2008年5月取材
※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。
株式会社リクルートは2008年1月、東京駅八重洲口前のグラントウキョウサウスタワー(千代田区丸の内1-9-2)に移転した。登記上の本店であるリクルートGINZA8ビル(中央区銀座8-4-17)は継続して使用していくものの、従業員や業務委託スタッフなど約6000人がここに勤務することになり、事実上の本社といえる。
グラントウキョウサウスタワーの上層を占める23~41階の広いオフィスを設計するにあたり、基本コンセプトとなったのは「リクルートらしい働き方」の追求だ。委員会活動などを通して全従業員の意見や要望を吸い上げ、オフィスづくりのプロである日本アイ・ビー・エムの協力を得て完成したワークプレースは、企業文化を体現した個性的で使いやすいスペースとなっている。
株式会社リクルート
新井 正明氏
総務
ネクストオフィス
プロジェクト
リーダー
株式会社リクルート
岡 理恵子氏
総務部
ネクストオフィス
プロジェクト
株式会社リクルート
緒方 真樹子氏
広報部
社外広報グループ
ゼネラルマネジャー
日本アイ・ビー・エ
ム株式会社
前田 啓介氏
IMS
FMサービス
第二FMサービス
部長
一級建築士
認定ファシリティ
マネジャー/
コンストラクション
マネジャー
日本アイ・ビー・エ
ム株式会社
本藤 淳治氏
IMS
FMサービス
第二FMサービス
課長
一級建築士
一級建築
施工管理技士
認定ファシリティ
マネジャー
株式会社リクルートといえば、銀座8丁目の本社ビル(リクルートGINZA8ビル、通称「G8」)がシンボル的存在としてよく知られているが、相次ぐ事業拡大により、都内だけでも主要なオフィスは11カ所に分散していたという。
一連のオフィスづくりにおいて中心的な役割を果たした総務部ネクストオフィスプロジェクトの岡理恵子氏は語る。
「人材、進学・スクール、住宅、ブライダル、旅行といった事業分野ごとにカンパニー制をとっており、これらが銀座、新橋、汐留、新宿などに点在している状態でした。急増するオフィス需要に対応するための移転とはいえ、せっかくオフィスを移転するのであれば現状の課題も解決し、リクルートらしい楽しいオフィスにしていこうということになりました」
「現状の課題」の一つが、社内での横のコミュニケーションに関することだ。
「リクルートはこれまで新しいビジネスを生み出し、新たなマーケットをつくってきました。新たなことを生み出す原動力は、社内外の活発なコミュニケーションにあると思います。拠点が分散したことで、失われつつあったコミュニケーションを改めて活性化することも今回の移転の大きな目的の一つでした」(緒方真樹子氏)
本格的に移転の動きが始まったのは2005年末だったという。翌年に入ってすぐ、建設中だったグラントウキョウサウスタワーへの入居が決まった。
ここで面白いのは、リクルートの場合、オフィスの移転に伴う要望が現場から発案され、会社を動かす力になっていったという点だろう。
「リクルートでは新規ビジネスを提案するのも、社内改革を推進していくのも、主役となるのはいつも現場の従業員なのです。新しいオフィスの仕様や、什器に関する細かい仕様も、大小さまざまな委員会活動を経て現場の意見を取り入れながら進められていったのです」(岡氏)
「このビルを選んだ最大の理由は交通の便がいいことです。銀座にも新橋にも近いG8はどこに行くにも便利な場所でした。それだけに、不便なオフィスへの移転では従業員の満足を得られません。すぐにお客様のところに行けて、かつ地方拠点の従業員もすぐに集まれるという、東京駅の目の前のビルで、しかも新築であればかなり自由にカスタマイズできる。条件としては最高だったのです」
グラントウキョウサウスタワーの1フロアの面積は約2,175㎡(約658坪)だ。全館の約半分を占める19フロア分、約41,300㎡もの広大なオフィスに6,000人近くの従業員を移転させる。リクルートにとっても経験のない大規模なプロジェクトがスタートしたのである。
今回のプロジェクトにおいて、オフィスのプランニングや設計のパートナーとなったのが日本アイ・ビー・エムだ。
