MTV Networks Japan株式会社(本社オフィス)

2009年2月取材

※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

企業としてのブランドと働く人のプライドを
共に高めていく個性的なオフィスへの挑戦

世界的コンテンツ企業、米国Viacomグループの日本法人であるMTV Networks Japan株式会社(MTVNJ)は、2008年1月、渋谷区神宮前に本社オフィスを移転した。

新社屋は、もともとスポーツジムとして設計・使用されていた建物だけに、通常のオフィスビルとはかなり条件が異なるものだ。しかし、独自のブランド戦略を展開するMTV Networks Japanでは、「逆転の発想」で高い天井や変化のあるフロア構成といった建物の特性を活かす大胆なリニューアルを行い、個性的なワークスペースを創り出すのに成功、2008年の日経ニューオフィス賞推進賞に輝いている。

プロジェクト担当

長谷川 晃二氏

MTV Networks
Japan株式会社
長谷川 晃二氏

人事総務部
シニアマネージャー

伊澤 成人氏

株式会社
CWファシリティ
ソリューション

伊澤 成人氏

代表取締役社長

綱川 藤男氏

株式会社
CWファシリティ
ソリューション
綱川 藤男氏

コンサルティング部
チーフ
コンサルタント

石森 卓氏

株式会社
CWファシリティ
ソリューション
石森 卓氏

ソリューション部
ソリューション
プランナー

小澤 清彦氏

株式会社ミダス
小澤 清彦氏

取締役 
設計グループ担当
一級建築士 認定
ファシリティ
マネージャー

清水 はるみ氏

株式会社ミダス
清水 はるみ氏

設計グループ
チーフデザイナー
インテリアプランナー

はやわかりメモ

  1. オフィスの統合で社員にプライドを
    オフィスが分散していると、社内のコミュニケーションが阻害されるだけでなく、会社への帰属意識が薄れ、プライドの低下にもつながる。ブランディング戦略上もマイナスが多く、早急な対策が必要。
  2. 探しあてた「最高」のビル
    スポーツジムだった建物はビルとしては規格外だが、個性的なオフィスを構築するにはかえって条件はいい。高い天井や断続的につながるフロアなどを利用し、自由なデザインが可能。
  3. 個性的なフロアで社員を動かせ!
    複数のフロアがあるオフィスの場合、階ごとにテーマを設け、それぞれ異なるデザインコンセプトで構成していくほうが、社内に回遊性が生まれ、コミュニケーションは活性化していく。また中間フロアにカフェや喫煙コーナーを設置することで、自然な出会いが演出でき、効果的。
  4. 動線は多様であるほどいい
    効率的な空間利用が企業にとってベストとは限らない。多様な動線を確保し、さらに空間的な自由度を残しておくほうが、自然なコミュニケーションが生まれる。また社外の人などとの多様な交流を考えても、動線は限定しないほうがいい。
  5. 隠れ家や秘密基地のようなオフィス
    非効率な遊びのある空間は、利用者にとって「楽しさ」にもつながる。オフィスを愛せれば、そこにプライドが生まれ、最終的にはブランディング効果が期待できる。ただし、そんな空間を活用するための工夫や仕掛けは必要。
  6. プロジェクト継続のために調査を
    オフィス構築は移転して終わりではない。その後の利用状況やユーザーの声を常に意識し、さらなる魅力を加えていくように努力したい。

現場からのブランディングには社員たちの高い意識が欠かせない。

「MTV」といえば、音楽を中心とする総合エンターテイメントブランドとして世界中で通用するが、日本における事業会社であるMTV NetworksJapan株式会社のビジネスは、そこだけに留まってはいない。
「MTVを核に、総合キッズエンターテイメントチャンネルの『ニコロデオン』やデジタルメディア事業と、確実にビジネスの多様化を進めてきました。しかしその結果、オフィスが3カ所に分散してしまい、さまざまな問題が生じていたのです」MTV Networks Japan・長谷川晃二氏

第一の問題は、社内コミュニケーションの不足と業務効率の低下だ。
「六本木に2カ所、原宿に1カ所とオフィスが点在している状態では、全社的な会議で集まるだけでも半日仕事になってしまいます。このため事業部門ごとの壁は高く、放送とデジタルメディアの連動といった共同作業を行うには非常に不便な状況だったのです」長谷川氏

組織が分断され、日常的なコミュニケーションが阻害されると、そこで働く人々は「MTV Networksの社員」という意識を、ついつい忘れがちになってしまう。
「MTV Networks Japanの全ての事業のベースにある強いブランドは、世界中のグループ会社のメンバーたちがMTV Networksの社員であることに高いプライドを持ち、質の高い仕事をしてきた結果として築かれたものです。ところが日本ではオフィスが分散していることで、現場からのブランディングが思うようにできませんでした。このため、ここで働くことへの誇りと強い仲間意識を持ってもらう職場にしたいと、かなり前から、移転先を探していたのです」長谷川氏

