Vol.12 時間や空間の使い方も多様性の一つ。今後は俯瞰的に物事を見る力が重要になる

時間や空間の使い方も多様性の一つ。
今後は俯瞰的に物事を見る力が重要になる

2023年2月取材記事から
※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

組織行動論、ワークプレイス、コワーキングスペース、コミュニケーションといったキーワードで研究を重ね、数々の論文を発表してきた北海道大学大学院の阿部智和准教授。今回の取材では、それら研究の概要、研究を通して自身が考える理想的な働き方についてお話を伺った。

阿部 智和 氏

北海道大学大学院 経済学研究院
准教授 阿部 智和 氏

一橋大学大学院商学研究科単位修得退学、博士(商学)。2007年4月、長崎大学経済学部講師。2008年10月、長崎大学経済学部准教授。2011年4月、北海道大学大学院経済学研究科准教授。2017年4月、北海道大学大学院経済学研究院准教授。現在に至る。主な発表論文に、「オフィス空間に関する認識と組織内コミュニケーションの関係」「オフィス空間のデザイン研究のレビュー」「日本のコワーキングスペースの現状」などがある。

働き方の調査をきっかけにオフィスのあり方に興味を持つ

20年ほど前の話になりますが、ゲーム会社の開発チームを対象にした新入社員教育に関する調査を実施したことがあります。その開発チームでは、技術面だけの育成ではなく、クリエイティブ面や企画面での指導を重視していました。そのため先輩社員は新入社員とのコミュニケーションを密に取る必要がありました。それを支える要因の一つが、オフィスレイアウトの工夫だったのです。そこでは、容易に席の移動ができるレイアウトや即座に集まれる場を構築していました。それによって仕事をスムーズに進めることを可能にしたのです。

その後も、調査対象の会社を増やしながら、「オフィス内の距離感や開放感がワーカーに与える影響」などの調査を行ってきました。これらの調査を通じて「オフィス」をキーワードにした研究を進める意義を見いだすことができ、それが現在の研究にもつながっています。今では、ワークプレイス、コワーキングスペース、コミュニケーション、イノベーションといったキーワードを中心とした研究を続けています。

Eメールは、相手との距離に関係なく効果的に使われる

オフィスの研究を続けていくことで、米国マサチューセッツ工科大学のトーマス・J・アレンが唱えた「アレン曲線」の研究成果を再認識することができました。それは、自分から6フィート(約1.8メートル)離れた席の相手と60フィート(約18メートル)離れた相手とでは、明らかに前者の方がコミュニケーションを多く取っているというものです。正確な距離はともかく、現在もその傾向は変わっていません。

対面だけではなく、Eメールでの距離との関係性も調べました。結論は、Eメールを出す頻度と相手との距離は全く関係ないという結果でした。これは予想通りでしたね。たとえ席が隣り合っていても積極的にEメールを発信する。その理由の多くは会話の補填や内容確認というものでした。

創造性や生産性に必要なのは、ハード面なのか、ソフト面なのか

創造性や生産性の向上に必要なのは何だと思いますか? 一つは、オフィスの設備や機能、美観といったハード面だと主張する考えがあります。使い勝手の良いスペースや五感を刺激するようなスペースを用意することによって、良質なコミュニケーションが創出される。結果として創造性や生産性の向上に繋げられるというものです。

しかし一昔前には、「自席を離れて会話を楽しんでいること=業務をサボっている」と結びつけてしまうマネジャーはたくさん存在していました。今でもそれに近い考え方を持つマネジャーが全くいないとは言い切れません。どんなにオフィスを整備してもマネジャーたちの考え方がそれに追い付いていないと意味がありません。つまりマネジャーたちの発想の転換も重要なポイントといえるのです。

一方で、運営側のマネジメントこそ最も重要だという考えもあります。特にコワーキングスペースのように多様な人材が集まる場に顕著にみられるようですが、あくまでもハード面よりもソフト面。例えば、交流会や勉強会といったさまざまなイベントを積極的に開催することで、その場に集うもの同士のコミュニケーションをつくり出すというものです。

オフィスへの考え方は多種多様です。私が言いたいのは、正解は一つではないということ。どちらか一方に傾くのではなく、その両面を考えた運用が重要だと思っています。

「管理」と「自立」をバランス良く使い分けることが重要

今まで、日本国内で行われてきた、オフィスと働き方の研究といえば、建築家やデザイナーなどデザイン側からの視点、もしくは環境心理学をベースにしたものが多かったように思えます。環境心理学とは環境と人間行動の相互関係を調べる実証科学のことです。近年は、経営学の視点から行われた研究もいくつか見られます。先に述べた通りなのですが、ハードとソフトの両面を視野に入れて考えていくうえでは、これらいずれの研究も重要なものです。

ここからは、作業用の個人ブースを例にとってお話ししてみましょう。確かに、個人ブースは集中作業を行うのに最適です。しかし単に個人用の作業ブースを増やすだけで生産性に寄与するものでしょうか。逆に、個人用の作業ブースを増やしたことで、個々のワーカーの行動が見えにくくなってしまう。そんな新たな問題に悩んでいる企業も多いと聞いたことがあります。行動が見えにくいという点ではリモートワークも同様ですね。今までは、同じ時間や空間で働くことが前提でしたから、部下の行動の観察は容易でした。それを判断基準として部下の査定や評価を行っていました。

それでは変化していくオフィスを運営していく中で、企業はどうすればいいのか。私は、「管理」と「自立」をバランス良く使い分けていくことが重要だと思っています。そのための施策として、「日報」の提出が有効な手段の一つと考えます。それも過度にならない程度に業務報告を義務付けるというものです。もちろん提出だけではなく、上司から部下へのフィードバックも大切です。上司が自分の悩みや課題に向き合ってくれていることはモチベーションの向上に繋がります。それが縦の情報流の改善に結び付くのです。何にしろ、あまり形式ばらずに上下の情報の流れを少しずつ良くしていく。そんな単純なところから始めるといいのではないでしょうか。

時間と空間が重なる環境下での会話は価値があった

これまでは「定時にオフィスに出社」することで、時間と空間が重なる環境でした。当たり前のようにワーカー同士が会話をし、そこで生まれた会話はとても価値のある情報でした。しかし、そうした働く環境は、新型コロナウイルスの発生によって一転します。リモートワークやハイブリッド型の働き方が急速に導入され、時間と空間の共有が薄れていったからです。そんな変わりゆく環境の中で、私たちはどのようにコミュニケーションを取ればいいのでしょうか。

おそらく今後は、時間や空間の使い方も多様性の一つと考えられていくはずです。その変化を受け入れていくためには、俯瞰的に物事を見る力が必要になります。大きな視点で物事を捉え、他者に対する配慮をしながら働く環境を整備していく。そのような働き方で自分には見えていなかった部分を想像する。そうした能力がさらに重要になってくると思っています。