「従業員が満足できるオフィスをつくるには専門家のノウハウが欠かせません。検討した結果、多くの経験があり、しかもさまざまな先進的なオフィスに挑戦してきたIBMにお願いすることにしたのです」(岡氏)
IBMからはベテランの前田啓介氏と本藤淳治氏が担当となり、2006年5月ごろから新オフィスのコンセプトなどを検討する作業を開始した。この段階で2人が驚いたのは、やはりリクルートという会社の独自の企業文化だったという。
「これまでのプロジェクトとは違うと感じたのです。そこで、具体的なプランニングに入る前にできるだけ多くの従業員たちと話し、リクルートの文化を理解しようと努めました」(前田氏)
最初は会う人ごとにさまざまな思いを聞かされ、戸惑いもあったそうだが、やがて前田氏たちは、彼らの思いのベースにある「リクルートらしさ」に気がついていく。
「リクルートはいかに良い提案を、より迅速に、お客様に届けられるかを重視し、そのために、従業員にとっての働きやすさを高める方向でオフィス移転を行おうとしている。それなら、彼らの働きやすい環境を最優先に考えていけばいいのです」(前田氏)
「企業文化は、その企業ごとに違うのですから、オフィスもそれに合わせてオーダーメイドで完成させていかなければなりません。リクルートの場合は、従業員たちが自ら考え、行動するところが最大の特色です。従ってその文化をもっと際だたせるために、働くことを楽しむ「ワークテイメント(Work+Entertainment)」というキャッチフレーズを提案しました。この言葉は、リクルートという会社の個性を最もうまく表現しているのではないでしょうか」(本藤氏)
コンセプトが明確になったことで、その後は従業員の理念や理想を確実に活かしたオフィス設計が可能になっていく。
「新しいオフィスに移るに当たり、私たちは『リクルートらしい働き方は何か?』というテーマをまじめに議論していました。多くの従業員からの意見や要望を集めても、方向性がバラバラにならなかったのは、コンセプトワークを細部まできちんと話し合ったからだと自負しています」(岡氏)
それではリクルートの新本社オフィスを紹介していこう。
まず基本となる執務室のレイアウトは、8人ずつのデスクを一つの「島」にして固定したユニバーサルプランにしている。
「とにかく組織変更や人の異動が多い会社なので、机を動かさず人だけが移っていく方式は、手間やコストを減らすうえで絶対に採用したいと思っていました」(岡氏)
これまではオフィスが分散していたため統一したユニバーサルプランを導入することができず、異動のたびにレイアウトを変更していくのは、総務部にとって大変な手間だったという。
「レイアウトを固定式にしただけでも、工事費や備品購入費、私たちの人件費などのコストは大幅に削減できたわけで、統合による経営面のメリットは、こういうところにもあるのです」(岡氏)
ただユニバーサルプランは、オフィス全体が均質化してしまうという問題がある。そこでさまざまな工夫を加えた。
「一つめはカラーアドレスで、ワンフロアの中を黄、橙、赤、緑、青の5色に分け、8人分の島に『●丁目』とアドレスを振ったのです。これにより見た目の変化を感じられるだけでなく、『37階の赤の7丁目』というように席を表すことができます。これは社内で集まるときにも『ここに集合』と伝えられて便利ですね」(岡氏)
さらに新人や異動してきた人などのデスクの上に垂れ幕が下がっているのも、オフィスを無機質にしない工夫の一つだ。
「実はこれ、リクルートの創業以来の伝統なんです。何かにつけて垂れ幕を表示し、情報を提示していく。リクルートらしさを失わないためにも、この文化を新オフィスでも続けていくようにしたのです」(緒方氏)
多くの従業員からも「垂れ幕は残してほしい」と強い要望があったそうで、設計を担当するIBM側もそれに応えるように最大限の努力をしたという。
「グリッド天井のパネル枠のところならどこでも垂れ幕を吊り下げられるように、専用の金具を開発しました。今後、もし他の会社で同じような要望があれば、ぜひ販売したいほどの完成度の高さですね(笑)」(本藤氏)
