Vol.10 世の中の問題を解決するために自発的な行動に誘導し別解に導いていく「仕掛学」

世の中の問題を解決するために
自発的な行動に誘導し別解に導いていく「仕掛学」

2022年11月取材記事から
※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

ちょっとした仕掛けで「自発的な行動に誘導する」。それが大阪大学の松村真宏教授が提唱する「仕掛学」だ。ここでは、同氏が「仕掛学」を考案した背景や過去に実践したいくつかの事例を紹介する。

松村 真宏 氏

大阪大学大学院 経済学研究科
教授 松村 真宏 氏

1998年大阪大学基礎工学部卒業。2003年東京大学大学院工学系研究科修了。博士(工学)。2017年より大阪大学大学院経済学研究科教授。「仕掛学」を創始し、仕掛学の研究・実装・普及に従事。主な著書は『仕掛学』(東洋経済新報社)、『人を動かす「仕掛け」』(PHP研究所)、『しかけは世界を変える!!』(徳間書店)、『松村式 子育て仕掛学』(主婦の友社)など。

膨大なデータが必要な人工知能からデータ不要の仕掛けに研究対象を移す

学生時代から人工知能システム(AI)の研究をしてきました。AIの研究は幅広い知識と専門的なスキル、そして膨大なデータ量が必要です。そうして生まれた研究成果は実用化されたり、研究が続けられたりとさまざまです。さらに研究が続けられる場合には、より精度の高いデータが必要となります。

このようにAIの研究成果はデータ量に左右されてしまいます。そこで一旦、AIの領域から離れて自分のオリジナリティを取り入れた研究ができないかを考えていました。そんな中で、興味深いものを大阪市の天王寺動物園で見つけることができたのです。それは園内のゾウのエリアにあった筒の仕掛けです。望遠鏡をイメージさせるものでした。今思えば子供たちにとって見やすい高さに調整していたのでしょう。子供たちは笑いながらその筒を覗いていました。とても気になりますよね。私もごく普通に覗いてみたのです。筒の先には精巧につくられたゾウのフンが置かれていました。そのとき「データに頼らなくても人の行動は変えることができる」、そう感じたのです。そうした仕掛けに注目してみると普段の生活の中に色々なヒントがあることもわかりました。それから仕掛けに興味を持ち、本格的な学問としての研究をスタートさせたのです。

動物園の筒

動物園の筒

仕掛けの最大の特徴は目的の達成に向けて緩やかな誘導を行うこと

仕掛けを行うにあたり、命令的なアプローチでは反感を招いてしまう恐れがあります。天王寺動物園の仕掛けには、「筒を覗くとゾウのフンが見えます」といった説明書きは一切ありませんでした。つまり「した方がいい」ではなく、「ついしたくなる」ように緩やかな誘導を行うことが特徴なのです。

また、仕掛けには必ず目的が存在しています。せっかく人の行動を変えても、目的が達成できなければ意味がありません。ちなみに天王寺動物園の仕掛けの目的は、生態展示に気づいてもらうことでした。

よく改善との違いを問われることがあります。「改善」とは劣っている部分を繰り返し改めていくこと。「仕掛け」は、本人が自主的に楽しみながら行動を起こす。そして行動の結果は本人の意図に関わらず問題解決につながっているというものです。今まで考えていなかった別解を見つけ出すという点で、改善と仕掛けは大きく異なっていると思います。

ちょっとした仕掛けによって自発的な行動に誘導する

ちょっとした仕掛けによって、自発的な行動に誘導することを「仕掛学」の定義としています。あくまでも自然な流れでのアプローチとします。

例えば、会社のキャビネットがいつも整理整頓されていないという課題があったとしましょう。この課題の解決のためにどのような仕掛けが必要だと思いますか?「書類はきちんと並べましょう」と書いた張り紙を貼りますか?おそらく張り紙には大きな効果は期待できないと思います。なぜなら整理整頓が正しいことは張り紙を見なくてもみんなわかっていることだからです。ルールを知っているのにできていないことが課題なのです。

並べたファイルボックスの背表紙に一本の太い斜線を引いてみます。たったこれだけで課題は解決します。直線は順番通りに揃っていないと気持ちが悪いもの。それからはきちんと並べようという意識が生まれ、「自主的な整理」ができるのです。課題解決のための仕掛けはわかりやすく、多くの人が共感できる実体験を活用するのがいいでしょう。さらに言えば、仕掛け自体にはあまりクリエイティビティを重視しない方が望ましいと思っています。デザイン性だけに注目が集まっても仕掛けには影響がないからです。

ファイルボックス

ファイルボックス

仕掛け1

コロナ発生前の事例です。大学病院に「真実の口」を象った自動消毒器を設置したことがあります。口に手を入れるとセンサーが反応して消毒液が噴霧される仕組みです。その形状から、多くの人が手を入れるようになりました。当時はアルコール消毒をする意識は低かったのですが、仕掛け後は来院者の多くが消毒をする習慣を身につけました。

