2016年のオフィス移転事例を振り返る

2016年1月~12月取材

※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

オフィス移転事例に見る最新オフィストレンドと企業の移転プロジェクトの傾向

2016年、日本経済は急激な景気の冷え込みなどもなくおおむね安定成長で推移。東京では2020年の五輪開催に向けて都市再開発が佳境を迎え、新築ビルの竣工ラッシュが始まろうとしている。そんな経済動向を背景に、数多くの企業がオフィス移転を実施してきた。本稿では、昨年1年間に取材してきたオフィス移転事例から、その傾向を考察する。

はやわかりメモ

  1. コミュニケーション環境と業務効率を改善するオフィスのワンフロア化
  2. 移転に際しては部門横断的にメンバーを選出したPJチームを編成する
  3. 内装から立地選定まで、多くのケースに共通するトレンドと変化の兆し

コミュニケーション環境と業務効率を改善するオフィスのワンフロア化

2016年に「先進オフィス事例」で取り上げた企業は、規模の拡張・縮小を問わず、複数棟あるいは複数フロアに分散されていたオフィスをワンフロアに統合した、という移転のケースが目立った。

フロア分散によるデメリットは、コミュニケーションの寸断のほかに、機能の重複やデッドスペースの発生がある。例えば、別々のビルに入居していた場合、受付や会議室といった機能を各ビルに備える必要がある。ワンフロア化することでこれらを集約することができ、しかも社内の風通しを良くすることが可能となる。中には「株式会社エイチーム」のように、上下フロアを内階段で結ぶケースもある。

株式会社エイチーム内階段

フロア間のコミュニケーションを円滑にし、移動時間の短縮、ストレス解消、運動不足解消にも役立っている内階段(エイチーム)

「ワンフロア化」というトレンドは、数年前からオフィス移転の主流となっており、この背景には、近年の都心部再開発による大規模ビルの大量供給と、テナント側の意識の変化がある。市場にワンフロアの面積が500坪~1,000坪超の大規模面積を持つ新築ビルが増えていく一方で、テナント側も従業員同士のリアルコミュニケーションをこれまで以上に重視するようになってきた。面白いことに、ITによるデジタルコミュニケーションがこれほど発達しているにも関わらず、それらを使いこなしているはずのIT関連企業ほど、リアルコミュニケーションを重視する傾向が強いように思われる。

移転に際しては部門横断的にメンバーを選出したPJチームを編成する

オフィス移転は、想像以上にパワーを要する業務となる。小規模な企業の場合は、トップが自ら陣頭に立ち、「独断」ですべてを決定する場合も。ベンチャー企業などでは、どのようなオフィスになるか従業員には事前に何も知らせず、トップがサプライズ演出を狙うというケースもよく耳にする。2016年3月に取材を行った「株式会社バーグハンバーグバーグ」などがその典型といえる。

株式会社バーグハンバーグバーグ_マルチスペース

社内に設けられたマルチスペース(バーグハンバーグバーグ)

もう少し企業の規模が大きくなると、移転担当の役員と総務部門が中心となって動くことが多い。そして、最近増えているのが総務部門のほかに営業部門や開発部門など、部門横断的にメンバーを選出し、移転PJチームを立ち上げるケースだ。「ラクスル株式会社」「株式会社エイチーム」「株式会社永和システムマネジメント」「freee株式会社」「株式会社ニューバランスジャパン」「株式会社マネーフォワード」など、それぞれ数名から20名前後のメンバーでPJチームを編成し、定期的に打合せを重ねながら実務にあたっている。

ラクスル株式会社_オープンスペース

移転PJチームによる「旧オフィスの分析」から誕生したオープンミーティングスペース(ラクスル)

