Vol.6 AIとセンシング技術を使って個々の最適な「働く場」を提案する

AIとセンシング技術を使って個々の最適な「働く場」を提案する

2022年4月取材
※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

テレワークの急速な普及など、働き方が多様化する中でABW(Activity Based Working)を積極的に導入する企業が増えてきている。ABWの導入は、従業員の生産性向上にどの程度の影響を与えているのだろう。今回は、最先端のAIとセンシング技術を使ってオフィス環境を研究している芝浦工業大学情報工学科 新熊亮一教授にお話を伺った。

新熊 亮一 氏

芝浦工業大学
情報工学科教授 新熊 亮一 氏

2008年に米国WINLAB(Wireless Information Network Laboratory)客員研究員、帰国後2011年に京都大学情報学研究科准教授。2021年から芝浦工業大学情報工学科教授、同時にKDDI総合研究所招聘研究員。スマートシティから脳までを対象にした情報ネットワークの研究を行っている。電子情報通信学会フェロー。米国IEEEシニア会員。博士(工学)

学生時代から通信システムの研究を続けてきた

私は、学生時代から通信システムの研究を続けてきました。今でもその興味や研究の本質は変わっていません。「伝える」ことの興味は尽きることなく、卒業後も情報ネットワークの研究に進みました。京都大学情報学研究科では准教授として、「社会的関係性に基づいた通信ネットワークのデザイン」をテーマにした研究を行っています。

20214月に芝浦工業大学に着任。教授として自分の研究室を立ち上げ、「スマートシティにおける自動運転やロボットのための三次元センサネットワークと、AIIoTセキュリティ(ブロックチェーンなど)」「脳モデルに基づく情報配信システム」「カフェ空間からAI・ブロックチェーン企業とのコラボコンペまで: 変身するオフィス環境デザイン」といったテーマで研究をしています。

ホモジニアスなオフィスでは発展性や学びは生まれない

研究を続けていく中で、社会環境の一つとしてのオフィス空間に強い興味を持ちました。働く場がホモジニアス(均一)なシステムだった場合、管理は楽かもしれませんが、そこに発展性や学びは感じられません。従業員も働く面白みを体感できず、新しいアイデアが創出できないかもしれません。

特にヨーロッパでは、さまざまな形や色でオフィスが構成されています。多様性や個性を伸ばすことを目的にしており、個々が学びを得られるつくりになっています。つまりオフィス空間は、ABWのような多様な仕掛けの中でこそ発展性や学びが生まれるのだと思っています。

人の動きを研究する中で個々に最適なABWの研究を開始した

株式会社良品計画の協力のもと、AIの機能学習モデルとセンシングによる「ABW」の研究に着手しました。これは私が独自に開発した複数のセンサーユニット「3Dイメージセンサーネットワークシステム」を活用した世界でも類を見ないオフィス環境の研究となります。

センサーは車の自動運転などで使われるLIDARLight Detection and Ranging)を応用しています。それとAIのデバイスを組み合わせて3次元の画像を生成していきます。

芝浦工業大学

具体的な研究内容は、次の3つとなります。一つは、「200人規模の調査実施と機械学習モデルの構築」。これは200人程度を対象に属性や習慣、好み、作業目的などを記入してもらい、その場所を選んだ理由などのデータを機械学習モデルで蓄積していくというものです。二つ目は、「空間における作用と効果の関係解明」。空間内で、音楽をかける、家具を置く、植物を置く、といった室内要因が、生産性やコミュニケーションにどのように作用するかを検証するものです。最後は、「センシングによるオフィス作業者の生産性推定」です。3Dイメージセンサーでトラッキングをし、移動や滞在時間情報を組み合わせて生産性を推定する研究です。

次世代のABWの課題は考えが違う人同士を組み合わせること

今回、「オフィス環境における適切な作業スポット」に関する調査を行いました[電子情報通信学会20225SeMI研究会]。使用したデータは18歳~61歳の男女235人。アンケート項目(属性)は、「年齢」「性別」「血液型」「出身地」「居住地」「学部」「職業」「最終学歴」「好きな食べ物」「好きなスポーツ」「好きな観光地」の11項目。加えて作業目的となる「資料作成」「資料を読む」「ミーティング」「非公開な会話」「正式な仕事の相談」「プレゼンテーション」「ブレイク」「創作的活動」「やる気をもらう」の9項目。この関係データ生成後に、適していると思われる作業スポットを選択してもらいました。選択肢となる12の作業スポットは実際に研究室内につくったオフィススペースのイメージ画像を用いました。

それから回答者を総当たりでペアを作成。各属性の一致を確認していきます。属性が一致していた場合は1を、不一致だった場合は0と置き換えていきました。

AIを用いた推定の結果、属性の一致度が高いと選択した作業スポットも高い精度で一致することが分かりました。普段の生活の中でも、旅行先やお気に入りのレストランなどは個々の相性がいいと似通ってくるもの。きっとオフィス内でも同じことなのでしょう。その結果を踏まえると、自由に座らせると相性のいい人同士が近くに集まる可能性が高いということです。

それによる「片寄り」が出てしまうというデメリットも頭に入れておく必要があります。本来のオフィスのあり方を考えると、感覚が異なる人同士が集まる仕組みのほうが重要だと思うからです。いかに考えが違う人同士を組み合わせるか。それが将来的なABWのテーマになるかもしれません。そして今後もAIとセンシングの技術を活用して、より良い社会をデザインしていきたいと思います。