しかし、条件に合った建物には、なかなか出会えなかった。
「約200人を収容できるオフィスだけでなく、撮影用の大型スタジオが設置できるビルは、簡単には見つかりませんでした」長谷川氏

もちろん都心を離れれば選択肢は広がるが、MTV Networks Japanの場合、レコード会社や放送局、広告代理店などとの交流が重要であるため、立地条件はかなり限られる。
「特にレコード会社の人たちは本当に頻繁に訪れてくるので、足場のいい港区や渋谷区の一等地であることは絶対的な条件でした。現実問題として、そんな場所で希望に合ったビルが供給されることは少なく、半分、あきらめかけていたほどです」長谷川氏

そんなとき、まさに渡りに船という感じで紹介されたのが、現在、本社として使っているビルだったのである。

規格外のビルほど空間の自由度は高く
個性的なオフィスを構築するには最適。

渋谷区神宮前の通称キラー通り(外苑西通り)に面したビルは、もともと高級スポーツクラブとして設計され、使われていたものだ。テナントが退去した後に不動産会社の株式会社レーサムが取得し、再生の方法を検討していた。その一つとしてオフィスへの転用を考え、この分野で実績のあるCWファシリティソリューション(CWF)の伊澤成人氏に声をかけたのである。伊澤氏は初めてその話を聞いたときは到底無理だと思ったが、実際にビルを見に行って「やり方によっては面白いオフィスにすることは可能」と思ったという。

「プールやランニング用のトラック、スカッシュコートといったスポーツ施設に加えて、会員用のレストラン、VIPが出入りするための最上階への直通タワー型エレベーターなどがあるこの建物は、オフィスビルとしては完全に規格外です。しかも天井は高く内部構造は複雑で、スペース効率もいいとはいえない。普通だったら、オフィスユーザーには紹介できない物件でしょう」伊澤氏

それでも、これらの"悪"条件は、視点を変えればビルの魅力になる。
「簡単にいえば、効率性一辺倒ではなく、オフィスにおける創造性の刺激、空間の楽しさ、個性的なデザインなどを重視する企業にとっては、大胆なリニューアルができるのですから、むしろ最高の物件とも言えます。レーサムも私たちもそう考え、条件に合致する企業を何社か知っていたので、すぐに連絡を入れました。
MTV Networks Japanもそういう企業の1社だったのです」伊澤氏

それが2006年秋のことだった。MTVNJ側では最初に長谷川氏が、続いて当時の社長だったピーター・ブラード氏が自ら視察に訪れ、すぐに「入居したい」と伝えてくる。
「他にも興味を持った会社はいくつかありましたが、MTVNJが最も強く希望し、条件的にも最適だと思ったので、その後、優先して話を進めていきました」伊澤氏

そして2007年の半ばに、正式契約が結ばれる。事務的な手続きを担当したのは、CWファシリティソリューションの石森 卓氏だ。

「MTV Networks Japanは米国ViacomグループのMTV Networksの日本法人であることから、本国の了解を得るまでに半年近くかかりましたが、その期間は決して無駄にはなりませんでしたね。長谷川さんを含めた日本のメンバーは、このビルを大変気に入ってくださったので、何度もお目にかかって『こんなオフィスにしたい』と突っ込んだ話ができ、それが満足していただけるオフィスの構築につながったと思っています」石森氏

今回の契約では、大規模な改修工事を前提に、「フルパッケージオフィスレントサービス」を採用している。
「建築・設備、内装、家具などオフィスに必要な内容があらかじめセットされ、賃料に含まれるフルパッケージオフィスレントは、イニシャルコストの大幅削減とコスト負担の平準化、保有資産の極小化などにつながるため、私たちのような会社にとっては非常に有利だと思います。こういう形でFM的手法を採り入れることができたのも、プロジェクトを成功に導けた理由の一つだと思っています」長谷川氏

個性的なオフィスを構築するには最適

フロアごとの個性を明確にすることで回遊性が生まれ社員の交流につながる。

契約では、新オフィスの運用開始は2008年1月と決められた。約半年で全フロアをスポーツジム仕様からオフィス仕様に替え、スタジオまで建設するというタイトなスケジュールになっただけに、設計や工事において確かな技術と実績を持ったパートナーの選択が重要になる。また、通常フルパッケージサービスの場合、CWFがデザインまで行うが、Viacomグループの方針により、今回は別途パートナーを選択する必要があった。
「検討した結果、オフィス設計をお願いしたのがミダスさんでした。これまで手掛けてきたデザインが私たちのテイストに合っていただけでなく、外資系企業の仕事を請け負うことが多いことから通訳を必要とせず外国人スタッフとのやりとりもできます。この点は、スケジュールを短縮する上で大いに役立ちましたね」長谷川氏

