ラクスル株式会社

2016年1月取材

※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

"シェアリングエコノミー企業" ラクスルの新本社のテーマは「空中庭園」

"仕組みを変えれば、世界はもっとよくなる" をヴィジョンに掲げ、印刷通販サービス『ラクスル』の運営を皮切りに、IT活用による中小企業の商売構造変革を目指すラクスル株式会社。2009年9月に創業した同社は、業務拡張ごとに港区周辺で移転を重ねてきた。そして2015年11月、品川区上大崎へ大規模な本社移転を実施。今回の取材では、本社移転の経緯や新オフィスの特長、理念などを中心にお話を伺った。

プロジェクト担当

忽那 幸希氏

ラクスル株式会社
マーケティング部広報

忽那 幸希氏

ラクスル株式会社

はやわかりメモ

  1. インターネット活用で企業の業務を「楽にする」ビジネスモデル
  2. 自宅兼用のマンションの1室からスタート。以降、短期間に急成長を遂げる
  3. 元住宅展示場であった高さ12mの天井を最大限に活かす「空中庭園」
  4. CMYKの4原色をテーマカラーに採り入れたオフィスデザイン
  5. シェアリングエコノミー新事業を開始し規模を問わず中小企業の応援団を目指す

インターネット活用で企業の業務を「楽にする」ビジネスモデル

ラクスル株式会社の社名の由来は「ラクにスル」。読んで字のごとく、中小企業の商売を「楽にする」同社のビジネスモデルからきている。なお、「スル」は「刷る」とのダブルミーニングになっており、同社の展開する印刷サービス『ラクスル』はこれに由来している。

Web広告など、アナログからデジタルへの移行が著しいとされる現代だが、チラシやDMなど、紙媒体の印刷物には依然として根強い需要がある。不特定多数に向けたWeb広告はインターネット上の膨大な情報量に埋もれやすく、特に商圏の範囲が限定された小売業などでは主要購買層である地域住民が直接手に取って見るチラシの方が広告効果ははるかに高いといわれている。ただし、特に中小企業の場合、印刷物は小ロットでの発注が中心となり、印刷費用が割高になりがちなケースが少なくなかった。

そこで、2009年9月に創業した同社は、チラシやDMなど中小企業が販促に用いる印刷物等の印刷費用の価格比較サービスサイト『印刷比較.com』を立ち上げた。さらに、同サイトから派生して、2013年には現在の同社の主幹事業となっているインターネット印刷サービス『ラクスル』をスタートさせた。

「『ラクスル』はインターネットの活用により、お客様の発注に対して『早く、安く、高品質な』印刷物をお届けすることを可能とした印刷サービスです。これは、当社の代表である松本がコンサルティング会社に勤務していたころ、当時の顧客企業の諸経費の見直しなどに取り組んでいたとき、『印刷費用の削減率』が非常に大きな比重を占めていたことがヒントになりました」

同社の印刷サービスの最大の特長は、自社で印刷機を保有するのではなく、価格比較サイトの運営を通じて構築したネットワークを基盤に、全国の印刷会社が保有する「今、空いている印刷機」をフルに活用することにある。日本には数多くの印刷会社が存在するが、大部分は中小企業であり、年に数回の繁忙期を除けば、すべての印刷機が常時稼働しているわけではない。こうした稼働率の低い印刷機を抱える中小の印刷会社に、同社が受注した顧客の印刷物を委託することによって、顧客と印刷会社の双方にとってメリットのあるビジネスモデルを実現しているのである。

「『シェアリングエコノミー』という言葉がありますが、インターネットを活用することで印刷会社の稼働率の低い印刷機をシェアすると同時に、お客様の小ロットでの発注も複数まとめることで紙のムダを減らすことができます。その意味で、エコビジネスとしても将来性のあるビジネスモデルであると自負しております」

自宅兼用のマンションの1室からスタート。以降、短期間に急成長を遂げる

2009年の創業時点において、同社の社員は代表取締役である松本恭攝氏1名のみ。他には本業の空き時間に手伝う仲間が2~3名、当時の松本氏の自宅であるマンションの1室をオフィスにしていたという。その後、短期間で事業が急成長を遂げ、これに伴い従業員数も急増していった。

「創業から1年弱で小規模ながら港区海岸に本社を構え、約半年後に田町へ移転。2011年には芝浦、その2年後に虎ノ門へ移転しました。今回の上大崎への移転で、5つ目のオフィスになります」

今回の移転前の旧オフィスは、ワンフロア270坪ほどの広さ。従業員数は約70名まで増員していた。
ここは東京メトロ・虎ノ門駅から徒歩3分という距離にあり、JR新橋駅へも徒歩10分足らずという好立地。2013年頃から本格化した大規模再開発の影響もあって、エリア全体が活気にあふれた環境であったという。

