- オフィスづくりで大切なのはプロセス
エーザイでは小石川ナレッジセンターを建設するにあたり、FMに基づく推進プロセスを重視してプロジェクトを進めた。そのプロセスとは「真のニーズの把握」→「計画条件のまとめ」→「設計」→「施工/監理」→「運用/維持管理」の5つのステップ。 - ニーズ把握と計画条件を綿密に
ニーズを把握せずに、いきなり「設計」から外部に委託してしまうケースがあるが、これでは満足できるワークプレイスにはならない。もっと「真のニーズの把握」→「計画条件のまとめ」に時間をかけるべき。ニーズの把握は単なるアンケートではなく、直接、役員層から社員までの話を聞いて真のニーズを引き出すことが重要。 - コンペよりプロポーザル
価格や一方的な提案を求めるのではなく、最適なパートナー選びにつながるプロポーザルを選択。家具などの選考にあたっては、綿密にまとめた計画条件と予算に加えて、建築設計とワークプレイス設計の内容を提示し、それらに合った提案をしてもらう方がブレのないオフィスになる。 - サプライヤーでなくパートナーへ
「サプライヤーとユーザー」の関係ではなく、一緒に協力しあいながら高い目標を目指すパートナーの関係になることで、より高いレベルの仕事ができる。また互いにFMの知識を共有することで、同じ目線、同じ言葉で意見を交換していくことが、プロジェクト成功の鍵となる。 - 多様な省エネ対策とコミュニケーションエリアの実現
今回のプロジェクトの重要課題である省エネ対策とコミュニケーションエリアの実現。建築とワークプレイスという異なる2つの重要課題の与条件整理を同時に行い、建築設計段階から、その両立を図るための検討に力を割いた。完成したオフィスは当初の目的とほとんどブレないだけでなく、さまざまなプロの知恵が引き出され予想以上のものになった。
本社地区のオフィス再構築はFMがなければできなかった。
医薬品メーカーのエーザイといえば20以上の国と地域に事業拠点を持つグローバル企業である。
「この敷地にあった久堅ビルは、もともとは研究開発を担う施設でした。しかし、1982年に筑波研究所を設立し機能を移転。その後、空いたスペースに他の部門を入れていくという作業を繰り返し、さらに大幅な増員にはスペースの継ぎ足し工事で対応するなど、かなり使いにくいオフィスになっていました。部分的には内部のリニューアル工事を行いましたが、根本的な改善までには至りませんでした。そんな中で、2002年ごろから施設戦略の第一歩として本社地区全体の複数の建物のグランドデザインについての検討を始めました」
ちなみにこのプロジェクトは、志牟田氏にとってFMの手法を実践していく貴重な機会になったという。
「私が総務部に異動になってオフィスづくりに携わるようになったのが1999年10月のことでした。最初はレイアウト変更をするにも方法がわからず戸惑っていたのですが、たまたま手にした『ファシリティマネジメント・ガイドブック』(*注)でこの分野について学ぶことになりました。そしてファシリティマネジャーの資格を取得したことが大きな転機となり、JFMA(日本ファシリティマネジメント推進協会)の講習会やイベントなどに参加。そこで知りあえた多くの企業のファシリティマネジャーたちとの交流によって得た知識をもとに、計画的なオフィスづくりを進められるようになりました」
注:ファシリティマネジメント・ガイドブック/発行は公益社団法人 日本ファシリティマネジメント協会(JFMA)。内容を改編し、現在は総解説ファシリティマネジメントが発売中である。
計画段階でワークプレイス条件と維持管理条件の整理が必要。
2007年から始まったKKCの建設プロジェクトでは、それまでの経験で培ってきたFMの技術やノウハウを最大限に活かした取り組みを行った。
「重要なのはFMの推進プロセスを、きちんとした手順で進めること。特に最初の『真のニーズの把握』と『計画条件のまとめ』は最も重要です。特に計画の段階でワークプレイスの条件や維持管理(コスト削減を含む)の条件を整理することが必要です。ここをしっかりしておけば、その後、変更が生じたとしても内容が大幅にブレることはありません」
ここで、オフィスづくりにおけるFMの推進プロセスを紹介しておこう。大きな流れは一般的な「PDCAサイクル(Plan-Do-Check-Action)」に沿ったものだが、志牟田氏は自らの経験をもとに、次のような作業を行っている。
STEP1 : 真のニーズの把握
Plan(計画)の前段階にあたるもの。今回のプロジェクトのパートナーでもある大成建設が開発した個別インタビュー手法「T-PALET」で役員層から一般社員までのニーズを顕在化していく。
STEP2 : 計画条件のまとめ
Plan(計画)にあたり、プロジェクトメンバーの参加型ディスカッションや事例見学などを繰り返し、「課題の整理」と「方針の設定」を進めていく。この段階でコンセプトとシナリオをしっかり決めておくことが重要。
STEP3 : 設計
Plan(計画)からDo(実施・実行)にあたる段階で、ここまでの条件をもとに建築設計とワークプレイス設計を専門家に依頼する。そして「安全」「省エネ」「維持管理」などの建築条件と併せてワークプレイスの条件をきちんと満たしているか、項目ごとに厳しくチェックしていく。
STEP4 : 施工/監理
Do(実施・実行)では、工期短縮とコスト削減の観点から、通常ワークプレイスで行う工事の一部を建築工事期間内に実施。またコンセプトに基づいた施工計画が守られているか?総合的な品質・工程・コスト管理ができているか? といった点について自分たちだけでなく第三者である監理者の評価も加え、Check(点検・評価)を行っていく。
STEP5 : 運用/維持管理
運営維持の観点から与条件を建築設計に反映。建物の電気料金などのライフサイクルコスト計画と中長期修繕計画を作成。稼動後、それに基づくCheck(点検・評価)とAction(処置・改善)を開始。最適な執務環境の提供と維持管理費用の最小化を最大限に考え、エンドレスなオフィスのFMを続けていく。
「オフィスづくりの失敗例でよくあるのは、最初の2つのステップを不十分なまま設計者に検討を委ねてしまうケースです。設計が進んでしまうと、あとから『期待していたものと違う』と思っても、もう修正は効きません。ですからプロジェクトの成否は、設計前の段階にかかっているといっても過言ではないのです」
ただし、そこには多くのノウハウが必要になる。
「ニーズ把握にアンケートを用いることがありますが、真のニーズ把握には本来時間をかけるべきで、役員層や一般社員から直接話を聞くことが重要だと思います」
例えばリフレッシュルームが必要かどうかを考えたとき、社員アンケートで賛成と反対が同数だったとする。しかし、この結果からは、リフレッシュルームの必要性が導き出されることはない。

1階エントランス横のコラボレーションエリア
実は志牟田氏自身もニーズを把握する方法については試行錯誤を繰り返してきた。そして行き着いたのが、大成建設が開発したインタビュー手法「T-PALET(ティー・パレット)」だという。専門のボードとカードを使用して個別に話を聞きながら真のニーズを把握していく。1人に30分から1時間程度のヒアリングを行い、その場で要求条件の重要度や優先順位を確認し、設計者に伝える与条件として整理することができる。すでに20年以上の実績を重ねながら完成されてきたものだけに、「今のところこれ以上の方法はない」と志牟田氏も絶賛している。
- 所在地:東京都文京区小石川
- 竣工/2010年4月
- 敷地面積/1,978m2
- 延床面積/7,232m2(駐車場含む)
