今後のオフィスを考える

2022年6月取材記事から
※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

近年、働き方の課題として「コミュニケーションの向上」をあげる企業は少なくない。テレワークが普及する中で、一体どのようなオフィスを構築すればいいのか。ここでは東京造形大学で室内建築を専門領域にしている地主廣明教授にお話を伺った。

地主 廣明氏

東京造形大学 室内建築専攻領域
教授 地主 廣明 氏

1981年、東京造形大学 造形学部 デザイン学科 室内建築専攻卒業。プラス株式会社入社後、オフィス環境デザイン、チーフデザイナーを経て、プラス・オフィス環境研究所所長歴任。1987年、東京造形大学専任講師。現在は東京造形大学 造形学部 デザイン学科 室内建築専攻領域教授。一貫してオフィスデザインやオフィスデザイン史を研究している。

オフィスデザインの世界に入ったきっかけ

学生時代は家具、インテリア、建築を学び、ディスプレィデザイナーの道を志していました。卒業後は縁あってオフィス家具メーカーに入社しました。ちょうど商社からメーカーになる移行時期でインハウスのデザイナーを募集していたのです。ところが実際の業務はオフィスレイアウト。机と家具の配置です。想像していた仕事と全然違うと思い始めていたころ、参加した講習会で「オフィスランドスケープ※1」の概念を知りました。衝撃でしたね。まだ日本では広まってない分野でもあり、第一人者になれる可能性もある。真剣に取り組む価値があると思いました。それがオフィスデザインの世界に足を踏み入れることになったきっかけです。
※1 固定の間仕切りを使わず、ローパーテーション・家具・観葉植物などをランダムに配置して、開放的でありながらプライバシーを適度に保つオフィスレイアウト。1960年代に、ドイツのコンサルティング会社が発案したといわれている。名称は、敷地計画(ランドスケープ)に似たコンセプトを持つことに由来する。

一般的な日本企業のオフィスの特長

オフィスランドスケープには細かいルールが存在します。それをしっかりとプログラミングして、デスクを配置していくわけです。
欧米企業は「個」が優先されるため、結果、コミュニケーション重視のレイアウトが出来上がります。一方、日本企業の「個」はあくまでもグループありきのもの。そのため組織や指示などのマネジメント系統の部分が重要視されていました。なので、対向島型の今でも多いのですが、興味深かったのは、日本でオフィスランドスケープの理論に則り配置すると、業務の流れと実際のコミュニケーションの流れが一致しているので、結局、対向島型の配置になってしまうのです。

オフィスには適切な家具を用意する

オフィスファニチャーは、特定の場所や時間、特定の人が使用することが前提になっています。さらに「働く」行為をサポートするように人間工学の要素が加わるようになりました。そこで何が誕生したかというと「長時間座っても疲れない椅子」でした。つまり長時間仕事をすることが前提としての製品なわけです。社会学で言う「社会集中型」です。目的が先にあって、そこに向けてつくられた椅子です。

一方で、先進的といわれる多くの組織では、ABW※2が採用されています。それは言ってみれば「社会離反型」です。つまり、そこに集まるのが目的、というより、そこから旅立つ空間なのです。ですので、長時間の滞在は目的としていません。だから集中固定型の家具は必要ないのです。ABWの空間がベンチやソファ、カウンター席などで構成されているのにはそんな意味があります。
※2 ABWとは(Activity Based Working)の頭文字から生まれた用語。仕事内容や気分に合わせて、働く場所や時間を自由に選ぶ働き方のこと。ABWの広義では自宅やカフェ、サテライトオフィスなども仕事場となる。

ナレッジワークのためのワークスペースは、今後は一層、社会離反型のスペースとなるでしょう。それが今までのオフィスとの違いだと思っています。

フリーアドレスとABWの違い

本来、フリーアドレスはアメリカで生まれたノンテリトリアルオフィスが起源になります。アメリカでは当時、キュービクルオフィス※3が一般的でした。一日ブースに囲まれていたのでは人との出会いもなく、アイデアも創出しにくい。そんな思いが膨れ上がり、ある研究者がパーティションを取っ払い、むしろオープンな中で偶発的な出会いの連続でコミュニケーションする方が、知的生産性が上がると考えたのです。それがノンテリトリアルオフィスの原点であり、そしてABWの原点の一つとなっています。
※3 デスクの周囲をパーテーションで区切り、個別のワークスペースをつくるレイアウト。プライバシーを優先しているため、集中作業はもちろん、守秘情報を扱う弁護士事務所や大学の研究室などに適している。

一方、日本のフリーアドレスは在席率に基づいた考えが原点になっています。例えば、100人分の席を用意しても2割は外出しているとなると、80人分の席で十分なわけです。固定席ではなくデスクをシェアする。なので、ノンテリトリアルオフィス=ABWの目的とは少し異なります。

ABWとは知的生産性を上げるために必要に応じて働く場所を選択すること。要は「好きな時間に、好きな人と、好きな場所で働く」ことです。このように定義すると、仕事をする場所はカフェでも、新幹線の中でも、自宅でもどこでもいいわけです。その働く場所をいかに見つけるか、いかに用意するのかが本来の「働き方改革」を前提にした「働く場所」ということになります。

コミュニケーションを向上させるオフィス

18世紀のイギリスにウィリアム・シェンストーン※4という詩人・庭園師がいました。彼は庭園を造る際に「目が通るところに足が通ってはいけない」という名言を残しています。通常、A地点からB地点へ行くために時間効率を考えると直線距離が望ましいのですが、彼はあえて動線を曲げることを提唱しました。曲げることで色々な景色を見て、色々な人と出会い、経験する。効率ではなくそれによって生まれる効果を重視したのです。
※4 英国の詩人(1714~1763年)。シュロップシャー州リーソウズの邸宅の庭園をつくった。「園芸に関する未接続の思想」の理論を持つ。

この手法はオフィスにも同じことがいえます。全員が机に座っていたらコミュニケーションは発生しません。私は過去に無意識にコミュニケーションを活性化させるための「迷路動線」というコンセプトでオフィスを提案したことがあります。そして動線に広場を加えるなどしてワーカーたちが自然に出会うオフィスを数多く手がけてきました。

そこまでできない場合は、通路に少しズレを入れてみてはいかがでしょうか。人と偶発的に出会えるズレをどれくらいつくれるか。それがオフィス内でコミュニケーションを向上させる一つのヒントだと思います。

オフィスで知的生産性を高めるには

環境が知的生産性に与える影響を計測するのは非常に難題ですね。それどころか環境だけでは知的生産性に寄与しないという研究結果も数多くあります。しかしながら他方で、机の形や幅、座った時の角度などが、コミュニケーションに大きな影響を与えるという結果も数多くあります。つまり、オフィス環境は生産性に直接寄与しない。でも、生産性に寄与する"人間"を活性化したりコミュニケーションに影響を与えることは出来ます。そのような"人"を支援するためのオフィスづくりをする、と考えるべきだと思います。

今後の課題は、「イシュー・ドリブン」から「ビジョン・ドリブン」※5への転換。目に見える課題からモノをつくるのではなく、つくったモノの使い方をユーザーに考えさせる。そうすることで新しい働き方を創出させる。そんな新たなオフィスデザインを研究していきたいと思っています。
※5 イシュー・ドリブンは課題をもとにした意思決定のこと。「考えてから動く」思考であるが、急速に発展しているAIなどに淘汰されることが懸念されている。一方、ビジョン・ドリブンは自分が思い描くビジョンを起点に考える思考法。あえて非常識的な発想をすることがポイントだといわれている。