コミュニケーションの点では問題はなかったものの、実際に設計作業を始めてみると、オフィスづくりで百戦錬磨の小澤清彦氏であっても、このプロジェクトの厳しさをすぐに実感した。

「設計を始めた段階では、プール用の浄水やボイラー設備が残っていたほどで、これは単なる用途のconversion(転換)ではなく、confusion(混乱、困惑)だと笑い話になったほどです」小澤氏

それでも、MTV側のコンセプトが明確だったため、デザイン作業はスムーズに進んだという。中心になって担当したのは清水はるみ氏だ。
「各フロアにテーマを設け、多様性のあるオフィスにしたいということでした。確かに個性的なフロアにしたほうが回遊性が生まれ、コミュニケーションの活性化につながります。その分、全てのデザインをゼロから始めなければならず手間はかかりますが、デザイナーとしては本当に楽しい作業でした」清水氏

フロアごとのテーマを明確にした理由はもう一つある。
「ビデオやスチールなどの撮影は私たちの会社にとって日常茶飯事ですが、せっかく新しいオフィスをつくるなら、社内のどこででも写真が撮れるように、バリエーションに富んだ空間を用意しておきたかったのです。実際、執務室からエレベーターホールまであらゆるところで撮影ができて便利になったほか、社員たちも『見られる』ことを意識してきれいに使うようになったので、一石二鳥でしたね」長谷川氏

それでは、各フロアのテーマとデザインを見ていこう。

5F「宇宙(UFO)」

宇宙船の中をイメージするようなシンプルなデザインで構成。VIP用会議室と管理本部が入居している。

4F「オレンジ畑」

プールやトラックのあったフロアを転用したため、高い天井の広々とした空間になっている。天窓からの自然採光とペンダントライトにより、窓の少なさを感じさせない開放感を実現。営業、広報、マーケティングなどが入居。

3F「緑のリゾート」

3F「緑のリゾート」全社員が利用するカフェを設置。森のリゾートをモチーフとしたデザインで、カジュアルな色遣いとリビングのような家具により、リフレッシュできる空間になっている。壁にはウォールクライミング練習用のブロックを設置した。

「ちょうど中間階にあたる3階にカフェを設置したことで、全社的なコミュニケーションの核にしました。カフェから続く広いバルコニーに唯一の喫煙コーナーを設けたことなどもあって誰もが1日に1回は顔を出すフロアとなり、自然な出会いが演出できたはずです」長谷川氏

2F「水辺」

フロア内の段差をあえて利用し、水路のある街のようなイメージでまとめた。ニコロデオン、CATV営業、デジタルメディア事業本部などが入居。

1F「ストリート」

モニターを埋め込んだメディアウォールによるエントランスで情報発信企業であることをアピール。そこから続くオフィスはテーマ通りにストリートから続く空間をイメージしてデザイン。スタジオとMTV部門が入居。
「音楽シーンの一つであるストリートのイメージを実現するために、実際にストリートアートを手掛けているクリエーターに頼んでペインティングをしてもらったり、ドラム缶でカウンターテーブルをつくるなどの工夫をしています。ガラス張りの会議室なども含め、開放的な空間になりました」小澤氏

B2F「光」

B2F「光」地下なのであえて「光」をテーマに、明るい空間を実現。エディット関連、技術、アーティスト関係の部署が入居。

コミュニケーションを活性化する個性的な空間と多様な動線の確保。

今回の本社移転プロジェクトの重要な課題であるコミュニケーションの活性化について、新オフィスの運用を始めて約1年、MTV Networks Japanでは次のように評価している。
「最初の計画では、オフィスを統合することで部門を越えた会議がしやすくなることを期待していましたが、それ以上に、日常的な出会いによるインフォーマルコミュニケーションが活発になり、雑談ベースで新しいプロジェクトがどんどん生まれていく。その結果、MTV、ニコロデオン、デジタルメディアという事業の融合は確実に進んでいます」長谷川氏

この「予想を超えたコミュニケーションの活性化」には、清水氏も気がついていた。
「運用後に見ていると、私たちが考えた動線以外にも、自然に生まれた獣道のようなルートで社員が移動しており、社内のネットワークはかなり密につながっているはずです」清水氏

