チューリング株式会社

2024年3月取材

この事例をダウンロード
バックナンバーを一括ダウンロード

※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

快適な開発環境の提供と人材採用の加速化。
その実現のために本社移転を決断した

2021年8月、レベル5の完全自動運転実現を目指してチューリング株式会社が設立された。創業の地は千葉県・柏の葉スマートシティ。インキュベーション施設「KOIL TERRACE」での開発環境は申し分なかったが、優れたエンジニアの確保に難しさを感じ始めていたという。そこで今後の人材採用を視野に入れ、都心の大規模ビルに本社移転を実施。今回の取材ではオフィス移転の背景や新オフィスのコンセプト、特長的な機能についてお話を伺った。

小野 早織 氏

チューリング株式会社
コーポレートグループ
マネージャー

小野 早織 氏

阿部 拓 氏

チューリング株式会社
事業開発グループ
広報

阿部 拓 氏

Contents

  1. レベル5の完全自動運転実現を目指して設立。
    コンピュータ科学と人工知能の基礎を築いた先駆的な数学者の名前を社名にした
  2. 人材の確保を最速で進めるための施策としてオフィス移転を行った
  3. 交通アクセス、開発環境、拡張性、希望していたオフィス環境を手に入れた
  4. うわべだけの美しさを排除して力強さを表現したオフィスにした
  5. 「開発を最も加速させる場所。そのための快適な環境」をオフィスと考えている

コミュニケーションエリア

コミュニケーションエリア

レベル5の完全自動運転実現を目指して設立。
コンピュータ科学と人工知能の基礎を築いた
先駆的な数学者の名前を社名にした

自動車の開発・製造は多くの工業国において基幹の産業となっている。さらに米国や中国では、すでにEVや自動運転の分野で成功を収めている企業も少なくない。「EVと自動運転」。今、まさにこのキーワードの融合によって自動車業界は転換期を迎えようとしている。チューリング株式会社は、そんな時代を背景に設立された。日本ならではの技術力を使った挑戦こそが自らに課せられた使命だと考えたという。スタートはたったの2名。共同創業者である山本一成氏と青木俊介氏だ。山本氏は将棋ソフトプログラム「Ponanza」を開発したエンジニア、青木氏は自動運転やロボット工学の分野で博士号を取得している研究者である。まさに日本を代表するソフトとハードの雄による融合となった。二人は創業時からのミッションに「We Overtake Tesla」を掲げた。

「チューリングという社名は共同創業者の二人が『社名を決める会議』で決めたものです。私どもが目標としているTesla社も、米国の発明家である二コラ・テスラへのリスペクトから命名されました。それに倣い、当社も世界中の偉人の名前をホワイトボードに書き出すことから始めました。最終的には英国のAIの父と呼ばれるアラン・チューリングの業績が自分たちの事業にフィットすることから、その名前を社名としました」(小野氏)

設立時は、同社のようなスタートアップ企業が自動車産業に参入するのは厳しい、という声もあったという。

「完全自動運転の実現により自動車産業は大きく変わると考えています。しかし日本は自動車大国であるにもかかわらず自動運転領域の起業が極めて少ないのが実情です。それを私どもはチャンスと捉えました」(小野氏)

「この領域に純粋なAIの起業家が参入する事は文化的に難しく、国内では異例であると言えます。チューリングにはCEOを含めて強力なAIエンジニアが多数参画しているので、私どもが完全自動運転を実現することで日本から新しいダイナミクスを生み出したいと考えています」(阿部氏)

人材の確保を最速で進めるための施策としてオフィス移転を行った

あらゆる状況下でAIが全ての運転タスクを実施する『レベル5の完全自動運転』という夢を実現するため、自動車業界のみならず幅広い業界を対象にソフト・ハードの両面で専門技術を持つ人材のスカウトが始まった。高度な自動運転を実現する「生成AI」、AIを車載で動かすための「半導体」、車両とAIを一体化させる「自動運転システム」、これらの開発を同時進行で行うことで、完全自動運転を一気に目指すことが可能になると語る。

「例えば、移動スピードが課題とされた時代。『より早い馬車をつくろう』ではなく、全く別の発想から誕生したのが自動車です。そうしたパラダイムが変わる瞬間は、ある一定の間隔で存在します。いつか完全自動運転が当たり前の世界になるでしょう。その世界を早くつくるために、私どもは着々と事業を進めています」(阿部氏)

