Vol.1 テレワークの推進か?オフィスの維持か?その答えは企業ごとの働き方による

テレワークの推進か?オフィスの維持か?
その答えは企業ごとの働き方による

2020年8月取材記事から
※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

「オフィス学プロジェクト」の研究に取り組んでいる東京大学大学院 稲水伸行准教授。プロジェクトは、オフィス空間を建築やデザイン設計の分野で捉えるのではなく、経営学や組織論の視点で研究を行っている。その研究の概要や今後の働き方、オフィスのあり方について語っていただいた。

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東京大学大学院 経済学研究科
准教授 稲水 伸行 氏

1980年広島県生まれ。2003年東京大学経済学部卒業。08年同大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。05年~08年日本学術振興会特別研究員(DC1)、東京大学ものづくり経営研究センター特任研究員、同特任助教、筑波大学ビジネスサイエンス系准教授を経て、16年より現職。主な著作に「流動化する組織の意思決定」(東京大学出版会、第31回組織学会高宮賞受賞)がある。

オフィスがワーカーのパフォーマンスに与える影響を科学的に研究している

フリーアドレスオフィスの効果についての書籍を10年近く前に執筆したのですが、執筆をきっかけに企業の皆様との連携が始まりました。そして「オフィス学プロジェクト」がスタートしたのです。

プロジェクトでは、オフィス空間を建築やデザイン設計の分野で捉えるのではなく、経営学や組織論の視点で研究を行っています。現在、組織への貢献意欲である「エンゲージメント」や新しいものを生み出す「創造性(クリエイティビティ)」を評価指標とした調査を行っています。

社員の持つスマートフォンの位置情報を分析し、「オフィス内の社員の行動範囲」「コミュニケーションが与える成果」「オフィス内の人口密度とコミュニケーションの変化」といったテーマを科学的数値に基づいて研究を進めているところです。

新型コロナウイルス感染予防を目的にテレワーク導入企業が増えてきた

都内企業のテレワーク導入率は前年に比べて大幅に拡大していることがわかりました。その理由は新型コロナの感染対策を受けての動きと見られています。

近年の「働き方改革」の影響で大企業を中心に少しずつマインドが変わりつつあります。すでにITインフラが整備され、テレワークを導入できる体制があったとしても、多くの企業は導入に踏み切れていませんでした。そんな背景の中で、新型コロナウイルスの感染予防対策のタイミングと重なりテレワーク導入に踏み切った企業も多いと考えています。

今回テレワークを導入した企業は新型コロナウイルスが収束に近づいたとしても当面はその運用を維持すると予測しています。企業の新たな働き方の一つとして活用されていくのではないでしょうか。

ABWの機能の一つに「在宅」が加わるのがベストな考え方

ただし風潮に流されるのではなく、自社にとって何が一番適しているのかを考えて結論を出すべきです。従来のオフィス面積が必要なければ一部を返却するべきでしょうし、逆にオフィス面積を増やすことで働きやすさにつながると考えるならばそれに適したオフィスを構築すればいいのです。もちろんテレワークだけで業務が成り立つと考える企業でしたら、オフィスを解約してランニングコストを削減する方法もあるでしょう。その答えは企業ごとに異なります。ですから、ひと括りにオフィスは要らないと結論づけるのは早急なことなのです。

近年、ABWActivity Based Working)の考え方が多くの企業に注目されています。ABWとはワーカーが自分の業務内容に合わせて働く場所を自由に選べるワークスタイルのことです。そのワークスタイルを運用するために、オフィス内にミーティングスペースや集中スペース、コラボレーションスペース、カフェスペースなどの多様な機能を構築します。ABWの機能はオフィス内に限ったことではありません。私は、その機能の一つとして「在宅」が加わるのがベストな考え方だと思っています。

その一方で、クリエイティビティを高めていく業務ではリアルな空間が必要だと考えています。それこそが新たな発想やアイデア創出の原点だからです。いずれにせよ働き方の選択肢が増えることは歓迎すべきことだと思っています。

働き方先進国の事例に見るテレワーク導入後のオフィスの姿

数年前、研究を重ねるためにフィンランドの企業に訪問しました。フィンランドは「働き方先進国」といわれており、実態調査を行うのに相応しい国でした。

フィンランドは働き方に対する柔軟性が高く、その多くの企業でテレワークが導入されていました。しかし、テレワーク導入企業でも並行してABWを推し進めており、さまざまなオフィスデザインや多様な空間を用意しています。なぜテレワークが充実しているのにここまでコストをかけてオフィスを構築するのでしょう。

オフィス担当者の回答は明確でした。

「テレワークが進んでいくと誰もオフィスに立ち寄らなくなりました。すると次第にリアルなコミュニケーションの喪失に加えて、組織文化の継承や社員同士の一体感、アイデンティティが薄れていったのです。オフィスには思っていた以上に重要な役割があると気づかされました」

現在は、「ローテーションを組んで定期的にオフィスに出社する」ことがルール化されたそうです。それがその企業にとって最もパフォーマンスをあげるための施策だったのです。

オフィスづくりはコストではなく投資の一つとして捉える時代になった

よく費用対効果について聞かれることがあるのですが、その回答は非常に難しいですね。企業の存在意義は事業存続のために適正な利益を確保することです。そのため企業は業務目標を定め、目標を達成するために何をすべきかを考えています。今後は、自社に適した働き方という課題に対しても探究していく必要が出てくるのではないでしょうか。

働きやすいオフィスは二次的な効果として人事採用や人材育成にもつながってきます。オフィスづくりはコストではなく、投資の一つとして捉えていく時代になったのかもしれません。