ソニー株式会社 厚木テクノロジーセンター105号館

ソニー株式会社 厚木テクノロジーセンター105号館

2008年2月取材

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※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

新製品の「要」になる半導体の開発拠点として
クリエティブな発想を生むオフィスへの工夫

神奈川県厚木市にあるソニー株式会社厚木テクノロジーセンターは、あらゆるエレクトロニクス製品の性能を大きく左右する半導体の開発部門が集結するなど、同社にとって最も重要な技術拠点の一つとされている。このため、エンジニアたちがクリエイティブな活動をしやすいような「オフィス環境」の整備が進められてきた。
敷地中央に大きく広がる芝生敷きの「セントラルパーク」、景観を考えて高さを揃えた建物、多様な飲食施設やリラックススペースなど、全体の印象は事業所というよりも大学のキャンパスに近い。そして3年前の再開発プランで生まれた105号館は、その後の新本社建設プロジェクトの原型をつくったともいわれる画期的なオフィスビルとして、今も高い評価を受けている。

プロジェクト担当

根岸 直樹氏

ソニーファシリティ
マネジメント株式会社
根岸 直樹氏

厚木事業部
オフィス工事部
統括部長

村山 智樹氏

ソニーファシリティ
マネジメント株式会社
村山 智樹氏

厚木事業部
オフィス工事部

オフィス管理課

ワークプレイス係
統括係長

三浦 恵美子氏

ソニーファシリティ
マネジメント株式会社
三浦 恵美子氏

厚木事業部
オフィス工事部
オフィス管理課
ワークプレイス係

夏目 亜矢氏

ソニーファシリティ
マネジメント株式会社
夏目 亜矢氏

厚木事業部
オフィス工事部
オフィス管理課
ワークプレイス係

はやわかりメモ

  1. 綿密なコンセプトワーク
    ソニーの技術開発拠点の一つである厚木テクノロジーセンターに半導体開発部門のための新ビルを建設するにあたり、ソニーファシリティマネジメントでは「開発コンセプト」「ワークプレイスコンセプト」「フロアゾーニングコンセプト」などを明確にすることで経営計画とブレないオフィスが実現。
  2. 発想を生むキャンパス構想
    中央に広がるセントラルパーク、自由に飲食のできるガーデンカフェなどで事業所をキャンパス化。105号館にもナショナルブランドのコンビニとカフェが営業している。また建物の高さを揃え景観にも配慮。これらによるコミュニケーションやリフレッシュ効果に期待。
  3. 建物の「縦」を通すキャンパスハブ
    105号館は半導体の開発拠点だが、縦に移動できるコア部分に全社員用の共有スペースを設けることで「ふれあい」を演出。ライブラリー、コミュニケーションスペース、公園など階ごとに特色あるデザインを採用。
  4. 内装工事を不必要にしたフロアゾーニング
    中央にサービスユニットを集中させたことでほかのスペースの自由度を増すことに成功。ワークエリアとラボラトリー&ミーティングエリアの比率を変えたり、新たに工夫されたデスクシステムの導入で組織変更などに伴う内装工事を不要に。
  5. 開発のスピードアップを「オフィス」で実現
    105号館建設の最大の目的は開発のスピードアップ。この課題の実現のため、オフィスの横にクリーンルームを設けた。

クリエイティブなオフィス環境に向けて
さまざまな試みが採用された厚木の105号館。

『オフィスマーケット』では昨年の3月号においてソニー株式会社の新本社オフィス「Sony City」を紹介した。ファシリティマネジメントの分野でも常に先進的な取り組みを続けてきたソニーだけに、効率的なゾーニングや組織変更による再構築のコストを最小限に抑えたユニバーサルデザイン、フロアごとの縦の移動をしやすくしたローカルコアなどの新しい試みは、その後のオフィスづくりに大きな影響を与えたといっても過言ではない。

