Vol.5 ワーク・エンゲイジメントを高めるためには多様なシーンを想定したオフィスづくりが重要

ワーク・エンゲイジメントを高めるためには
多様なシーンを想定したオフィスづくりが重要

2022年4月取材
※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

コロナ禍でテレワークが急激に普及するなど、企業の働き方が大きく変化している。働き方の変化は、ワーカーのメンタルにどのような影響を与えるのか。今回は、長年にわたって職場のメンタルヘルスやワーク・エンゲイジメントの研究を行っている慶應義塾大学総合政策学部の島津明人教授にお話をお聞きした。

慶應義塾大学 総合政策学部教授 島津 明人 氏

慶應義塾大学
総合政策学部教授 島津 明人 氏

1969年、福井県生まれ。早稲田大学第一文学部心理学専修卒業後、早稲田大学大学院文学研究科心理学専攻修士課程を経て、博士後期課程修了。博士(文学)、臨床心理士、公認心理師。2019年4月より慶應義塾大学総合政策学部教授。著書に「新版ワーク・エンゲイジメント:ポジティブ・メンタルヘルスで活力ある毎日を」(労働調査会)、「ワーク・エンゲイジメント:『健全な仕事人間』とは」(ダイヤモンド社)、「Q&Aで学ぶワーク・エンゲイジメント できる職場のつくりかた」(金剛出版)など。

メンタルヘルスの研究の延長にワーク・エンゲイジメントがあった

私は、臨床心理学をベースにしたメンタルヘルスやバーンアウトの研究をしていました。バーンアウトとは、一生懸命に働きすぎることで鬱の状態になってしまう。いわゆる「燃え尽き症候群」のことです。そうした研究は医療の一部として行われてきたのですが、それだけでは限界が近いと感じていました。というのも、企業が従業員のメンタルヘルス問題を経営上の課題として真剣に考えていかないと、メンタルヘルス不調の根本的な解決にはつながらないからです。

そんな中で、オランダ・ユトレヒト大学のシャウフェリ教授が提唱したワーク・エンゲイジメントという概念に出会いました。ワーク・エンゲイジメントの定義は、「仕事に関連するポジティブで充実した心理状態であり、活力、熱意、没頭によって特徴づけられる」としています。その新しい概念を直接、シャウフェリ教授から学びたい。そんな強い想いで2005年にオランダに渡りました。帰国後は「日本の職場におけるワーク・エンゲイジメント」を専門に研究を続けています。

ワーク・エンゲイジメントには「組織の資源」と「個人の資源」が欠かせない

ワーク・エンゲイジメントを高める要因には、「組織の資源」と「個人の資源」の2種類の資源が存在します。裁量権の供与、職場内での信頼関係、上司からの良好なフィードバックなどが良質な資源にあたります。資源の充実はワーク・エンゲイジメントの高まりに大きく影響することが実証されており、機能していない組織は何らかの改善が必要です。

近年のテレワーク中心の働き方では、より自律的に働くことが求められます。上司からの指示をこなしているだけでは、モチベーションは大きく下がるでしょう。場合によっては健康面でも悪影響を与えてしまいます。その対策としては、自分の業務を「見える化」させ、業務を組み立てる技術を身につける必要があります。対して上司は、部下に対してポジティブに、迅速に、フィードバックすることが不可欠です。それこそが、部下の能力を向上させ、ワーク・エンゲイジメントを高めるポイントなのです。

個々の能力を発揮させる場は組織の生産性向上に寄与する

従業員が能力を発揮するためのパフォーマンスは、自分に課せられた職務を遂行する「役割内パフォーマンス」と自分の業務以外であっても職務として遂行する「役割外パフォーマンス」の2つに分類することができます。

これからの時代、与えられた業務をこなすだけではなく、創意工夫しながら新しい価値を見出していくことが求められます。主体的に業務に取り組む姿勢は周囲の人を巻き込み、結果的に組織としての生産性向上に影響を与えることができます。

次に、ワーク・エンゲイジメントとオフィスのあり方について考えていきましょう。オフィスには「物理的環境」と「社会的環境」があります。物理的環境とは、オフィスの広さや照明環境、音環境、家具などの働く環境のこと。それらはワーク・エンゲイジメントに大きく影響を与える。また、一日の中で座っている時間が長いほどワーク・エンゲイジメントが低くなるという研究結果も出ています。だからこそ働く環境に適したオフィスをつくる必要があるのです。

一方、社会的環境とはオフィスレイアウトや動線などを指します。少しでも交流を促すようなレイアウトや機能、仕組みをつくりだすことで、ワーク・エンゲイジメントを向上させることが可能です。

モチベーションを上げるためには3つの要素が重要になる

オフィスでモチベーションを上げるためには、3つの要素が重要です。一つは、自分のスキルを発揮できる場であること。従業員はそれぞれスキルや得意分野が異なります。自分の知見や知識を発揮できるような環境づくりが必要になります。次に、関係性を維持できる場です。人は孤立してしまうと健康面にも悪い影響を及ぼしてしまいます。ですから人と人のつながりを感じさせる仕掛けが必須になるのです。とはいえ、「密度の濃い人間関係」よりも「希薄な人間関係」を望む人もいます。ですから多様なシーンを想定する必要があるでしょう。三つ目は、自律性を高められる場です。オフィスで働くことでどれだけ業務の効率化が図れるか。多くの企業で導入されているABWはその一つといえます。ただし、ABWについては従業員の「居場所感」が低減される懸念も指摘されています。ですから時代に合わせながら「常に進化をし続けるオフィス」の構築が重要なのです。