名古屋市公会堂

オフィスマーケットⅢ 2007年6月号掲載

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※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

1930年、名古屋初の都市公園内に「名古屋市公会堂」が建設された。戦後は占領軍に接収されるなどの波乱の歴史を持っているが、重厚な造りは変わらずに残り、市民の文化の殿堂として親しまれている。当時流行したモダンなデザインや意匠など、細部にわたるこだわりが特徴的な名品といえるだろう。

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市民に愛される文化の殿堂――昭和初期公会堂建築の名品

明治42(1909)年11月19日、愛知県愛知郡御器所村(現・名古屋市昭和区)に鶴舞公園が誕生した。公園はその翌年に予定されていた第10回関西府県連合共進会の会場となり、その後、林学博士・本多静六と工学士・鈴木禎次の全体計画により、近世フランス式の洋風庭園と伝統的な日本庭園(設計・村瀬玄中、松尾宗五)を複合した大規模な廻遊式公園が大正年間を通じて整備された。ちなみにJRの駅名は"つるまい"であるが、公園名は元の地名(水流間)通り"つるま"と読む。
その敷地内に、大正13年(1924)1月の摂政宮(昭和天皇)御成婚記念事業として計画されたのが名古屋市公会堂である。御成婚祝賀として建設された公会堂は、他に岩手県公会堂や鹿児島市公会堂(現・鹿児島市中央公民館)などがある。岩手・鹿児島共に昭和2年(1927)に竣工しているが、名古屋の公会堂は同年ようやく着工の運びとなり、3年半の工期を費やして昭和5年(1930)9月30日に完成した。完成までに時間がかかった理由は、着工時の金融恐慌から世界恐慌に至る長い不況による財源不足だったという。最終的な総工費としては当時の金額で約204万円が費やされた。
設計は名古屋市建築課が担当したが、顧問として武田五一、佐野利器、鈴木禎次らが関わったとの伝聞がある。施工は大林組など。延建築面積は1万1939平方メートル。鉄骨鉄筋コンクリート造。地上4階地下1階。座席数2000の大ホールと同700の4階小ホールを有し、他に9室の集会室を備える。大阪の中之島公会堂(大正7年竣工)、東京の日比谷公会堂(昭和4年竣工)に続き、三都においてそれぞれ特色の有る大規模な公会堂建築の揃い踏みが実現した。
建物の1階部分を白っぽい龍山石と人造擬石ブロック張りとし、2階以上の外壁を焦茶色のスクラッチタイル仕上げとする落ち着いた外観。直線を基調とした左右対称の平面計画であるが、車寄せと階段室を前面に大きく張り出した姿は単調に陥らない重厚さを付加している。一方、丸味を持たせたコーナーや玄関両脇でアーチ型の突起を持つ独特の塔屋、それに合わせて最上部をアーチ型に丸めた窓部からは柔和な印象を受ける。

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塔の上部には公園名を象徴する鶴の羽根の意匠が浮彫にされ、全体を引き締める軒周りなど水平のデザイン要素も過不足なく仕上がっている。ファサードの出入口はどっしりとした三連アーチで形成され、ロビー部分は3階までの開放的な吹抜け空間となっている。
竣工以来、市民の文化の殿堂として長く親しまれたが、第二次世界大戦中は高射第二師団の司令部として使用され、戦災は免れたものの、戦後は進駐軍に接収された。米空軍の専用施設としての10年を経て、名古屋市に返還された昭和31年から内部施設の整備拡充が行なわれ、再び市民の利用に供する公会堂として復活した。

さらに、老朽化に伴い、市制90周年記念事業として昭和55年に建物の保全と機能向上を図る大改修が実施された。3階席まである大ホールには最新の舞台・音響設備が整えられ、日々多彩なイベントに利用されている(現在の席数は1986席)。平成元年(1989)、市の条例に基づき、都市景観重要建築物第1号に指定された。ネオ・ルネサンスの大阪、ネオ・ゴシックの東京と比して、この名古屋市公会堂は最もモダンな要素を体現した昭和初期建築の代表的な名品と位置づけることができる。

竣工前後 ―― 歴史と世相

明治42年(1909) 11月.愛知県御器所村(現・名古屋市昭和区)に鶴舞公園が開園。
大正13年(1924) 摂政宮(昭和天皇)御成婚記念事業として名古屋市公会堂を計画。
関東大震災後の住宅難解決のため同潤会が設立される。
昭和2年(1927) 4月.名古屋市公会堂を起工。
12月.日本初の地下鉄が東京の上野―浅草間で開業。
金融恐慌
昭和5年(1930) 9月.名古屋市公会堂竣工(10月開館)。
10月.東京―神戸間を8時間55分で結ぶ特急「燕」号の運転開始。
世界恐慌が日本に波及(昭和恐慌)