そして今回、採りあげる厚木テクノロジーセンターの105号館も、本社につながる「ソニーのオフィスデザイン」を方向付けたプロジェクトとして注目を集めたものの一つだ。あらゆる製品技術のコアとなる半導体の開発拠点として2006年6月に竣工した7階建てのオフィスビルは、知的生産性を高めるワークプレイスのお手本ともいえるさまざまな「機能」を実現している。
「厚木の事業所は、ソニーが大きな成長を遂げる1960年代初頭に、品川区や仙台市に続く生産拠点として設立されました。その後、業務用映像機器や半導体などの開発部門を集結させることになり、テクノロジーセンターとしての位置付けが強くなったのです。それによりクリエイティブな業務をしやすいような職場環境の整備が続けられてきました。最も新しい105号館はその集大成ともいえる建物で、私たちにとっても、新しいオフィススタイルを提示できたと自負しています」

こう語るのは、再開発プロジェクトのリーダーを務めたソニーファシリティマネジメント株式会社の根岸直樹氏だ。そして実務面で中心的な役割を果たしたのは、村山智樹氏三浦恵美子氏夏目亜矢氏などの若いメンバーたちである。

「105号館の建設にあたっては、基本となる開発コンセプトだけでなく、オフィスのスタイルを定めたワークプレイスコンセプト、具体的な設計につながるフロアゾーニングコンセプトと、部分ごとに方向性を明確にしてきました。そういう作業を経てきたことで、当初の計画とブレないオフィスが実現できたのです」村山氏

それでは、それぞれのコンセプトに基づき、この先進オフィスビルがどうやってできあがっていったのか解説していこう。

さまざまな試みが採用された厚木の105号館
105号館 外観

事業所を一つのキャンパスに見立て、新たなビルの概要を決める開発コンセプト。

105号館の建設プロジェクトがスタートするにあたり、ソニーファシリティマネジメントのチームが最初に行ったのは、全体の概要を決める開発コンセプトの検討だ。

「厚木テクノロジーセンターは単なる事業所ではなく、新しい発想を生むキャンパスだと位置付けられています。従って、その全体構想にふさわしい建物にすることが第一条件でした」根岸氏

キャンパスであることを象徴しているのが敷地の中央にあるセントラルパークだ。名前の通り、芝生で覆われた公園のような広いスペースが設けられ、そこを囲むように各建物が並んでいる。
「セントラルパークは、建物と建物をつないで効率的に移動するための通路であるとともに、自由にくつろげるリフレッシュの場でもあるのです。このため、その一部にガーデンカフェを設け、『イタリアントマト』と『モスバーガー』が朝8時から夜8時まで営業しています」三浦氏

雨天時などを考え、全ての建物は連絡通路で結ばれているが、飲食施設のマグネット効果もあって、ほとんどの社員はセントラルパークを通って移動している。それにより、偶発的なコミュニケーションが期待できる。
「セントラルパークを横切る途中で知りあいに会うのは、よくあることです。閉鎖的なオフィスの中と違って話もしやすく、コミュニケーション効果は大きいのではないでしょうか」夏目氏

建設される105号館にも、当然、キャンパスの一部としての機能が求められた。
「入居するのは半導体とデバイスの開発部門ですが、同時に厚木の全社員にとって利用価値のある施設を共有部分に併設することにしたのです。検討の結果、1階に『ファミリーマート』と『スターバックス』をオープンしました」村山氏
このようなナショナルブランドとのパートナーシップは、利便性や快適性の向上につながり、社員の評判は非常にいいという。
「コンビニエンスストアを入れたのは大成功でした。一般的な事業所内の売店とは品揃えが違いますし、ファミリーマートさんの提案によりイートインコーナーを設けたことで、営業中の朝7時から夜11時まではいつでも食事がとれます。利用率は非常に高く、まさに優良店舗なんじゃないですか」根岸氏

また、キャンパスを構成する建物として、景観にも配慮している。
「厚木では全ての建物を7階建ての低層のものに統一しています。このため、セントラルパークに立つと広い青空が見え、これが気持ちいいんですね」根岸氏

