「日本の駅舎とクラシックホテル」発行にあたって

オフィスマーケットⅡ 2005年3月号掲載

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※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

『オフィスマーケット』誌の連載「都市の記憶」シリーズの第2弾として「日本の駅舎とクラシックホテル」が刊行される。従来は鉄道ジャンルに含まれていた「駅舎」を独立した「近代建造物」として考え、地方都市との関係、外国人観光客のライフスタイルに対応した施設のあり方など、当時の時代背景を踏まえて解説をした書籍の紹介。

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門司港駅 大正三年竣工(北九州市)

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ホテルニューグランド 昭和二年竣工(横浜市)

都市の記憶Ⅱ「日本の駅舎とクラシックホテル」発行にあたって

『オフィスマーケット』誌の一企画として2000年3月号より連載を開始した「都市の記憶」シリーズも、幸いに読者の好評に支えられて6年目を迎えることができた。その間、第1回の「明治生命館」(東京都千代田区/重要文化財)から第25回の「三菱一号館復元プロジェクト」まで、主として"現役のオフィスビル"として今も活躍する近代建築を取り上げてきたわけであるが、それは本シリーズのスタートにあたって、私たちが念頭に置いた「場所と人の営みとの関わりそのもの」としての建築を重視したからにほかならない。
明治から戦後復興期までに建てられた、いわゆる近代建築を"保存"しようという動き自体はこれまでにも存在した。大正12年に首都圏を襲った関東大震災や第二次大戦時の空襲といった「強烈な破壊」、戦後高度成長期以降のスクラップ&ビルド思想による「静かなる破壊」――それらを辛うじて生き延びた歴史的な建築を"保存"する道を独自に模索した所有者・自治体は決して少なくなかった。とはいえ、法的規制や不動産の権利関係等の問題を抜きにしては、保存も活用も具体的解決策を見出すことはできない。阪神・淡路大震災後に、歴史的建造物の修理費補助や税制面での所有者優遇措置を講じる登録文化財制度が発足したが、なお十分とは言いがたいのが現状だろう。近代建築の数々が受容してきた"時代の記憶"、常に人と共に在った建築作品に刻み込まれてきた"都市の記憶"――それらが失われつつあることの危機を、誌面を通してささやかながらも読者に伝えていこうという思いが、私たちの試みの原点だった。
しかしながら、貴重な名品が次々に失われたバブル期の反省に立ち、歴史的建造物に向けられる市民の意識はしだいに変わってきた。そうした変化の中、私たちは同じ思いを持つ方々の協力を得て一冊の本を出版することができた。2002年4月に上梓された『都市の記憶 美しいまちへ』(「白揚社」刊/好評発売中)がそれである。建築史家として歴史的建造物の保存・活用に多数関わってこられた東京大学教授・鈴木博之氏。失われゆく西洋館・近代建築の撮影をライフワークとする写真家・増田彰久氏。不動産法に明るく建造物の保存・活用、都市景観等の分野に独自の視点を有する弁護士・小澤英明氏。三氏とオフィスビル総合研究所の共著というかたちで世に出た同書は、書き下ろし巻頭論文、近代建築として特に価値の高いオフィスビル42棟の美しいカラー写真、法制度への提言、歴史的建造物およそ1200棟の現存確認リストを収録する充実した内容となった。新しい時代を迎え、真に美しいまちづくりをどのように実現していくべきか、そのために歴史・現状を踏まえた上で考えねばならぬことは何か――こうした大きなテーマに対し、私たちは、同書を通じて一つの方向性を提示することができたものと自負している。

