入口からホテルをイメージするロビーまで
考え尽くされたデザインが会社の顔をつくる

それでは2007年4月に本格オープンしたUSENの新本社を見ていこう。
まず33階には接客ロビーとスタジオ、会議室があり、ここと34階のシアターおよび打ち合わせコーナーが来客対応用の公共部分となる。そして34階の約半分と35~38階がオフィス(執務スペース)であり、34階に社員用のカフェテリア、38階にエグゼクティブスペースが設けられている。動線はスムーズで、33階の総合受付にはビルのエントランスから、直接、シャトルエレベーターで上がってくることが可能だ。
「ただし、エレベーターホールからはロビーの全容が見えないように、あえて開口部を狭くしました。その奥にカウンターと6面の大型マルチモニターを配置し、外から『覗ける』ことで訪れる人に期待感を持たせるのが目的です」(小野氏)
小野氏によれば、「オフィスデザインはこうしたちょっとした工夫の積み重ねで効果的な演出ができる」という。そして今回のプロジェクトでは、さまざまな部分にデザイナーらしいアイデアが活かされている。たとえば、入口を抜けて広がる接客ロビーに置かれた吹き抜けのガラス噴水もその一つだ。 「上の階にあるシアターに試写会などのお客様を誘導するため内階段を新設したのですが、そこに自然に誘導する仕掛けとして、吹き抜けの噴水を提案したのです。階段の横を水が流れ、しかもガラス面には映像を表示できますから、絶対に目立つはずだと主張しました」(小野氏)
受付とロビーのデザインについて、宇野社長から出されていた条件は「ホテルのように落ち着ける雰囲気にしてほしい」というものだった。このため、多くのホテルに設置されている噴水は有効だが、一方で「企業のオフィスとして華美なデザインは避けたい」という要望も強く、提案した当初、噴水の採用には慎重論もあったという。
「宇野社長は堅実な性格なので、打ち合わせのときには何度も『豪華にする必要はない』と主張されていました。しかし今回の噴水は、実は過剰な演出ではないのです。内階段を設ける場合、法規上、なんらかの防火対策を施さなければならなりません。通常はスプリンクラーを増設しますが、下に水が流れていればそれでカバーできる。つまり実用的な設備を兼ねているのですから、結果としてそれほど多くのコスト増にはなっていないのです」(小野氏)
スペース、システム、管理業務......組織が分散すると無駄が多くなる
一方、執務スペースは徹底した機能の追求とフレキシビリティをコンセプトにデザインされた。
「このビルには南北面に少し出っ張った部分があり、そこだけ奥行きが違うので、この部分にガラス張りの個室を集中することで、内側に明るい矩形の空間を創出し、これをグリッドに区切ることによってよりフレキシビリティの高いオフィスを実現しました」(伊澤氏)
デスクレイアウトは背面対向のユニバーサルプランとし、すべてのグループ会社が同じ仕様のワークステーションを使用する。これは、組織変更等の際、グループ会社を含め、フレキシブルに配置変更できるようにするためだ。また、「島」全体を固まりのユニットとするのではなく、背中合わせの4人分のデスクが1組となるユニークな構成を採用した。提案したのはシステム計画担当の信太氏とオフィス計画担当の加藤氏である。
「4人分を1ユニットとし、その中でマネジャー席やミーティングスペースへの用途転換が可能なように考慮してあります。電源やLANのケーブルを想定される使い勝手に対応できるようにあらかじめセットしておくことにより、専門業者に工事を依頼することなく社員たちだけで対応できるようにしてあります。つまり、一見島型のレイアウトでありながら、かなり自由なレイアウト変更ができるのです」
なお、USENグループには映像コンテンツを扱う会社もあるため、処理能力の高いデスクトップPCと大型モニターが設置できるようにデスクの幅は1400mmに設定し、無線LANではなくギガビットの有線LANにした一方で、奥行はスペース効率を上げるため600mm、島ピッチは3000mmとした。システム上は、もう一つ大きな工夫がある。
「レイアウト上、共用オフィスに複数の会社が同居するかたちになりますから、グループ全体での情報共有環境と各社独自の環境とを両立させることが必要となりました。社内ネットワークをグループ共通のものと、組織別、階層別のものに分類し、アクセス権限を設定するかたちで構築することにより、この課題を解決しました。基本的には物理的なネットワークは一つに統合されていますから、運用面を含めたコストは、グループ各社が別々に構築する場合に比べてかなり削減できたはずです」(信太氏)
もちろん、統合によるコスト削減効果は、他の部分でも充分に発揮されている。
