横浜市関内の歴史的建造物群

オフィスマーケット 2001年3月号掲載

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※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

港を目指す商船の目印となるよう、横浜の建築物にはひときわ目を引く高塔を備えた例が多い。船員たちは、その各々に「キング」(神奈川県庁本庁舎)、「クイーン」(横浜税関)、「ジャック」(横浜市開港記念会館)といった愛称を冠し、それがしだいに市民の間にも広まっていった。

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①神奈川県庁本庁舎(昭和3年/国登録文化財):古典様式に則る外観を備えるが、細部には独特の幾何学的 意匠が用いられている。中央の高塔は市民に「キング」の愛称で親しまれている

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②横浜市開港記念会館(旧開港記念横浜会館/大正6年/国重要文化財):横浜開 港50周年を記念して建てられた。関東大震災で内部を消失したが、復元され現在に 至っている。高塔は「ジャック」の愛称を持つ

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③横浜税関(昭和9年):正面を港に向けた港ヨコハマのシンボル。 イスラム寺院風のドームは「クイーン」の愛称で親しまれている

横浜市認定歴史的建造物とは

神奈川県横浜市における「認定歴史的建造物」とは、同市独自の施策である「歴史を生かしたまちづくり要綱<昭和63年(1988)4月>」に基づき、所有者との合意による保全活用計画が締結されている建造物である。この認定制度は都市計画局が担当し、同時に施行された教育委員会が担当の「横浜市文化財保護条例」に基づく文化財指定制度と併せて、同市の歴史的資産を保全する上での両輪となっている。
基本的には、歴史的建造物の認定制度・文化財指定制度ともに、対象を所有者が保存し、管理や修理面で一定の公的支援を行うという制度であるが、特に認定歴史的建造物に関しては「所有者の立場を尊重し、柔軟で弾力的な運用を目指す」「魅力ある都市景観総体を保全する観点から、建造物の外観保全を最優先し、内部についてはむしろ積極的な活用・機能向上を図る」という方針がある。認定されているのは、近代建築・西洋館・社寺建築・古民家・土木遺産等の39件。うち近代建築は3分の1を占める13件となっている(平成12年3月現在)。
文化財保護法に基づき建物の内部も含めた完全な保存を目的とする国などの施策に対し、歴史的建造物を地域資産と捉えて都市の活性化を企図する方向は、横浜市が自治体として独自に打ち出した地域密着型の施策として注目される。

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①②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑩⑪の建物はライトアップが実施され、ノスタルジックな街を演出している(ヨコハマ夜景演出事業推進協議会発行の資料参照)

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都市計画局都市企画部次長
都市デザイン室長

守英雄氏
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ライトアップ 市と県は、商工会議所、青年会議所などの団体と協同した「ヨコハマ都市空間演出事業」の一環として、主要な建築物44施設の夜間ライトアップを実施している。日中とは異なる幻想的な空間に浮かび上がる建物群は、横浜の新たな魅力を生み出している

都市の固有なる文脈――「歴史を生かしたまちづくり」が目指すもの

安政6(1859)年の開港によって誕生した横浜は、その黎明期より海外から移入される技術・文化・情報の集積地として発展した。特に外国人居留地が置かれていた関内・山手地区には多くの近代建築や西洋館が相次いで建設され、明治・大正年間を通じて近代的イメージと異国情緒に彩られた独特の街並みが形成されることとなった。
しかし、大正12年(1923)の関東大震災によって大きな転機を迎える。それまでの建築的資産は文字通り壊滅的な打撃を受け、そのほとんどが瓦礫と灰燼の中に埋もれてしまったのである。そのため、被害が軽微でいち早く修復された一部の例外を除き、現在まで残る横浜の建築資産は、わが国近代建築史上において"第二世代"と位置付けられる大正末期~昭和初期のものが中心になっている。
しかし、そのことは現在の横浜の街並みがたたえる魅力をいささかも損なうものではない。古典的様式を踏襲した旧建物群は多く失われたが、そのためかえってアール・デコからモダニズムへと至る西洋近代建築の流れの中でわが国の都市としては稀有なる同時代性を確保した。その後も都市の鼓動を体現して刻々と姿を変えながら、この街は独自の物語を紡ぎつつ、やがて今日に至っている。

「都市のさらなる活性化を第一義としながら、整合性のある景観としての街並みの保全に努めるのがわれわれの役割。その点で、建築そのものの維持保全に重きを置く国の文化財指定制度などとは、少々ニュアンスが異なる取り組みといえます。」