垂れ幕用の取り付け金具までつくってしまったように、今回、従業員の要望をできるだけ活かしてオフィスづくりを進めた彼らは、ほかにも多くの"新製品"を完成させている。
「個人用のサイドデスク(ワゴン)には、メインデスクと同じ高さの天板を付けることで袖机として使えるようになり、限られたスペースで机上面積を増やすのに成功しました。またサイドデスクの引き出しも、上部は名刺ケースが入る深さに、下部はA4ファイルが2段入る大きさにしてあります。従来の製品ではここまで使い勝手を考えたデザインになっていなかったため、みんな不満を感じていたそうで、それに気付くことができたのですから、やはりユーザーの声を聞くのは大切だと思いましたね」(本藤氏)
「家具の仕様を決めるまでには、モックアップを事前に使っていただき、意見を部門代表会議でまとめてもらいました。スペースの関係上、デスク幅は1,400mmから1,200mmに縮小するしかなかったのですが、サイドデスクのおかげで狭さは感じないとの声が多く、承認を得たのです。その他、パーテーションの高さをそれこそ1cm刻みで検討するなど、とにかく妥協しないオフィスづくりを一緒になって進めることができたのは、私にとっても貴重な経験でした」(前田氏)
勉強会やキャリアプログラムなどに利用される階段教室型のホール。
昼は社内ダイニング、夜は飲酒も可能なラウンジになる。
カフェテリア形式の社内ダイニング。ビルの吹き抜け部分を利用したため広々とした明るい空間が特徴的で、パーティーなどにも利用される。
「忙しいときに短時間で食事できる施設も必要」との声から生まれた飲食施設。
和食の社内ダイニング。
喫煙者用のSmoking Roomと非喫煙者用のNon Smoking Roomを全フロアに設けた。
施設の内容を決めていくにあたっても、「従業員の声」を確実に活かすことに努めたという。
「例えば『夜食にはラーメンが食べたいよね』という要望に応え、そういうメニューを用意したり、常にユーザーの満足度を高めるような工夫をしています。従業員のための福利厚生施設ではなく、業務委託の方など、一緒に働く仲間全員のコミュニケーションスペースとして、あえて『社員食堂』ではなく、『社内ダイニング』と呼んでいます。また、全ての社内ダイニングの名前は公募にし、『自分たちの施設だ』という意識を強く持ってもらうようにしました。利用率も高く、設置は成功だったと思っています」(岡氏)
今回のオフィス移転&集約プロジェクトにより、11カ所に分散していた都内の事業所は3カ所に集約された。登記上の本社である銀座8丁目のビルは継続して使っていくものの、全従業員中約8割が働く新オフィスは、事実上のリクルート本社となる。
「ここの環境がいいことは、移転の対象とならなかった従業員も社内の広報メディアなどを通してよく知っています。従って、これからは他のオフィスの改善が大きな課題となってくるでしょう」(岡氏)
一方で、統合の最大の目的である事業部門ごとの交流は進んでいるのだろうか。これについて答えてくれたのは、総務部ネクストオフィスプロジェクトのリーダーである新井正明氏だ。
「私たちが満員電車に乗ってまで出社する意味は、電話やメールではないリアルコミュニケーションをするためです。そう考えると、オフィスは人と人の多様な交流を活発にすることを目的に最適化された空間でなければなりません。新オフィスではフロアの真ん中にオープン階段を設置して自由な移動をできるようにしただけでなく、階段の踊り場部分からフロア全体を見回せるようにすることで、人の発見をしやすくしています。これらの工夫により、事業部門の枠を超えた交流は、確実に増えているはずです」
そしてそれは、オフィスが点在していたため、失いつつあった企業文化、つまり「リクルートらしさ」を回復するプロジェクトでもあった。
「事業展開の都合で分散化してしまったオフィスは、リクルートにとって最大の経営資源である人材の価値を充分に発揮できないスタイルになっていました。そのマイナスを解消できたのは、今回のプロジェクトの最大の成果でしょう。しかしオフィスづくりはこれで終わりではありません。会社が成長していく限りオフィスも進化させ、リクルートらしさをもっと発揮できるものにしていきたいですね」(新井氏)