「会社ごとの区分けは、島単位あるいは机単位で行われていますから、それぞれが別のオフィスに入居していたころに比べて、はるかにスペースの有効利用が進んでいます。さらに人事などの管理部門では、各社の担当者を1カ所に集め、一緒に働くスタイルを採用しました。これにより仕事の一部を共有でき、業務手順そのものを大幅に削減できたのです」(黒田氏)
今回、新本社に入居したことにより、統合前は7カ所に散在していた拠点を1カ所に集約できたことになり、それだけでも組織集約の効果は大きいといえるだろう。
目に見えない「シンパシーのロス」を生じさせないのはオフィス統合だけ
2007年3月に約4週間かけて行われた移転プロジェクトは、オペレーションだけでもかなり大変なものだった。
「3カ月くらいかけて綿密な計画を立てましたが、毎週末、500人規模で移動してくるものですから、その間はほとんど走り回っていた記憶しかありませんね」(黒田氏)
それでも徐々に社員たちが慣れてくるにつれ、統合の効果は発揮され始めているという。 「いちばん遠いところでは渋谷と浅草にまで離れていた組織が一緒になったのですから、コミュニケーションは一気に活性化されています。正式な会議以外にも気軽に情報交換できるので、そこから新たなビジネスが生まれる可能性は誰もが感じているのではないでしょうか」(黒田氏)
住谷氏も、その便利さを実感している。 「私はいくつかのグループ会社の役員も兼任していますが、これまでは定期的な会議があるたびに都内を走り回らなければならず、時間なロスはかなりのものでした。もちろん、他の社員たちも同じで、単に手間がかかるというだけでなく、人件費などのコストも無駄になっていたのです。しかし今は、必要とあれば数分で関係者が集まれる。それによる経営上のメリットは測りしれません」 そして、オフィス統合の最大の目的である「シンパシーのロス」の解消についても、徐々に効果が表れ始めてきたという。 「たとえば、ギャガ・コミュニケーションズが配給する映画の情報をブロードバンド放送サービスの『GyaO』で放映するといったことはずっと行ってきましたが、職場が一緒になったことで、お互い、積極的に意志の疎通をするようになってきたと感じています。その結果、少しでも多くの情報が視聴者に届けば、映画もテレビもその価値が高まっていく。そんなシナジー効果は確実に生まれています」(住谷氏)
オフィスづくりの経験が豊富な伊澤氏も、「USENという会社にとって統合の効果は非常に大きい」と指摘する。
「USENは社長が気軽に社内を歩き回り、『宇野さん』と呼ばれて話しかけられる風通しのよさが魅力の会社です。それにより社員間で共通の意識が芽生え、急成長を支えてきたといってもいいでしょう。どんな企業でも組織が大きくなると、そういった『いい社風』が失われてくるものですが、USENはグループ会社まで1カ所に集めるという戦略で自分たちの強みを今まで以上に発揮していこうとしている。まさにオフィスが経営に大きな貢献をしたケースだといえるのです」

先明豊ファシリティワークス株式会社 小野宗久氏 デザイン部 デザインディレクター
人と人の出会いを最大限に生かす USEN新本社オフィスのデザイン
ホテルのロビーのようなエントランスフロアの接客コーナーや、シアターの周囲に設けられた外部スタッフとの打ち合わせスペースなど、USEN新本社ではあらゆるシーンでコミュニケーションを図れる工夫がされていますが、役員の執務室がある38階のエグゼクティブスペースでもそれは同じです。たとえば宇野社長の部屋には内階段があり、下の階のオフィスとはオープンな状態で直結しています。つまりお互いに自由に行き来ができるのです。また「社長室」の中に複数の会議室が設置されており、掛け持ちで打ち合わせをすることが可能です。ちなみに、このような大胆な設計は宇野社長と何度も意見の交換ができたから実現したもので、まさにUSENという会社の特色に合わせたオーダーメイドのオフィスになったのではないでしょうか。
もう一つ、コミュニケーション上、大きな役目を果たすのがカフェテリアになります。食事だけでなく喫茶や打ち合わせまで多目的に活用したいという要望に応えるため、立食カウンター、ボックス、ラウンジなどさまざまなタイプの席を用意しました。つまり、1人から大人数まで必要に応じて利用できるようにしたのです。カフェテリアのような施設は無駄だと考えている企業が多いようですが、1日中使えるフリースペースとして活用できれば、そんなことはありません。しかもUSENの場合、夜はお酒のサービスもありますのでイベントや宴会の会場にもなりますし、さらに隣接する大会議室とつなげれば400人が一同に集まることもできます。その結果、稼働率はかなり高くなりました。
最近は情報漏洩の問題があり、重要な話が出るような社内イベントを外の会場で行うにはいろいろと気を使うようになりました。それを考えれば、多目的カフェテリアはスペースの活用方法として、むしろ有効だと思いますね。
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