蔵庫に比べればかなり高価なものですが、こういうところに手を抜かないことで社員たちのモチベーションを高めることができる。今回のオフィスづくり全体を通して、そういう方針を貫いてきたつもりです」(髙﨑氏

社員の交流が進めば仕事は自然に進化するオフィスとビジネスは密接な関係にある。

2008年5月に移転し、すでに1年半以上が経つ。その間にも細かい修正を続けながら、新本社オフィスは多くの社員から愛される存在になってきたという。

「もちろん不満や苦情は今でもありますよ。もちろん耳を傾けて改善すべきところはしますが、一方で、満足している人は声を出さないもの。そのあたりは差し引いて考えるようにしています」髙﨑氏

そう言って笑うが、統合の効果は、すでにさまざまな形で現れている。
「内部専用階段のそばにある多目的エリアには雑誌用の書架なども置き、人が停留しやすいようにしたのですが、観察していると、たいてい何人かが集まって談笑しています。コミュニケーションが活性化しているのは、誰の目にも明らかですね」(柳沼氏

そしてそんな交流が新たなビジネス展開につながる。
「ブランドの枠を越えて共同でキャンペーンを行ったり、素材などの情報を交換することで従来にないデザインが生まれたりと、分散オフィスではなかなか生まれない成果がみられるようになってきました。私たちの仕事はアイデアによる価値創造が基本ですから、新しいオフィスの働きやすい環境は会社を成長させる大きな力になると信じています。また、初めて新本社に訪れたリクルートの学生さんの驚きや店頭の販売スタッフの喜びの顔を忘れられません。オフィスのクオリティは維持しなければ意味がないと思いました」(髙﨑氏

東京湾の花火大会(東京湾大華火祭)の日に、三陽商会では社員の家族をオフィスに招待し楽しんでもらった。海まで遮る建物がない汐留ビルディングの高いフロアは、晴海埠頭とその沖合の船から打ち上げられる花火を鑑賞するには、これ以上ない特等席だ。
「300人ほど来訪していただきましたが、こうやって家族に自分たちの仕事場に招くことができるなんて、昔の雑然としていたオフィスでは考えられないことです。
海まで遮る建物がない汐留ビルディング

すばらしい絶景ときれいなオフィスに子供たちも大喜びで、社員たちもみんな誇らしげな顔。長期にわたるオフィスの移転統合プロジェクトでしたが、この瞬間に苦労が報われたと思いましたね」(髙﨑氏