不動産とデータサイエンス

2022年11月取材記事から
※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

近年、ビッグデータを活用してエビデンスに基づいた提案を行う「データサイエンス」が注目を集めている。今回は、データサイエンスを使って観光市場や土地・住宅市場で実証分析を行っている立正大学データサイエンス学部の大井達雄教授にお話しを伺った。

大井 達雄 氏

立正大学 データサイエンス学部
教授 大井 達雄 氏

1994年立命館大学経営学部卒業。2003年鈴鹿国際大学国際学部特任講師、2004年藍野大学医療保健学部准教授、2011年和歌山大学観光学部准教授、2016年和歌山大学観光学部教授。2021年から現職。研究テーマは、観光市場や土地・住宅市場を対象に、統計データを使用した実証分析。近年は、データサイエンスを活用した「企業が所有、利用する不動産の価値向上を目的とした企業用不動産マネジメント」の研究にも取り組んでいる。

データサイエンスとの関わり

学生時代は立命館大学大学院で経営学を専攻していました。私の指導教授が農地や土地統計の研究をしていた関係で、私も不動産分野の統計研究に進んだのです。もう25年以上前になりますね。当時はまだインターネットが普及していないこともあり、企業不動産関連の統計データを入手する術もなくて。ただ総務省統計局の「住宅・土地統計調査」の調査結果は公開されていましたので、住居費負担の実態や住宅取得能力の計測などを定量的に行っていました。しかし研究を続ける中で、不動産に関してもっと経営学的なアプローチができないかとずっと思っていまして。研究を進めていく中で、色々な方の学術論文を読み漁りました。不思議なのは経営学的な視点で不動産を語った論文が少なかったことです。それで海外の論文に手を広げたのですが、そこでCREというキーワードに出会いました。それは「土地を売却して利益を上げる」ことではなく、「土地や不動産を効果的に活用して企業価値を向上させる」という考え方です。それこそが私が求めていた研究でした。そこから、データ分析、今でいうところのデータサイエンスを活用した研究を始めようと思ったのです。

日本でのデータサイエンス

データサイエンスという用語は決して新しいものではありません。しかし、日本では十分に理解されていないというのが現状です。膨大なデータを分析する人材、いわゆるデータサイエンティストといわれる人たちは、まだまだ数が足りていません。日本のデータサイエンスの分野は、世界に比べると遅れをとっているといえるでしょう。このような遅れが日本の産業力の低下を招いている原因の一つといえます。

以前は和歌山大学でツーリズムを主体にしたデータサイエンスを研究していました。観光地も不動産の一つとして考えたのです。例えば、GPSの位置情報を活用して、観光地での人流データを分析。観光振興において、曜日や時間帯、イベントの有無といったさまざまな要素と組み合わせることで、地域で抱えていた課題に対して「解」を導き出してきました。

CREFMは数値化しやすい部分がたくさんあります。しかし、残念ながら不動産の分野でデータサイエンスを実践している研究者は日本ではまだ数えるほどしかいません。縁あって、立正大学でデータサイエンスを学ぶ専門の学部を設立してもらいました。これからCREFMのデータ分析に精通した人材育成にも努めていきたいと思います。

データサイエンスとオフィス

学生にはもっと働く環境に目を向けてほしいですね。会社説明会などで企業に訪問した際にはその職場環境をしっかりと見ておくことを勧めています。それが今後の視野の広がりに影響を与えるはずだと思っているからです。

もちろんオフィスは見た目のイメージだけではありません。最近は、人感センサーとAIを組み合わせて、通路を通った回数や多目的エリアで会話をした時間などを計測。その分析データを今後のオフィス構築に活かすといった研究も行われています。どのようにインジケーターを定めるかがポイントですね。インジケーターはエビデンスの土台となるものです。そしてインジケーターは調査の目的ごとに変えていく必要があります。データを可視化することで説得力のある提案が可能になります。

企業各社はコロナ禍でテレワークを導入したり、出社日数を調整したり、オフィスの中に集中ブースをつくったりと、色々な施策を行ってきました。コロナが収束したときにこれらの施策を意味もなくコロナ前の環境に戻すのか、それともこの経験をもとに新たな働き方を導き出すのか。真剣に考えるべき問題ですね。

オフィスの存在意義とは、今までにない価値をどれだけ付加できるかではないでしょうか。例えば情報共有の場、例えばスキルアップの場。現に海外の企業ではオフィスの魅力をどのように高めていくべきかが経営課題の一つになっているようです。

これからのデータサイエンスに求められること

日々の活動の中で大量のデータを取得し、蓄積することは、以前と比べると楽になりました。しかし、それらのビッグデータは単なる原石にすぎません。そこからデータをクレンジングする必要があります。クレンジングをしないままAIに投入しても精度の高い分析結果を得ることはできないからです。不要なデータの見極めや精査する能力は一つの才能です。知見はもちろん、業界や業務に対する知識も必要です。立正大学データサイエンス学部では、これからの時代にあったデータサイエンティストを創出できるような講義を行っています。もちろんデータの分析や解析、プログラミングといったスキルは必要です。しかしそれだけでは不十分で、その情報をどのようにビジネスに活用するかの企画力や提案力も求められます。だからこそデータサイエンスは理系の学生だけに限られた学問ではないと思っています。

とはいえデータの扱いに慣れていない中で、いきなりビッグデータの収集や分析はハードルが高いかもしれません。そこでまずは社内アンケート調査から始めてみることを提案します。今の時代、紙を配布しなくとも、ネットを利用した大規模なアンケートの実施は可能です。そこからデータを収集する習慣を身につけてみてはいかがでしょう。さらに調査結果から何らかの改善が実現できれば。そんなちょっとした行動がデータサイエンスの第一歩に繋がると思っています。

⽤語解説

データサイエンス
数学、統計学、情報工学、アルゴリズムといった多岐にわたるアプローチを用いて、社会やビジネスに役立つ価値を可視化した分析をする学問のこと。昨今のビッグデータを活用できるITインフラが整ったことやインターネットの普及によるデータの収集量が増えたことなどを理由に急速な成長を見せている。

データサイエンティスト
データサイエンスの専門家のこと。①課題の抽出、②データの集積・分析、③課題の提案、などを行う。活用範囲は広く、同じデータであってもデータサイエンティストによって提案内容や効果が大きく異なることもある。日本では、2017年に滋賀大学で初めてデータサイエンス専門の学部が誕生した。以降データサイエンス教育の支援が進められているが、まだまだ足りておらず、今後の育成プログラムが求められている。

CRE(Corporate Real Estate)
企業不動産。企業が事業を継続するために保有もしくは賃貸借している土地や建物のことで、オフィスや工場、倉庫、福利厚生施設なども含まれる。これらの不動産を効果的に活用することで企業価値を高めることが可能となる。CRE戦略の効果として、企業が使用する不動産のコスト削減、キャッシュ・イン・フローの改善、経営リスクの分散化、ブランディングの向上などが挙げられる。

FM
ファシリティマネジメント。ファシリティ(土地、建物、構築物、設備等)全てを経営にとって最適な状態(コスト最小、効果最大)で保有し、賃借し、使用し、運営し、維持するための総合的な経営活動。経営組織のなかで、事業(ビジネス)を支える4つの機能分野(人事、ICT、財務、FM)は、経営を支える基盤として位置づけられと考えられている。

インジケーター
標識、計器、表示器などの意味を持つ。ここでは対象の状態を知るための指標を指す。