同社がスタート地点に選んだのは千葉県・柏の葉スマートシティだった。公・民・学が連携しながら研究を行っている街である。

「何よりも開発環境が整備されていることが魅力でした。オフィスである『KOIL TERRACE』で開発を行い、そこから歩いて数分の屋外型検証拠点『KOIL MOBILITY FIELD』ですぐに検証ができる。まさに当社にとって理想的な場所だったのです」(小野氏)

「柏の葉オフィスは、ソフト、ハードの開発拠点だけでなくバックオフィスを含めた、いわば本社機能を備えていました。そのほかに工場やガレージを保持しており、それらは現在も必要な施設として活用しています」(阿部氏)

同社のエンジニアファーストの考えは今でも変わらない。緑や空といった自然環境も、開発には必要な要素であると語る。

「柏の葉オフィスに大きな課題があったわけではありません。ストレスの少ない通勤環境はむしろ魅力でしたし、生活に必要な環境が整っており、開発作業に集中できる素晴らしい立地でした。しかし、企業としてさらなる成長を遂げるには、幅広い専門知識を持ったエンジニアの力が不可欠です。千葉県は魅力的な地域でありながら、特定の技術分野における人材の流動性には地理的な挑戦がありました。この度のオフィス移転は、優れた人材をより迅速に確保し、企業の可能性を最大限に引き出すための一策です」(小野氏)

交通アクセス、開発環境、拡張性、希望していたオフィス環境を手に入れた

そうして移転先の検討に入っていく。具体的な候補ビルの内見は20236月からスタートしたという。当時は20名ほどの会社規模だったため、あえてプロジェクトチームを立ち上げることはしなかった。実務は小野氏とHRの担当者で進めていったという。

「コーポレート側からは移転によって従業員に快適な開発環境を提供すること、HR側ではオフィス移転によって採用の加速化を図ることが目的でした」(小野氏)

今回の移転プロジェクトのキーワードの一つが「拡張性」だった。当初は都心のシェアオフィスも検討したという。しかし、メリットとデメリットを比較検証することで、最終的には一般のオフィスビルへの移転となった。

50棟弱は内覧しましたね。六本木や東京駅周辺も検討しました。首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス『柏の葉キャンパス』駅とのアクセスを考え、秋葉原や上野といったエリアの物件も見ました。最終的に決めたのは新幹線や羽田空港とのスムーズな接続を考えた品川エリア、JR山手線『大崎』駅直結の大規模オフィスビルでした」(小野氏)

柏の葉オフィスで使用していた面積105坪に対して移転先は215坪。大幅に拡張している。検討開始時点で数十名規模の増員をするという計画もあり、余裕を持った広さにした。

「このビルに入居を決めた理由は第一に拡張性です。順調に採用計画が進み今の想定を超える増員になったとしても、ビル内での本社移転も可能だろうと考えました。このビルは一つの街みたいなもので、レストランから金融機関、医療機関までが揃っているのも従業員にとっては魅力であり、採用難易度が非常に高い分野の研究者やエンジニアの獲得の面でも低くない影響力を得たと思います。加えて、柏の葉オフィス同様に緑や川もある開放的な空間になっています。ここであれば斬新なアイデアも生まれ、開発も順調に進むと思ったのです」(小野氏)

そうして202311月に賃貸借契約を締結した。そこからは新オフィスの構築を行うフェーズに入った。至急デザインコンペを行い、内装デザイン会社を決定させる。工期にそれほどの余裕はなかったが、運良く旧入居企業の造作を残していただけることになり、急ピッチで進めることができた。

「居抜きがベースにはなっていますが、一部の壁は取り壊し、全面的な壁紙の張り替えを行っています。当社の場合、ある程度の裁量権を担当部門で持たせてもらっていることと、最終的な決裁スピードが速いということも短期間での工期を叶える後押しとなりました。私は以前勤めていた会社でオフィス改修なども担当していたので、その経験を活かしたアイデアを盛り込みながら進行していきました」(小野氏)

うわべだけの美しさを排除して力強さを表現したオフィスにした

それでは新オフィスの特長を紹介していこう。「美しすぎない」を考え方のベースとしたという。

「当社の事業内容を考えると『美しすぎるオフィス』にしてはいけないと思っているんです。工場があって部品も作っている、いわば泥臭い一面も持っている会社ですから。そのバランスを保ちながら、自動車への想いを体現させる工夫を取り入れています」(小野氏)