開発コンセプトでは、建築や運営面でのパフォーマンスに関する目標も規定された。
「イニシャル、ランニングともにコストパフォーマンスの高い設計・施工であることや、施工段階から地球環境に配慮した省エネルギー性の高い建物・設備とすること、将来の変化に柔軟に対応できる建物・設備とするなどは絶対的な条件でした」(根岸氏
105号館ではあえて地下部分を設けず、仮設から内装工事までをわずか10カ月で終えている。
「工期が1カ月長くなれば、それに伴うコスト負担も利益損失も大きい。工事に関しては多くのノウハウを蓄積してきたことで、奇跡的ともいえるスピードアップを可能にしたと思っています」(根岸氏
事業所を一つのキャンパスに見立てた新たなビル
セントラルパーク。一部に「イタリアントマト」と「モスバーガー」が営業している。

ワークプレイスコンセプトから生まれた「ふれあい」のためのキャンパスハブ。

開発コンセプトと併行し、プロジェクトチームは105号館内のワークプレイスコンセプトの検討を進めた。ここでキーワードになったのが、「U」で始まる4つの言葉だ。
「組織の壁を無くしたオープンオフィスによるUnited、変化に対応できる柔軟性を実現するUniversal、使いやすさのUsefulは私たちがずっと追究してきたテーマですが、もう一つ、ソニーの創業者の一人である井深大が起草した会社設立趣意書にある『愉快ナル理想工場ノ建設』もコンセプトに盛り込み、Uniqueなオフィスであることを目指したのです。カフェやコンビニの併設もその一端ですが、ほかにも、キャンパスハブと呼ばれる全従業員を対象にした交流施設をつくりました」(村山氏
実はここが、ソニー本社のローカルコアの原型ともなった施設だ。その詳細を紹介しよう。
「105号館は大きく業務フロアとコア部分に分けられます。コアはエレベーターや階段による縦移動のためのスペースなのですが、ここを全社員が利用できる共有コーナーとして活用することにしたのです」(村山氏
このプランには深い意図がある。
「この建物で開発される半導体やデバイスはソニーのさまざまな製品に入るコアパーツなのですが、機能が目に見えにくいこともあって、存在を意識しにくいのも確かです。このため、半導体開発部門とほかの部門との間にはどうしても壁のようなものができてしまう。それを無くすためにも、105号館全フロアのキャンパスハブに自由に出入りできるようにし、お互いの交流を促進しようと考えました」(村山氏

そして誕生したキャンパスハブは、フロアごとに特色をもたすことで「楽しい空間」になっている。
「7階から5階までは『技術とのふれあい』をテーマに、ライブラリーや製品展示、解説などを行うスペースにしました。これによって、ソニーがどんなデバイスを開発してきたかが分かりますし、『ここに来れば半導体のことが分かる』と、ほかの部門からの利用者もかなり多くなっています」(三浦氏

「4階と3階は、リフレッシュのためのエリアにしました。自然を感じられる内装やビデオ上映、公園をイメージしたフロア、セントラルパークを眺めながらリラックスできるマッサージチェアなど、誰もが利用したくなるような空間にすることで上下階への縦移動を誘導し、フロアを孤立させないようにしたのです」(夏目氏

ソニー厚木テクノロジーセンター105号館のワークプレイスコンセプト

for you(4U)......世界を変える興奮を実現する。

United/サイロ(組織の壁)の排除
オープンオフィスを構築し、組織間の壁を無くすことでコミュニケーションの活性化を図る。

Universal/変化への迅速な対応
変化に対する柔軟な対応が可能な什器、オフィスの構築をする。

Useful/Just disposition
便利・安全・セキュリティを考慮したオフィスレイアウトにすることで機能的で使いやすい空間を追求する。

Unique/愉快なる理想工場の復活(社員のモチベーションアップ)
明るくオープンなオフィス、リラックス空間の提供、コミュニケーション空間への近接性確保、カフェ・コンビニの併設により、創造性を発揮できるオフィスを構築する。