「周囲にはランチに使える飲食店も多く、便利な環境でしたが、入居していたビルは再開発予定区域内にあり、取り壊しが決まっていました。それに加えて、増員による手狭から2015年4月頃から移転先を探し始めたのです」

移転先の候補地としては、渋谷区恵比寿周辺を中心に何棟かのビルを検討。その中に、恵比寿駅から1駅の目黒駅を最寄り駅とする品川区上大崎のビルがあった。最終的に同ビルの1階300坪を賃借することになるのだが、移転先選定に際して、代表の松本氏はある理由から「内覧する前に決めた」という。

「と言いますのは......12mもの天井高が決め手だったそうです。以前は住宅展示場が入っていたとのことで、非常に特殊なスペースでした。もともと松本は『駅から近く、天井の高いところ』というこだわりを持っていたのですが、さすがにこれほど天井の高い物件は他に見たことがなく、ほぼ即決に近い判断でした」

通常、オフィスビルの天井高は2.3~3m程度であり、12mといえば約4階分に相当する高さである。

元住宅展示場であった高さ12mの天井を最大限に活かす「空中庭園」

この類例のない12mという天井高を活かして、同社が新オフィスづくりのテーマとしたのが「空中庭園」である。古代ギリシャの数学者フィロンの選んだ世界の七不思議の一つ「バビロンの空中庭園」は高台に築かれた一種の屋上庭園だが、同社が構築した空中庭園は、300坪のオフィス内に点在するボックス型の会議室の屋上部を利用した緑豊かな空間である。ここにある芝も木々も本物の生きた植物であり、週に一度、業者がメンテナンスに入っているが、移転直後には落葉の季節を迎え、従業員が毎朝落ち葉の掃除を行ったという。

「終日パソコンに向き合っている業務が多いので、晴れた日、曇った日、雨の日など、建物の中にいながらにして、外のありのままの自然を感じられるような開放感ある空間で、心身ともに健康的に働くことのできる環境づくりを目指しました。天井の一部はガラス張りになっており、天気の良い日には隙間から木洩れ陽が降り注ぐようになっています」

デスクワーク中に、ふとパソコンから顔を上げると、周囲に本物の緑が広がっている。その一部はちょっとした遊び心から、壁に設置されたハシゴを登って会議室の上に設けた庭園に上がることもできるという。通常のオフィスの天井高では絶対に不可能だが、元は一軒家を丸ごと収納できる住宅展示場であった同オフィスならではの空間構成だろう。屋上部に空中庭園を設けている会議室内の天井高でさえ、通常のオフィスより約1.5倍は高い。

執務室。手前は会議室屋上

執務室。手前は会議室屋上

もちろん単に天井高だけではなく、目黒駅から徒歩3分という利便性や、今後の増員計画に対応可能なオフィスの拡張性なども考慮した上での物件選定であったという。そして、これまでは、2~3年で次のオフィスへ移転することが多かったが、今回は「10年単位で腰を据えたい」と語る。

「2015年6月末に移転先が決まると、約2ヵ月間をかけて新オフィスのコンセプトや内装デザインなどを検討し、残りの期間で実際の施工にかかりました。かなりタイトなスケジュールでしたが、比較的スムーズに進行できましたね」

オフィス移転にあたっては、管理部門のメンバーを中心に社内で移転プロジェクトチームを立ち上げ、各部署から人選されたメンバーが実務に取り組むことになった。チームリーダーを務めたのは、前職でオフィス移転のプロデュース経験のある人事部の女性であったという。このとき、虎ノ門の旧オフィスの現状分析を行い、いくつか解決すべき課題が取り上げられていた。

「社員からの要望や不満の中で一番多かったのは、『会議室スペースの不足』でした。旧オフィスには会議室が全部で4室しかなく、最大の部屋でも20席ほどしかありませんでした。当社では毎週、約40名の正社員全員が出席する全体ミーティングを開催していますが、移転直前の頃にはギュウギュウ詰めで、入りきれないほどでした」

また、以前から来客をオフィスに迎える機会は多かったのだが、その際には、数少ない会議室の取り合いのようになっていたという。そこで、新オフィスでは十分な数と広さを持った会議室スペースを確保することもテーマとなった。

「この新オフィスでは、大小合わせて11室の会議室をつくり、最大の部屋はスクール形式にして約50席分の広さがあります。この大会議室は小区画に分割して使用することもでき、プレスの発表会や社内外の勉強会などのイベントも開催されるなど、多目的に利用できるスペースになっています。移転前はイベントごとに外部の会場を借りており、それに伴う予約の調整や費用の確認といった手間からも解放されました」