その想いが何よりも現れているのがエントランスだ。同社の事業内容がソフトとハード両面の開発であることをバランス良く表現している。

エントランス

エントランス

「通常は建物の内部に使っている軽量鉄骨材(LGS)をあえてむき出しにしました。そしてLGSがどんどん上に突き進んでいくイメージとしています。左側の壁には当社のミッションである『We Overtake Tesla』を力強い書体を用いて掲示し、その右側にロゴを配置しています。ロゴは赤い発光体を後ろから照らすことで、自動車のテールランプを彷彿させ、アクリル越しの光の拡張がこれから大きくなっていく会社を表現しています」(阿部氏)

室内に入ると、広々としたコミュニケーションエリアが目に入る。

「小規模ではあるものの旧オフィスにもこの機能は備えていました。しかし今回の移転にあたり、コミュニケーションの活性化をより重視しました。そのためそうしたエリアをただ配置するだけではなく、交流のための動線を考えてレイアウトしています」(小野氏)

「エリア内は色とりどりのソファ、数種類のデスクにチェア、ファミレス風のミーティング席やバーカウンター、パントリーなどで構成しています。あえて入口近くに配置することでそこを使用している人と出会いやすくし、何らかの会話が生まれることに期待したのです」(阿部氏)

移転後に行ったオフィス移転パーティには、約80名が参加したという。

「旧オフィス時代から、毎回10名程度の外部の方を対象にオープンオフィスと称した勉強会を行っていました。新オフィスは抜群に交通アクセスが向上していますので、もっと実施頻度を高くしたいと思っています」(小野氏)

コミュ二ケーションエリアの壁に沿って6部屋の会議室が配置されている。

「会議室は右からAmmanBudapestCanberraDakarEstimaFloridaというようにAからFまでの頭文字で始まる都市名を付けています。社内用のミーティングでも使用しているため、ほとんどの部屋が埋まっていますね」(阿部氏)

会議室

会議室

オフィス中央部には執務席が並ぶ。先進的な会社ではあるが、基本的にはオフィスへの出社がベースの考え方になっているという。

「フェイストゥフェイスによって生まれる会話やアイデアは何物にも代えがたいと考えています。もちろん家庭の事情などもありますから、柔軟な対応はしています。現在40名が在籍していますが、そのほとんどがエンジニアです。そのため、個々が開発に集中できるよう固定席を採用しています。アルバイトやインターンシップの学生はフリーアドレス席。なるべくコストをかけずに最適な使い方ができるように考えました。将来的には出張者対応としてタッチダウン席などの導入も検討していきたいです」(小野氏)

窓際の集中ゾーン

窓際の集中ゾーン

カウンターと執務席

カウンターと執務席

開発チーム内にはシミュレーターやファクトリー(はんだ付けなどが行える簡易な作業スペース)が置かれているのも特徴的だ。

「工場でなくてもディスプレイの開発やモデル運転の検証などが行えるように設置しています」(阿部氏)

「開発を最も加速させる場所。そのための快適な環境」をオフィスと考えている

「当社にとってのオフィスは、『開発を最も加速させる場所。そのための快適な環境』と考え、非常に重要な意味を持っています。そこであらゆるコミュニケーションが生まれて、そこから生まれる横の連携を開発活動の加速に生かしてほしい。そのため、快適で創造的な活動を促す環境を整えることは、単に無料のコーヒーサーバーを設置するだけでは叶えられない深い効果があると考えています」(小野氏)

「オフィス移転の効果は出てきていますね。お客様やサプライヤーの方々に気軽にお越しいただけるようになりました。今後はエンジニアを中心とした交流会も積極的に行っていく予定です。それが新たなネットワークを創出し、採用にも効果を発揮すると考えています。オフィスはそれらのトリガーになりつつあります」(阿部氏)

「潤沢にコストをかければ良いオフィスができるわけではありません。とはいえオフィスを構築する本来の目的をしっかりと考え、開発活動において必要であれば適切にコストをかけていくつもりです。今後の展開次第では、このオフィスも大きく変化するかもしれません」(小野氏)


チューリング株式会社
設立後わずか3年でEV開発、半導体設計も手掛ける。「We Overtake Tesla」をミッションに掲げ、2030年にはハンドルのない完全自動運転車両の実現を目指しているが、決して不可能ではない。100年に一度と言われる自動車の大転換期、チューリングが生み出す新しいダイナミクスに期待がかかる。


この事例をダウンロード
バックナンバーを一括ダウンロード