UnitedとUniversalを大胆に推進した105号館のフロアゾーニングコンセプト。

105号館のフロアゾーニングコンセプトワークプレイスコンセプトから導かれるフロアゾーニングコンセプトにも、先進的なファシリティマネジメントへの取り組みの中でソニーが培ってきたノウハウが数多く活かされている。

「キャンパスハブからセキュリティゲートを通って入る各フロアは、サービスユニットとワークエリア、ラボラトリー&ミーティングエリアによって構成されています。プリンターの複合機、メール棚、ワードローブ、リサイクルステーションなどのオフィスサービス機能を中央のサービスユニットに集中させたことで、フロアの残りの部分のフレキシビリティを高めているのが最大の特色です」村山氏

開発部門だけに、主にパソコンによる作業をするワークエリアと、開発品などをチェックするラボラトリーエリアの両方が必要だが、その配分はフロアごとにまかせている。

「間仕切りを動かすことでスペース配分はすぐに変更できますから、異動などに伴う内装工事は一切必要ありません」村山氏

ワークエリアに並べられた「デスク」は、5,400mmのテーブルによるユニバーサルプランを採用し、業務内容によって「1,800mm×3人」「1,350mm×4人」の2パターンを用意した。

「このあたりのノウハウは、これまでのオフィスづくりで蓄積してきたものですが、従来のテーブルと違い、機器類を置くための台が付けられるものを新たに開発してもらったことで、エンジニアにとって使いやすくなっています」村山氏
また打ち合わせのためのスペースは、会議室、ミーティングエリア、サービスユニット内のミーティングブースに加え、キャンパスハブにもさまざまなスタイルのテーブルが置かれているので、不自由はしないようになっている。
「スクリーンで簡易的に仕切れるコーナーや、簡単な配置換えタッチダウン席をプロジェクトスペースにチェンジできるシステムなど、組織や業務内容の変更にも柔軟に対応できる工夫が至るところに施されています。私たちは新しいオフィスをつくるために新しい試みを導入し、運用後も使用状況を詳細に調査してきました。その経験がここで活かされ、さらに進化しながら、次のソニーの施設へと受け継がれていくのです」(村山氏



開発のスピードアップという経営課題をオフィスからもサポートするFMが大切だ。

開発コンセプトからワークプレイスコンセプト、フロアゾーニングコンセプトへと明確な方針によって設計されていった105号館だが、実はもう一つ、半導体開発に携わるエンジニアにとって最も便利な「機能」が実現している。

「今回の建設プロジェクトの計画を立てる段階で、最初に決めたのは、オフィスの横にクリーンルームを設置することでした。それにより、開発した半導体をすぐに試作し、テストできる。エレクトロニクスメーカーにとって、これほど強みはありません」(根岸氏
クリーンルームエリアはキャンパスハブと反対側に設けられている。各フロアから移動が可能であるため、エンジニアはデスク作業と試作を、同時に進めることもできるのだ。

「半導体の性能が製品の魅力を決定付けるといってもいい時代、試作をするのに、いちいち別の建物や他の事業所に移動しているようでは、開発のスピードは遅くなってしまいます。この点、105号館は全く無駄なく作業ができる。つまりここは、ソニーが技術開発の生産性向上に本気で取り組んでいることを示すシンボルでもあるのです」(根岸氏
コミュニケーションやリフレッシュのためのキャンパス環境づくりは大切だが、それはあくまで「仕事がしやすいワークプレイスが用意されている」という前提があった上でのことだ。

「エンジニアにとって最高の環境とは、自分のクリエイティブな発想を確実に形にできるワークプレイスなのです。厚木テクノロジーセンターは、全体構想からそれぞれの建物の設計に至るまで、全てこの考えに基づいてつくられてきました」(根岸氏
経営上のさまざまな目標をワークプレイスによって達成していく。ソニーのファシリティマネジメントは、常にその方向性にそって進められているのである。