文:歴史作家 吉田茂
写真:建築写真家 増田彰久

『都市の記憶・日本のクラシックホール』刊行について

『オフィスマーケット』の誌面で2000年3月号より連載をスタートしたPhoto Essayシリーズ「都市の記憶」も、今回の名古屋市公会堂を以って33回目を数えた。また、その間に刊行した2冊の単行本――オフィスビルを中心に採り上げた『都市の記憶 美しいまちへ』(2002年)、鉄道の発展とレジャーの拡がりにスポットを当てた『都市の記憶 日本の駅舎とクラシックホテル』(2005年、共に「白揚社」刊/好評発売中)も幸いに多くの読者に迎えられている。
名建築保存の気運が高まるのと照応して登場してきた各地の都市計画制度の新展開、技術革新がもたらした機能強化・老朽化対策などを背景に、多くの建物が本来の輝きを取り戻して地域活性化の中心的役割を担うようになった。現存する日本の近代建築を紹介してきた私たちの試みが、ささやかながらも歴史的建造物に向けられる人々の眼差しを変化させる一助となったとすれば、関係者一同、これに優る喜びはない。この試みを可能な限り継続し、一人でも多くの人々に志の共有を訴えかけていきたいと、ここに決意を新たにするものである。
さて、オフィスビル総合研究所は昨年来進めてきた『都市の記憶 日本のクラシックホール』の制作を完了し、今春、「白揚社」より刊行する運びとなった。東京大学教授・鈴木博之氏によれば、広義の公会堂――ホール――とは、広間の空間を中心に備えた宮殿や邸宅、大学の建物、公共建築、会館等を指す(「平凡社大百科事典」より)。とすれば、わが国においてもそれは、ひとまず貴族の邸宅や江戸期大名の居城、藩校等がその起源であるといえるだろう。しかし、明治維新を経て、自由民権運動や高等教育の広がり、そして大正デモクラシーから戦後の民主化へと向かう歴史の歩みの中で数多く誕生した"クラッシクホール"は、それだけで別に近代建築の一系譜を形成するクオリティとボリュームを備えている。今回取り上げた名古屋市公会堂も、それら一連の公会堂建築の一つの到達点であり、文化の殿堂としての役割を今も現役で果たしている点からも特筆すべき価値のある存在だといえる。
『都市の記憶 日本のクラシックホール』には、全国各地の公会堂・議事堂建築、教育機関の講堂等を収録した。日本の近代化を民衆と共に歩んだこれらのホールは、言論・芸術・教養を育む場として現在も活躍し、貴重な都市の記憶を今に伝え続けている存在である。本企画の趣旨は、これらを再評価すると同時に、建築作品としての個別の価値をも広く伝えていくことにある。公会堂や学校建築はオフィスや商業建築以上に地域性を反映しているとも言え、また、これらの建築に市民の浄財を基金とするものが少なくないことも、後世にぜひとも伝えるべき"都市の記憶"だと言える。
建築史家として歴史的建造物の保存・活用に多数関わってこられた鈴木博之氏(前出)の巻頭論文「成熟した都市の象徴――集いの場としての建築」では、わが国のホール建築のみならず、パリのオペラ座やウィーン楽友協会、ロイヤル・アルバート・ホールなどについて写真と共に詳しく言及されている。また、建築の保存・活用、都市景観等の分野に鋭い視点を有する弁護士・小澤英明氏の書き下ろしフィクション「ダヴィッド同盟」は、前作「モルフォホテルの顛末」に引き続き、物語を楽しみながら多くの法的知識も得られる"教養小説"とも言うべきジャンルを切り拓いて好調である。そして、撮り下ろしを含む建築写真家・増田彰久氏撮影による全41棟をオールカラーで収録(建物解説/歴史作家・吉田茂)。他にオフィスビル総合研究所が独自に調査したクラシックホール建築の最新版現存調査リストを収録し、資料的な価値も高い1冊になったと自負している。既刊のシリーズと併せてご覧いただけると幸いである。

都市の記憶Ⅲ 日本のクラシックホール

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判型:A5版
総ページ:320ページ
著者:鈴木博之(東京大学大学院教授)、増田彰久(建築写真家)、小澤英明(弁護士)、吉田茂(歴史作家)、オフィスビル総合研究所
定価:3,675円(税込)
発行:白揚社

第1章:成熟した都市の象徴
第2章:魅惑のクラシックホール
第3章:ダヴィッド同盟:イーグルホールをよみがえらせよう!
第4章:歴史の証人たち

お問い合せ
株式会社オフィスビル総合研究所
電話:03-3561-8088 FAX:03-3564-8040
E-mail:honda@sanko-e.co.jp
ホームページ:www.officesoken.com

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都市の記憶 美しいまちへ

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総ページ:384ページ
著者:鈴木博之(東京大学大学院教授)、増田彰久(建築写真家)、小澤英明(弁護士)、吉田茂(歴史作家)、オフィスビル総合研究所
定価:3,675円(税込)
発行:白揚社

第1章:都市の記憶を探そう
第2章:魅惑のビルディング
第3章:まちに残る歴史の証人たち
第4章:歴史と文化を継承する美しいまちへ

都市の記憶Ⅱ 日本の駅舎とクラシックホテル

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判型:A5版
総ページ:352ページ
著者:鈴木博之(東京大学大学院教授)、増田彰久(建築写真家)、小澤英明(弁護士)、吉田茂(歴史作家)、オフィスビル総合研究所
定価:3,675円(税込)
発行:白揚社

第1章:日本近代化の記憶を探そう
第2章:魅惑の駅舎とクラシックホテル
第3章:モルフォホテルの顛末=歴史的建造物保存の現行法制度
第4章:近代化ロマン歴史の証人たち

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