ある会社の食堂では、「真実の口」と「消毒スタンド」を週ごとに交互に置いて、人の行動の「慣れ」について調査したことがあります。最初は物珍しさもあって多くの人が「真実の口」に手を入れて消毒をしていましたが、最終的には普通の「消毒スタンド」でも同様に消毒を行うようになりました。何かの行動に誘導したい場合、最初はインパクトのある仕掛けが有効で、一度習慣化してしまったら仕掛けをしなくても効果は継続できるということがわかりました。

真実の口

真実の口

仕掛け2

日常生活の中で、ゴミが散乱している光景は誰もが目にしたことがあるはずです。その問題を解決するために、ゴミ箱の上にバスケットボールのゴールを付けてみました。効果は絶大でした。たったそれだけのことでゴミがきちんとゴミ箱の中に捨てられるようになったのです。仕掛けの目的は「バスケットボールを楽しむ」ことにあります。これを目的の二重性と呼んでいます。

ゴミ箱

ゴミ箱

仕掛け3

これはオフィスの休憩室に無料のカプセルトイを設置した事例です。カプセルトイの中身は景品とメッセージが半分ずつ。メッセージの内容は「その場でスクワット」、「近くにいる人と会話」といった遊び心を取り入れながらコミュニケーションにつながるものにしました。そして「メッセージ通りに行動した」と「行動しなかった」に分けて空のケースを回収しました。するとかなりの方が、「メッセージ通りに行動した」ことがわかったのです。これは心理学のコミットメント効果の一つといえます。コミットメント効果とは、「やらなくてはいけないことを宣言することで、やり遂げようとする心理的効果」のことです。仕掛けは、心理学や行動学との相性もいいので、組み合わせて行うといいかもしれません。

仕掛け4

ある公共空間ではコミュニケーションの活性化を目的に、カフェカウンターにコーヒーマシンを置いていました。しかしマシンをただ設置するだけでは会話が続かないという相談を受けて、コーヒー豆とコーヒーミルに置き換えてみたんです。そうするとコーヒー豆の挽き方がわからないといったことをきっかけに、豆を挽き終わるまでの時間が会話タイムになったそうです。「この場所で会話をしてください」という命令口調のメッセージだったら、ここまでの満足のいく結果にはならなかったと思います。

仕掛け5

健康経営を掲げた会社の仕掛けの事例です。近隣から通勤している社員に高価なクロスバイクを貸し出したそうです。早速、社員は通勤に使います。するとクロスバイクは車体も軽く、通勤ラッシュも回避できて快適との声が続出。加えてダイエット効果もあるため、今では、自分でクロスバイクを購入して自転車通勤を続ける人が増えたそうです。この仕掛けのポイントは、会社からは一言も「健康のために運動をしましょう」と口にしていない点にあります。

仕掛け6

定時になると同じ映画のテーマ曲を流し続けるという仕掛けを行った会社がありました。そして定時後に仕事を続ける社員には申請書の提出を義務付けました。そうすることで、定時までに仕事を終わらせる習慣がついたそうです。メリハリをつけて集中することで、残業も減り、業務の質も上がったと聞いています。

ある病院では、日勤と夜勤の看護師さんの入れ替えがスムーズにいかないという悩みを抱えていました。そこで勤務時間に合わせてユニフォームの色を変える仕掛けを行ったそうです。そうすることで勤務時間が終了している看護師さんがまだ働いているという事実が一目瞭然になります。結果的に残業時間を大幅に削減できたとのことです。

仕掛け7

ある大学では、コロナ禍でオンライン授業が浸透したことを理由に、学校に来ない学生が増えていました。その問題を解決するために大学構内にオンライン授業用のブースをつくったのです。それだけで学生の通学率が増えました。学校側からすると、よりキャンパスライフを楽しんでもらいたいと願っていましたし、色々な人と会話をすることで刺激を与えあう人間関係の形成を促進したいと考えていたので、その目的は十分に達成できました。

これは一般企業でも通用する事例だと思います。楽しく会社に来てもらうための仕掛けをつくる。それはオフィス担当者にとって永遠のテーマになりそうですね。

仕掛けには問題に気づくスキルも必要です。最初は、居心地の悪さを感じていたことでも、いつの間にか慣れ親しんでしまうことは少なくないからです。例えば、通勤電車に乗っている自分を思い浮かべてみてください。混んでいるのが当たり前だと思っていませんか? 日常生活を改めて見つめ直してみると、仕掛けが必要なことが溢れているのです。

仕掛学はあらゆる分野で力を発揮できます。また、対象が人であればどんなことでも適用できます。それほどコストもかかりません。現在、私は「社員の行動を変える仕掛け」「会議の際に発言を増やすための仕掛け」「商品開発やキャンペーンを成功に導くための仕掛け」など、多くの企業や団体と共同研究を進めています。

「仕掛学」。人の行動に変化を求めるとき、この手法も念頭に入れておくといいかもしれません。