Vol.2 働きたい場所を選択できる仕組みが企業の競争力につながる

働きたい場所を選択できる仕組みが企業の競争力につながる

2021年7月取材記事から
※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

メディア論を専門分野として、若者のモバイルメディアによるコミュニケーションを研究してきた関西大学社会学部 松下慶太教授。現在は、ワークプレイス、コミュニケーション、デザインの視点でワークプレイスに関する研究を行っている。その研究の概要やオフィス論についてお話を伺った。

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関西大学 社会学部
教授 松下 慶太 氏

1977年神戸市生まれ。博士(文学)。京都大学文学研究科、フィンランド・タンペレ大学ハイパーメディア研究所研究員、実践女子大学人間社会学部専任講師・准教授、ベルリン工科大学訪問研究員などを経て現職。専門はメディア論、コミュニケーション・デザイン。近年はワーケーション、コワーキング・スペースなど新しいワークプレイス・ワークスタイルと若者、都市・地域との関連を研究。近著に『ワークスタイル・アフターコロナ』(イースト・プレス2021)、『モバイルメディア時代の働き方』(勁草書房2019/テレコム社会科学賞入賞)など。

メディア研究の延長で「働く場所」への関心を持つ

大学では「メディア論」の研究を行ってきました。コンピュータやインターネットといった教育の情報化と若者のモバイルメディアによるコミュニケーションというのが研究分野です。そして若者の行動調査を進める中で、メディアの利用は場所や空間デザインと密接に結びついており、それは学校もオフィスも同じ延長線上にあるという結論に達したのです。

海外ではリゾート地やクルーズ船内といった場所を選ばずに働く人たちが多いことを知りました。ワークスペースとライフスタイルの因果関係。それを探ることが、今後の日本のあるべき姿を考えることに繋がるのではと。それから「オフィス」「働き方」といった領域に関心を持ち始めました。現在は、「コミュニケーション・デザイン」といった視点でワークプレイスを考える研究を行っています。

井戸的オフィスから焚火的オフィスへ

ワークプレイスの研究を進めていく中で、従来のオフィスを「井戸的」、将来的に求められるオフィスを「焚火的」と分類してみました。井戸に行かなければ水は汲めず、生活そのものが成り立ちません。つまり、そこに行かなければ仕事ができないオフィスを「井戸的」。一方、火を囲みながら会話を楽しむようにコミュニケーションの生成を目的としたものを「焚火的」と定義しました。ABWActivity Based Working)が意図的な設計であるのに対し、「焚火的」はもっと自然にコミュニケーションが生み出される環境をイメージしています。

オフィスに必要な4つの要素と将来的に必要な機能

オフィスを持つ意義。その要素は4つあると思っています。一つは「ファンクション」。在宅では用意できないハイスペックな機材が備えられていることです。二つ目が「コネクション」。リモートやメールだけでは不十分な社員同士の交流を深められる場所であること。三つ目は「シンボル」。存在するだけで大きな意味を持つことです。そして最後が「セキュア」。機密情報の保持という観点からです。

それら4つの要素に加えて、将来的に必要になると思われる機能があります。それは「集団で集中」するための場所です。今後のオフィスに求められる働き方を考えると、コラボレーションによって一つのモノをつくりだすための場所は必須になると思うからです。

新たな働き方を推進するうえで大切な思考は「重ねる」と「並べる」

新たな働き方を推進するうえで2つの思考が重要視されると思っています。一つは「重ねる」という思考。例えば近年注目されている働き方の一つである「ワーケーション」では、仕事と余暇のバランスが成功のポイントといわれています。しかし本当にそうでしょうか。実際は、仕事と余暇を「足す」のではなく、仕事と余暇を「重ねる」思考ができなければ斬新なアイデアの創造はできません。効率だけを考えて短期的に生産性を求めるのではなく、どんな環境下であっても余裕を持って五感を研ぎ澄ます技術が必要なのです。

もう一つが「並べる」という思考です。今後、ハイブリッドな働き方が主流になった場合、リモートでの参加者、オフィスからの参加者が混在することが一般的になります。大人数での会議の場合、スムーズな会話が難しくなることもあるでしょう。それを要因として新たなストレスが生じる可能性もあります。働く環境を向上させるために、オンラインとオフラインをストレスなく「並べる」技術はハード面、ソフト面とも企業にとって大きな命題となると思われます。

重要なのはワーカーの意思を最優先すること
「働きたい場所を選択できる仕組み」

米国ではGAFAGoogleAmazonFacebook/MetaApple)を中心としたIT大手企業でオフィス勤務を再開する動きが進んでいます。しかしこれは毎日出社を求めているわけではありません。あくまでも「リモートでできることはリモートで。オフィスでしかできないことはオフィスで」と選択の自由度を増やしただけに過ぎません。この考えは今後、多くの企業で採り入れられると思っています。その結果、ワークプレイスの定義自体が「物理的なオフィス」から「働く場所全般」へと変化すると思われます。重要なことはワーカーの意思を最優先すること。どれだけ「働きたい場所を選択できる仕組み」を確保できるか。その実現こそが良質な働く環境、ひいては企業の競争力につながると考えています。