PJメンバーを部門横断的に選出することには、それぞれの立場から改善提案や要望を吸い上げるという目的がある。これについては、全従業員を対象に社内アンケートを実施している企業もあり、「株式会社エイチーム」や「トリップアドバイザー株式会社」などはアンケート結果を詳細に分析してオフィスづくりの参考にしている。また、「株式会社永和システムマネジメント」の場合は、アンケートではなくPJメンバーが個々の従業員と対面形式でヒアリングを行ったという。現場の声を聞き反映することで、従業員の要望を採り入れたオフィス環境の実現を可能とする。

トリップアドバイザー株式会社_ボルダリング

社員の要望から設けられたボルダリングウォール(トリップアドバイザー)

株式会社永和システムマネジメント_コワーキングスペース

コワーキングスペース(永和システムマネジメント)

時間をかけて良いオフィスを構築するのは、「生産性やコミュニケーションの向上を考える」「移転を機に企業ブランディングの強化を図る」といった理由が多い。そして企業側は大きな予算をかけているだけに業者選定にも厳しい目を向けている。「株式会社グノシー」では旧オフィスを担当したデザイン会社を含めて複数の業者によるコンペを実施した。「株式会社ニューバランスジャパン」では最終決定までに46回のレイアウト変更をくり返したという。

株式会社ニューバランスジャパン_スタジアム

オフィスの一角に設けられたひな壇状の多目的スペース「スタジアム」(ニューバランスジャパン)

設備の改善を目的に移転。新機能を追加した事例

電力幹線システム、OAフロア、屋上緑化の分野でトップクラスの技術を開発している「共同カイテック株式会社」は、築年数の経過した自社ビル1棟から設備の整ったオフィスビルに移転を決めた例となる。もともと手狭さによって設けた分室が業務効率を悪化させていたこともあり、オフィス移転は数年前から経営課題の一つであった。それに加えて、頻繁に発生する空調や配管などの修繕が目立ってきたこともあり、移転計画が本格化した。旧オフィスビルでは、各階のフロアごとに事業部が入居していたが、新オフィスではワンフロアに事業部を集約。中央にリフレッシュルームを構築するなど、社員同士のコミュニケーションを大幅に向上させている。

重電機を中心に貿易商社として50年近い歴史を持つ「キクデンインターナショナル株式会社」は、お客様の満足度を高めるために事業を集約した。今までは工場と事務所が一体となった比較的広いオフィスであったが、工場を手放したことで新オフィスは設備や利便性の高い場所を優先した。同時に今まで抱えていた経営課題を解消。「働きやすい環境」の構築に成功した。

移転を転機にロゴマークやホームページなども大幅にリニューアル。そうして業界の堅いイメージを払拭し、オフィスだけでなく会社としてもいいイメージアップができたという。

共同カイテック_リフレッシュイルーム

新たに構築したリフレッシュイルーム(共同カイテック)

キクデンインターナショナル_エントランス

ブランディングを意識したエントランス(キクデンインターナショナル)

今後は企業ブランディングを意識したオフィス移転も

日本における建設コンサルティング・エンジニア企業の草分け的存在である「パシフィックコンサルタンツ株式会社」の新しい移転先の条件は「立地」「コスト」「BCP」「設備」「フロア形状」の5項目。特に部門間強化を図る上で分散拠点が統合可能な「立地」が最優先課題となった。

最新の免震構造を備えたオフィスビルに決定後、従業員からの意見や要望を吸上げた。その結果、新オフィスでは新たなコミュニケーションやつながりを意識した多くの機能が新設されている。交流スペースとして設けたのが「Patio」。ここでは偶発的なコミュニケーションを演出する仕掛けが施されている。窓際には気軽に打合せができる共用スペース。机の配置自体も役職者が入口側に座る「コミュニケーション型組織レイアウト」に改められた。

同社では、ちょうどCI戦略を行う時期と重なったことも有り、建設コンサルタントのリーディングカンパニーとしての企業ブランディングを意識したオフィス構築ができたという。