歴史的建造物を「文化財」と位置付け、建物の内外にわたってできるだけ完全な保全を目指す施策の一方で、建物を「景観」の一部と捉えてむしろ活用を推進するゆるやかな保全のための取り組みが並行してなされる。これは、歴史的建造物を有する多くの自治体に共通する姿勢ではあるが、わが国有数の経済拠点でもある横浜市の場合はそれがいっそう大きな意味合いを含む。

「あくまで所有者・事業者の協力あってこその取り組み。ダイナミックな経済活動が行われている場にとって何より恐ろしいのは、景観や建物の保全を優先するあまり街自体が空洞化・廃虚化してしまうことでしょう。都市のグランド・デザインは、その固有な"文脈"を読み取り、それをまた活かすという立場に立ってなされなくてはならないと考えています」

横浜という都市に固有なる文脈――情緒あふれる街並みと技術・文化・情報・経済の集積が常に併存していたこと――に沿うなら、建て替え・改装による建築物の機能向上と近代建築の外観保存や復元保存を同時進行的に進める市独自のデザイン・ポリシーが理解できる。一方で批判的な見方があるにせよ、市民の支持を得実現した多くの実験的事例は、次代へ向けて横浜が選択した新たなる物語の序章なのだ。

「関内地区、山手地区ばかりでなく、未来都市イメージの象徴的存在であるみなとみらい21地区にも、旧横浜船渠第1号ドック(日本丸パーク)、同第2号ドック(ドックヤードガーデン)や"汽車道""赤レンガ倉庫(商業・文化施設として再整備中)"など数々の歴史的資産が残され、それぞれ街の中に溶け込みながら活用されています。単に二者択一的な発想でなく、それぞれの特性を活かすことで各地区は互いに役割を補完しあい、過去と未来の文化が共存する対比的かつ多様な魅力が醸し出されます。その結果"まち"に回遊性が生まれ、全体として厚みのある"まち"が形成されると考えています」

横浜市が新しい都市のあり方を"まち"と位置付けひらがなで表記することにも表れているが、「都市景観」「歴史的建造物」といった術語で一様に括られる際に取り落とされがちな(都市ごとに異なる)固有な文脈を読み取る力こそ、これからの都市デザインに要求される条件なのかもしれない。「歴史」は個体としての建物に存するのではなく、都市に固有な文脈のうちにこそ存在するのだから。どのような街にも例外なく「顔」があり「匂い」が存在する。それらを「再発見」することは、都市の活性化を図る際にすぐれて大きな意味を持つことなのである。

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④横浜第2合同庁舎(旧生糸検査所/大正15年/市認定歴史的建造物):「キイケン」 の名で市民に親しまれた建物。耐震性の問題から一時解体されたが、平成2年に創建時の状態に復元された

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⑤日本火災横浜ビル(旧川崎銀行横浜支店/
大正11年/市認定歴史的建造物):隣接する神奈川県立博物館(旧横浜正金銀行本店本館)と並んで横浜を代表する近代建築。平成元年にファサード2面を残して新ビルとなったが、新築部分を上空に溶け込ませるデザインなど、歴史的建造物再生の一手法を示す先駆的作品として注目される

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⑥旧横浜正金銀行本店本館(神奈川県立歴史博物館/明治37年/国重要文化財): 関東大震災前の横浜の経済的繁栄を象徴する本格的様式建築。設計者である妻木頼黄の代表的作品の一つである

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⑦横浜情報文化センター(旧 横浜商工奨励館/昭和4年/市認定歴史的建造物): 震災後の横浜商工界の復興を図る目的で建設された。平成12年に旧建物の外観を保存し、中央に12階建てのインテリジェント・ビルを擁するセンターとして生まれ変わった

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⑧三井物産横浜ビル(1号ビル・明治44年、2号ビル・昭和2年):1号ビルは、わが国初の鉄筋コンクリートビルとして有名な存在。西洋の事例に10年とは遅れを取らなかった先駆的な建築作品である

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⑨さくら銀行横浜支店(旧 三井銀行横浜支店/昭和6年):国の重要文化財に指定された三井本館と同じアメリカの建築事務所の設計による建物。正面のイオニア式円柱、内部のコリント式列柱を特徴とする古典様式が保たれている

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⑩横浜銀行協会(旧横浜銀行集会所/昭和11年):地元・横浜高等工業の教授を務めた林豪蔵の設計。F. L.ライトの建築やアール・ デコの影響が感じられるファサードに加え、ディティールもテラコッタの装飾などに見るべきものがある

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⑪旧東京三菱銀行横浜支店 (旧第百銀行横浜支店/昭和9年):その立地と、イオニア式の大柱を用いた個性的な外観・形状をもって、非常に印象的な建物。設計は横浜に生まれた矢部又吉の手に成る

文:歴史作家 吉田茂
写真:安川千秋

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