さて、その一方で本誌の連載企画も継続されてきたわけであるが、回を重ねるに連れ、採り上げる対象がオフィス用途にとどまらない広がりを見せるようになってきた。単行本収録の建物との重複を避けたこと以外に、最近になって大規模な駅舎復元プロジェクトが実施・計画されたことが直接の理由である。わが国鉄道発祥の地に竣工時の外観を復活させた「旧新橋停車場」、2010年度完成予定の「東京駅復元プロジェクト」。一連の取材は、かつて正しく都市の"顔"であり、数多くの記憶を人々と共有してきた"駅舎"という建築の重要性を私たちに再認識させてくれた。日本の近代化を支えた鉄道と駅舎。これらもまた、失ってはならない記憶をとどめる豊饒な鉱脈であるに違いない。
2005年春、オフィスビル総合研究所は『都市の記憶Ⅱ 日本の駅舎とクラシックホテル』を刊行する。本書では、駅の出現・発展と切り離せない存在であるクラシックホテル建築と合わせ、従来は鉄道というジャンルの"部分"として埋没しがちだった駅舎を、都市の記憶を語る独立した一個の近代建築として捉え直すことをテーマとしている。
駅舎・ホテルの建築には、あえて"洋風"を排した個性的な"和風近代建築"の事例等も多く見られて興味深い。また、鉄道の開通と発展により、都市と都市、都市と郊外が結ばれることで生まれた文化とロマンの軌跡をたどることは、明治初期・中期から昭和前期にかけての日本近代建築史――そのもう一つの側面にスポットを当てることにもなるだろう。
撮り下ろしを含む増田彰久氏撮影の全54棟をオールカラーで紹介。併せて、共に本書のために書き下ろしていただいた鈴木博之氏の巻頭論文、小澤英明氏のフィクション「アグリアスホテルの顛末」を収録する。ちなみに、この架空のホテル名は"地球上で最も美しい生物"とさえいわれる稀少な蝶の名とアナロジーを成している。また、駅舎・ホテル建築の最新版現存調査リストも掲載し、前回同様、資料性にも十分に留意した。

(写真:増田彰久 文:吉田 茂)

駅とホテルに宿る記憶を紐解く日本近代都市形成の軌跡

江戸時代の日本では、大名の城下や街道筋の宿場を中心として都市網が形成されていた。しかし、明治維新以降の近代化を推進した鉄道建設は、そうした都市の在り方、様相を大きく変えることとなる。新たにレールを敷設する必要性と住民感情への配慮から、鉄道駅は主に旧市街から離れた場所に建設され、現在の地方都市に多く見られる新市街地形成の原動力となった。
また、鉄道は各都市間の連絡を飛躍的にスピードアップした。西洋の文化やビジネスモデルが続々と導入される過程で、多くの外国人が全国の都市を訪れるようになった結果、西洋式のライフスタイルに対応したホテルの建設は国家的な要請となる。亜熱帯モンスーン気候の風土になじまない外国人のため、避暑地にも早くからリゾートホテルが建設され、やがてそれらの施設は日本人にも受容され、多くの人々に利用されるレジャー・文化施設へと成長していったのである。
明治、大正、昭和初期に建てられたこれら美しい建造物の多くは、今に至るまで現役施設として活用され、同時に、わが国の近代都市形成・近代建築発展の記憶を継承する重要な役割を果たしている。

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日本の駅舎と クラシックホテル

都市の記憶Ⅱ 日本の駅舎とクラシックホテル

第1章 日本近代化ロマンの記憶を探そう・・・文:鈴木博之(東京大学教授) 写真:増田彰久(建築写真家)
第2章 魅惑の駅舎とクラシックホテル・・・写真:増田彰久(建築写真家) 文:吉田茂(歴史作家)
第3章 モルフォホテルの顛末・・・文:小澤英明(弁護士)
第4章 近代化ロマン歴史の証人たち(現存調査)・・・オフィスビル総合研究所

掲載写真
●駅
JR小樽駅・旧JR室蘭駅・高畠駅・JR東京駅・新橋停車場(復元)・JR日暮里駅・JR水道橋駅・JR上野駅・JR原宿駅・浅草駅・田園調布駅・JR国立駅・JR日光駅・JR軽井沢駅・南甲府駅・旧長浜駅舎・井波駅・近鉄宇治山田駅・名鉄瀬戸駅・JR奈良駅・橿原神宮前駅・旧JR二条駅・阪急梅田駅・南海本線浜寺公園駅・南海本線諏訪の森駅・南海本線高師浜駅・旧国鉄大社前駅・一畑電鉄大社前駅・JR西岩国駅・伊予鉄道道後温泉駅・JR門司港駅(31棟)

