Vol.7 オフィスは時代とともに変化する。だからこそ今までと違ったスパイスを加えることが重要

オフィスは時代とともに変化する。
だからこそ今までと違ったスパイスを加えることが重要

2022年6月取材
※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

コロナ禍で急速に進んだテレワーク。その導入によってコミュニケーションや人材育成などにおける問題が顕在化した企業も少なくない。オフィスの役割が変わりつつある中で、今後はオフィスの存在意義をどこに求めるべきなのか。長年にわたって、組織マネジメントやオフィスの研究を行っている東京工業大学の妹尾大教授にお話をお聞きした。

妹尾 大 氏

東京工業大学 工学院 経営工学系
教授 妹尾 大 氏

1998年一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得。北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科助手を経て、2002年から東京工業大学大学院社会理工学研究科助教授。現在、東京工業大学工学院経営工学系教授。2007年度東工大教育賞優秀賞を受賞。専門分野は経営組織論、経営戦略論、情報・知識システム。主な著書に、「魔法のようなオフィス革命」(潮田邦夫・妹尾大 共著、河出書房新社、2007年)、「建築と知的生産性?知恵を創造する建築」(分担、テツアドー出版、2010年)、など。

群集心理を学び、組織論に興味を持ち野中郁次郎先生に師事する

高校生の頃に読んだ本で社会心理学に興味を持ち、一橋大学社会学部に入学しました。しかし、所属ゼミを選ぶ段階で、ぴったりくるゼミが社会学部では開講されていなかったため、興味のあった群集心理に類似していそうな商学部のマーケティングのゼミに所属することにしました。そこで学ぶうちに、「組織論」へと興味が移り、大学院では、「知識経営(ナレッジ・マネジメント)の生みの親」として知られる野中郁次郎先生に師事しました。博士課程修了のタイミングで、新設された北陸先端科学技術大学院大学の知識科学研究科に助手として参加しました。

座席配置の工夫で生産性を高めることができそうだ

博士課程での私の研究テーマは「製品開発組織におけるリーダーシップ」でした。ソフトウェア開発組織を対象とした研究を続ける中で、高成果チームと低成果チームでは、座席のレイアウトに大きな違いがあることを発見しました。高成果チームは、机を囲んで向き合う島型対向ではなく、通路をはさんで背中合わせになるレイアウトを用いている傾向があったのです。机の沿岸部分を環状につなげているというイメージから、この新しいレイアウトを「リム型」と名付けました。メンバー同士で相談したいことが持ち上がれば、モニターをどけたり、席を移動したりしなくとも、後ろを振り返るだけですぐに相談できます。一緒に同一画面を見ながら操作することも容易です。他メンバーの状況を肌で感じ、頻繁に打ち合わせを行うことを容易にするレイアウトでした。リーダーの振る舞いだけでなく、座席配置を変えることでも生産性に影響を与えることができるのではないか。そうした気づきから、オフィスに興味を持つようになりました。

これからの時代は、人を引き寄せるオープンなオフィスが増えてくる

ひと昔前と比べると、オフィスの役割は大きく異なってきているようです。昔は、大衆が求めているモノを工場で大量生産する「生産主導」のビジネスモデルが主流であり、オフィスは工場に付設された管理の場所でした。ですから、工場の敷地内で、外界から隔絶していても、いわば「閉じられた世界」でも全く問題はなかったわけです。

しかし、現在は「革新主導」の時代です。顧客ニーズは多様になり、しかも移り気になりました。決まったモノを作り続けるのではなく、積極的にアンテナを張り巡らせて外界の情報をキャッチすることが重要となります。工場の敷地内ではなく、もっと顧客に近い場所にオフィスを設置しなければなりません。顧客の生活空間のすぐそばに駆け付けることのできる場所、または顧客を自らの場所に引き寄せる魅力的でオープンなオフィスが増えています。

コンセプト次第で、同じ空間が台所にもオープンキッチンスタジオにもなりうる

経営学に、「ドメイン・コンセンサス」という概念があります。企業とステークホルダー間で合意された活動領域のことです。「経営者」が思っている企業ドメインと、「従業員」や「顧客」が思っている企業ドメインが一致していることは極めて稀であり、多くの場合はズレています。ですから、オフィスコンセプトを考える際には、重なっている領域を増やそうとする努力が必要です。

オフィスコンセプトを、自社のビジョンやミッションをベースに策定することは一見、当たり前のように思えますが、それがはたして従業員や顧客にとっても魅力のあるコンセプトになっているか、再検討が必要です。オフィスコンセプトは時代によって変化していくもの。自社のビジョンやミッションとともに、「シグナル」に対する従業員や顧客の反応も取り入れて頻繁に修正を繰り返すことがオフィスコンセプトにとって大事なことだと思っています。

例えば「料理をする空間の構築」をイメージしてみましょう。ただ料理が作れればいいのか、それとも会話も楽しみたいのか。料理人は裏方なのか、それともパフォーマーなのか。コンセプト次第で同じ空間が、「台所」にもなりますし、「オープンキッチンスタジオ」にもなりえます。その空間を使う人、そしてその空間を訪れる人は、空間レイアウトの背後にあるメッセージを受け取るのです。

オフィスの必要性をもう一回、見直してみる

多くの企業でテレワークが促進された結果、コミュニケーション不足や人材育成遅延などの問題が顕在化しています。「やはり対面で集まるオフィス空間が必要だ」の論調も増えてきました。その意味で、コロナ禍はオフィスの必要性を議論する良い機会をもたらしたといえるでしょう。

そこできちんと考えたいのは、「コミュニケーション不足や人材育成の問題は、オフィス空間を利用させることだけで解決できるのだろうか」ということです。コロナ禍の生活で、学生は人と直接会わないことが日常的になっています。そんな学生たちが社会人になったときに、オフィスという箱を用意するだけで、コミュニケーションが活発になるとは到底思えません。オフィス空間の他に、各種のツールやルール、イベント等に工夫を凝らすことが必要となるでしょう。オフィスづくりには時代に合わせたスパイスを加えなくては、期待する成果を得ることはできません。