「株式会社ガイアックス」もブランディングを意識したオフィス移転であった。ソーシャルメディアの構築・運営を主業務としている同社では、旧オフィスでのキャパシティオーバーを理由に移転を計画。「ガイアックスらしさ」やコーポレート・ブランディングを考えたときに、何も無い大空間に自由にオフィスをデザインすることを決意する。オフィスビル1棟を借り、同社が考えるシェアリングが体現できる共有コミュニティ「永田町グリッド」を完成させた。

同社が提言しているコワーキングスペースやフリースペース、キッズルーム、イベントスペースなど、多くのシェアリングを実現する場となるファシリティが随所に盛り込まれたオフィスを構築している。

パシフィックコンサルタンツ_Patio

交流スペースとして設けられた「Patio」(パシフィックコンサルタンツ)

このほか、移転先オフィスの立地選定に関してもトレンドに変化の兆しが見られた。外資系企業の集積する丸の内・大手町、IT企業の聖地である渋谷・恵比寿などは依然として高い人気を誇っているが、その分、空室率低下が進みまとまったオフィス面積の確保が困難になってきている。それらに加え、大規模再開発の進捗によって選択肢の幅が増えたこともあり、周辺エリアへの拡散が始まっている。特に注目度の高いのが、三田・田町・品川から大崎・五反田といった山手線南西部。田町・品川間ではJR山手線新駅構想が進んでいることもあり、今後も引き続き注目されるエリアとなりそうだ。

一方、今日ではクラウドの利活用によって、「日本中どこへ行っても東京本社と同じ仕事ができる」時代になったといわれている。こうしたワークスタイルの多様化と、行政による地方創生の取り組みを受けて、「株式会社セールスフォース・ドットコム」は南紀白浜の地にサテライトオフィスを開設した。このようにテレワークを実践している事例もあり、今後もさらなる働き方の変化が予測される。

ガイアックス_シェアリングが体現できるスペース

シェアリングが体現できるスペース(ガイアックス)

66,000平米と、ビルの規模こそ違うがビル1棟を借りた例は「楽天株式会社」も同様となる。インターネットサービスを中心に、グローバルな事業展開を行っている楽天は、M&Aや業務拡張を繰り返す中で起きる人員増に対して、本社近隣に分室を設けて対応してきた。しかしその施策も限界となり、「1棟借り」をキーワードに移転先を探す。結果としてビル全体のゾーニング計画から参加できることもあり、当時建築中であった二子玉川の大規模オフィスビルへ入居を決めた。オフィス内も「個々の能力を最大限発揮できる環境」を用意し、福利厚生施設もさらにバージョンアップさせている。オフィスコンセプトの根底にあるのは「一つ屋根の下にみんなが集まれる場所」。特に、750席を用意した2つのカフェテリアは、同社の福利厚生施設の中でも最も重要視しているという。

「株式会社TBM」も企業理念をそのまま形にしたオフィス構築を行なった事例の一つだ。新オフィスは銀座中央通沿いの一等地に立地する。銀座の持つブランド力に魅力を感じて自社の事業展開への期待を重ねたという。同社は石灰石を主成分とした新素材「LIMEX(ライメックス)」の開発・製造・販売が事業内容となる。

オフィスの内装デザインもブランディングにこだわったつくりとした。オフィスの起点となるエントランスには、同社を象徴する石灰石でつくったピラミッドを配置。ガラスの壁を使用した会議室はそれぞれ現在・過去・未来をテーマにしたデザインに。天井と床には時を刻む年表を象徴した白いストライプ。巻物のような曲面の壁と組み合わせて同社の軌跡を表現させた。

今後も業種を問わず、様々な企業が経営と結びつくオフィスの構築を続けることが予測される。本コーナーでも引き続き、移転理由、目的、オフィスコンセプトなどを、より多くの企業担当者に取材を行っていく。

楽天株式会社_カフェテリア

750席を用意したカフェテリアの一つ(楽天)

株式会社TBM_エントランス

同社を象徴する石灰石を使ったエントランス(TBM)