オフィス内の随所には、クローズドの会議室のほかに、簡単な打ち合わせのできるオープンミーティングスペースや休憩スペースが設けられている。これらを利用することにより、移転前に比べて社内のコミュニケーション環境は格段に向上したという。

「今回の移転を機に、一部フリーアドレス制を導入しました。集中して作業したいときには集中スペースも用意しており、居心地がよく、作業効率も上がっているという従業員の声も聞いております」

執務室。手前は会議室屋上

2階フリースペース部分への階段

2階書庫とフリースペース

2階書庫とフリースペース

オープンミーティングスペース

オープンミーティングスペース

CMYKの4原色をテーマカラーに採り入れたオフィスデザイン

同社のロゴマークは、円の中に頭文字であるRの文字を描き、C(シアン=青)M(マゼンタ=赤)Y(イエロー=黄)K(キー・プレート=黒)の4色を配置したデザインになっている。CMYKとは印刷に使用される4原色であり、同社のビジネスの基盤を表現していると同時に、「この4色を組み合わせることで(印刷に使用する)あらゆる色を作り出せる」ということから、同社の持つ無限の可能性を象徴している。

「新オフィスのテーマカラーはCMYKとし、エントランスに社名ロゴとともにロゴマークを配置しているだけでなく、黄色や赤の壁、青いガラス、黒いチェアなど、オフィス内のいたるところにCMYKの4原色を配置しています。また、オフィス内には空中庭園の鮮やかな緑のほか、暖かみのある木材や風合いのあるレンガ材なども随所に採り入れているので、目線を少し動かすだけで風景が変化し、気分が変わってリフレッシュできるような仕掛けになっています」

特長的なエントランス

特長的なエントランス

会議室

会議室

こうしたオフィスづくりの進捗状況については、同社が毎週金曜日に行っている「ランチミーティング」などの時間を利用して移転チームから逐次報告され、さらに内装工事期間中には適宜機会を設けて従業員による見学会が行われた。

「移転後の営業開始日(2015年11月24日)の直前は三連休(土・日・祝)だったということもあり、従業員の家族も呼んで、新オフィスのお披露目を行いました。当社の従業員は平均年齢31歳の『子育て世代』なので、小さなお子さんを連れてきた人も多く、子どもたちは公園へ遊びにきたようにはしゃぎまわっていました。営業開始後にご招待したお客様も含めて、初めて新オフィスをご覧になったときは、誰もが上を見上げて『おおっ!』というような反応を示されるので、当社としても苦労してつくった甲斐がありました」

オフィスの完成後は各方面からのメディアから取材を受けることも増え、認知度も高まり、リクルーティングにも手ごたえを感じているという。現在、新オフィスには、正社員・アルバイト等を含めて約100名の従業員が勤務している。このほか、札幌にコールセンター、また、現地企業と協力して海外にも拠点を設けている。

「エンジニア、ディレクター、マーケター、管理部門、カスタマーサポート部門など、より一層の成長のために、現在すべての職種で積極的に募集を行っております。従業員の大半は中途採用ですが、2016年度からは新卒採用にも取り組んでいます。このオフィスがきっかけでラクスルに興味を持ち、ラクスルとともに成長したいと思ってくれるメンバーが集まってくれることを心待ちにしています」

シェアリングエコノミー新事業を開始し規模を問わず中小企業の応援団を目指す

同社の事業はインターネットの活用を基盤としているが、社内にカスタマーサポート部門を設けるなど、オフラインでのサポートにも力を入れている。これはインターネットの苦手な高齢者層にも好評だという。

さらに、同社はシェアリングエコノミーのノウハウを応用し、移転直後の2015年12月から新たな事業をスタートした。PCやスマートフォンのアプリから「すばやく」「かんたん」に荷物の配送予約ができるネット運送・配送サービス『ハコベル-hacobell-』だ。これは、全国の運送会社や個人運送事業者の「非稼働時間を利用する」という、『ラクスル』と共通する発想から生まれた。すなわち「今、空いている」ドライバーによるダイレクトな配送サービスであり、トラックなどの車両による積載量とバイク便のような小回りの利くサービスを両立するのである。

「2016年1月からは、カーゴ便、軽トラック便に加え、小型トラック便、中型トラック便まで配送可能車両を拡大しました。イベント・展示会・撮影会などで使用する大型サイズや重量のある荷物も配送可能となり、より多くのご注文にお応えできるようになりました。印刷と運送だけにとどまらず、今後もさまざまな展開を視野に入れており、インターネットの活用で『中小企業の応援団』となることを目指しております」