●ホテル
小樽グランドホテルクラシック・豊平館・五島軒・十和田ホテル・赤坂プリンスホテル・東京駅ステーションホテル・雅叙園・山の上ホテル・ホテルニューグランド・富士屋ホテル・強羅ホテル・日光金谷ホテル・万平ホテル・志賀高原ホテル・三笠ホテル・野尻湖ホテル・川奈ホテル・旧琵琶湖ホテル・奈良ホテル・蒲郡プリンスホテル・舞子ホテル・宝塚ホテル・旧甲子園ホテル・旧山陽ホテル・雲仙観光ホテル・御花(26棟)

白揚社  A5判 364頁
定価:3675円(税込)
発行予定日:4月25日
*現在制作中のため、内容などが一部変更することもあります。

都市景観シンポジウム

21世紀、美しく魅力的な都市をつくろう!

日時:平成17年5月23日(月)13:00~16:30
場所:ヤマハホール銀座(定員:524名)
主催:株式会社オフィスビル総合研究所
後援:社団法人日本ビルヂング協会連合会
   社団法人不動産協会
   社団法人不動産証券化協会

第1部「美しい都市をつくろう!~不動産価値最大化への戦略」」

パネリスト
・西村幸夫氏(東京大学教授)
・小林重敬氏(横浜国立大学教授)
・小出和郎氏(都市景観研究所)
・岸田里佳子氏(国土交通省)
・長島俊夫氏(三菱地所)
 進行 本田広昭(オフィスビル総合研究所)

第2部「魅力的な都市をつくろう!~都市景観の中の歴史的建造物」

パネリスト
・鈴木博之氏(東京大学教授)
・藤森照信氏(東京大学教授)
・増田彰久氏(建築写真家)
・小澤英明氏(弁護士)
 進行 阿川佐和子氏(エッセイスト)

既刊のご案内

都市の記憶 美しいまちへ

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判型:A5版
総ページ:384ページ
著者:鈴木博之(東京大学大学院教授)、増田彰久(建築写真家)、小澤英明(弁護士)、吉田茂(歴史作家)、オフィスビル総合研究所
定価:3,675円(税込)
発行:白揚社

第1章:都市の記憶を探そう・・・文:鈴木博之 写真:増田彰久
第2章:魅惑のビルディング・・・写真:増田彰久 文:吉田茂
第3章:まちに残る歴史の証人たち(現存調査)・・・オフィスビル総合研究所
第4章:歴史と文化を継承する美しいまちへ・・・文:小澤英明

〔第1章 惜しまれながら姿を消した名建築〕
帝国製麻・三菱1号館・三菱銀行本店・第一銀行本店・最高裁判所・東京証券取引所・日本赤十字社本社・中国銀行本店・交詢社・丸の内ビルチング・東京海上ビルチング・日本郵船ビル・大同生命・日本勧業銀行京都支店・日本銀行福島支店・中国銀行本店・警視庁・ライジングサン石油ビル・三井銀行神戸支店・共同ビルチング(20棟)

〔第2章 各地に現存する歴史的建造物〕
旧日本郵船小樽支店・札幌市資料館・秋田市赤れんが郷土館・三井住友銀行小樽支店・岩手銀行中ノ橋支店・日本銀行小樽支店・青森銀行記念館・旧第九十銀行本店・日本工業倶楽部会館・明治生命館・日本銀行本店本館・和光・神奈川県立歴史博物館・中央合同庁・第6号館赤れんが館・三井本館・市制会館・日比谷公会堂・三井物産横浜ビル・近三ビル・丸石ビルディング・豊橋市公会堂・愛知県庁本庁舎・砺波市郷土資料館・敦賀市立博物館・綿業会館・南部銀行本店・カーニバルタイムズ・旧居留地十五番館・大阪商船三井船舶神戸支店・三井住友銀行大阪中央支店・ダイビル本館・大阪中央郵便局・旧小西儀助商店・大阪瓦斯ビルディング・福岡市赤煉瓦文化館・第一勧業銀行大分支店・旧唐津銀行本店・唐津市歴史民族資料館・日本瓦斯本社ビル・中国銀行倉敷本町支店・旧門司税関・大分赤れんが館・愛媛県庁舎本館(44棟)