そんなコミュニケーション効果を、「こういうビルだから生まれた」と指摘するのは伊澤氏だ。
「フロアが完全に分かれず、吹き抜けなどを通して断続的につながっていたり、唐突に抜け道や小部屋があったり、この建物は隠れ家や秘密基地のような構造を持っています。当然、スペース効率は悪くなりますが、これらの『遊びの空間』のおかげで、利用者が自発的に移動やコミュニケーションのルートを探していく。もしかすると、これほど愛着が持てるオフィスはないのかもしれません」伊澤氏

そんなビルの個性を活かすために、リニューアルにあたってはさまざまな工夫を加えている。CWFの綱川藤男氏は語る。
「人の移動を活発にしたいところには階段を増設しましたし、エレベーターも既設のものは着床しない階があったので、新たに着床させるなどの大がかりな工事をしました。コミュニケーションを活性化させるには、移動を支援するさまざまな仕掛けが必要です。MTVNJ側もそのことをよく理解していたので、私たちも思いきった提案をしていくことができました」綱川氏

長谷川氏にとっても、コミュニケーションを促進するための提案は大歓迎だった。
「MTV Networks Japanは中途採用者から外国人まで多様な人材がいる組織であるため、彼らを一つにまとめていくことが経営上の大きな課題でした。さらにミュージシャンやレコード会社のスタッフ、さまざまなマスコミ関係者、視聴者など、社外の人々との協力関係なくして事業は成り立ちませんから、お客様との交流も非常に重要です。新しいオフィスでは動線をいくつも用意できたため、セキュリティの確保と社内外の活発な交流を両立することができました。そういう意味では、まさに理想に近いオフィスを実現できたのです」長谷川氏

「誇りがもてるオフィス環境」がトップ評価。
ブランディングにも大きな効果の個性派ビル。

最後に、今回の移転プロジェクトにおける評価をまとめておこう。移転後、3カ月目に実施した社員たちへのアンケート調査では、全35項目中31項目(89%)で評価が向上しており、評判はかなり良いようだ。「最も評価が高かった項目は『誇りが持てるオフィス環境』で、評価が上がったのは『オープンな打ち合わせコーナー』の設置です。社員のプライドの向上と、コミュニケーションの活性化が新オフィスの最大の課題だっただけに、この結果には満足しています」長谷川氏

また、キラー通りという名前の知られた道路沿いの、デザイン的にも非常に目立つビルに移転できたことで来客数も増え、社外とのコミュニケーションやブランディング戦略上もメリットは計り知れないという。
「音楽関係者にとっては便利な場所ですし、ミーティング用のスペースも飛躍的に増えたことから、これまで以上に多くのお客様が訪れ、社員たちと交流していくようになりました。また、ビルの壁面に遠くから見えるロゴを付けることもでき、ブランド強化には大きな効果があったと思っています」長谷川氏

オフィスビルとしては規格外の仕様でありながら、結果として満足度の高いオフィスが構築できたことに、伊澤氏は新たな可能性を感じていた。「リニューアルのための工事は決して簡単ではありませんでしたが、一方で、階高の高いゴルフレンジをスタジオにしたり、プール用の機械室を床荷重の大きさを利用してそのままサーバールームに転用したり、デッドスペースになりがちなちょっとした空きスペースに雑談コーナーをつくったりと、案外、有効に活用できるものです。これからは企業ももっと個性的なオフィスをつくっていくべきで、そのためには、もっといろいろなタイプのビルが供給されていくと面白いでしょうね」(伊澤氏

オフィスビルにももっといろいろなタイプがあっていい。

飯塚 達也氏

株式会社レーサム
飯塚 達也氏

常務取締役
事業企画ユニット
ユニット長

スポーツジム仕様のビルを1棟取得し、再生していくのは、事業としてかなりの冒険でした。しかし、不動産のリアルバリューを高めて新たなユーザーに活用していただく。最終的には地域の活性化にもつなげるのが私たちの会社の役割ですので、1年近くにわたってさまざまな用途を検討してきたのです。最初は商業用途を考えましたが、途中で「オフィスとして使っても面白いのではないか」と発想を転換し、CWファシリティソリューションに協力をお願いしました。その結果、このビルの価値を分かっていただけるお客様に出会えたのですから、方針は間違っていなかったのでしょう。

オフィスに求める条件は、決して一様ではないと思います。その会社の社風や経営スタイル、事業内容などによって、それぞれ異なるはず。ところが、オフィスビルとして供給される物件がみんな似たようなタイプになってきているのは寂しいですね。私たちレーサムは、ビルの持つ潜在的な価値を積極的な投資によって引き出し、新たな市場を開拓していくスペシャリストですから、これからもこのような個性的なオフィスを提供していければいいと思っています。