ワークプレイスコンセプトから生まれた「ふれあい」のためのキャンパスハブ。
開発コンセプトと併行し、プロジェクトチームは105号館内のワークプレイスコンセプトの検討を進めた。ここでキーワードになったのが、「U」で始まる4つの言葉だ。
「組織の壁を無くしたオープンオフィスによるUnited、変化に対応できる柔軟性を実現するUniversal、使いやすさのUsefulは私たちがずっと追究してきたテーマですが、もう一つ、ソニーの創業者の一人である井深大が起草した会社設立趣意書にある『愉快ナル理想工場ノ建設』もコンセプトに盛り込み、Uniqueなオフィスであることを目指したのです。カフェやコンビニの併設もその一端ですが、ほかにも、キャンパスハブと呼ばれる全従業員を対象にした交流施設をつくりました」(村山氏)
実はここが、ソニー本社のローカルコアの原型ともなった施設だ。その詳細を紹介しよう。
「105号館は大きく業務フロアとコア部分に分けられます。コアはエレベーターや階段による縦移動のためのスペースなのですが、ここを全社員が利用できる共有コーナーとして活用することにしたのです」(村山氏)
このプランには深い意図がある。
「この建物で開発される半導体やデバイスはソニーのさまざまな製品に入るコアパーツなのですが、機能が目に見えにくいこともあって、存在を意識しにくいのも確かです。このため、半導体開発部門とほかの部門との間にはどうしても壁のようなものができてしまう。それを無くすためにも、105号館全フロアのキャンパスハブに自由に出入りできるようにし、お互いの交流を促進しようと考えました」(村山氏)
そして誕生したキャンパスハブは、フロアごとに特色をもたすことで「楽しい空間」になっている。
「7階から5階までは『技術とのふれあい』をテーマに、ライブラリーや製品展示、解説などを行うスペースにしました。これによって、ソニーがどんなデバイスを開発してきたかが分かりますし、『ここに来れば半導体のことが分かる』と、ほかの部門からの利用者もかなり多くなっています」(三浦氏)
「4階と3階は、リフレッシュのためのエリアにしました。自然を感じられる内装やビデオ上映、公園をイメージしたフロア、セントラルパークを眺めながらリラックスできるマッサージチェアなど、誰もが利用したくなるような空間にすることで上下階への縦移動を誘導し、フロアを孤立させないようにしたのです」(夏目氏)
ソニー厚木テクノロジーセンター105号館のワークプレイスコンセプト
for you(4U)......世界を変える興奮を実現する。
United/サイロ(組織の壁)の排除
オープンオフィスを構築し、組織間の壁を無くすことでコミュニケーションの活性化を図る。
Universal/変化への迅速な対応
変化に対する柔軟な対応が可能な什器、オフィスの構築をする。
Useful/Just disposition
便利・安全・セキュリティを考慮したオフィスレイアウトにすることで機能的で使いやすい空間を追求する。
Unique/愉快なる理想工場の復活(社員のモチベーションアップ)
明るくオープンなオフィス、リラックス空間の提供、コミュニケーション空間への近接性確保、カフェ・コンビニの併設により、創造性を発揮できるオフィスを構築する。
UnitedとUniversalを大胆に推進した105号館のフロアゾーニングコンセプト。
ワークプレイスコンセプトから導かれるフロアゾーニングコンセプトにも、先進的なファシリティマネジメントへの取り組みの中でソニーが培ってきたノウハウが数多く活かされている。
「キャンパスハブからセキュリティゲートを通って入る各フロアは、サービスユニットとワークエリア、ラボラトリー&ミーティングエリアによって構成されています。プリンターの複合機、メール棚、ワードローブ、リサイクルステーションなどのオフィスサービス機能を中央のサービスユニットに集中させたことで、フロアの残りの部分のフレキシビリティを高めているのが最大の特色です」(村山氏)
開発部門だけに、主にパソコンによる作業をするワークエリアと、開発品などをチェックするラボラトリーエリアの両方が必要だが、その配分はフロアごとにまかせている。
「間仕切りを動かすことでスペース配分はすぐに変更できますから、異動などに伴う内装工事は一切必要ありません」(村山氏)
ワークエリアに並べられた「デスク」は、5,400mmのテーブルによるユニバーサルプランを採用し、業務内容によって「1,800mm×3人」「1,350mm×4人」の2パターンを用意した。
「このあたりのノウハウは、これまでのオフィスづくりで蓄積してきたものですが、従来のテーブルと違い、機器類を置くための台が付けられるものを新たに開発してもらったことで、エンジニアにとって使いやすくなっています」(村山氏)
また打ち合わせのためのスペースは、会議室、ミーティングエリア、サービスユニット内のミーティングブースに加え、キャンパスハブにもさまざまなスタイルのテーブルが置かれているので、不自由はしないようになっている。
「スクリーンで簡易的に仕切れるコーナーや、簡単な配置換えタッチダウン席をプロジェクトスペースにチェンジできるシステムなど、組織や業務内容の変更にも柔軟に対応できる工夫が至るところに施されています。私たちは新しいオフィスをつくるために新しい試みを導入し、運用後も使用状況を詳細に調査してきました。その経験がここで活かされ、さらに進化しながら、次のソニーの施設へと受け継がれていくのです」(村山氏)
開発のスピードアップという経営課題をオフィスからもサポートするFMが大切だ。
開発コンセプトからワークプレイスコンセプト、フロアゾーニングコンセプトへと明確な方針によって設計されていった105号館だが、実はもう一つ、半導体開発に携わるエンジニアにとって最も便利な「機能」が実現している。
「今回の建設プロジェクトの計画を立てる段階で、最初に決めたのは、オフィスの横にクリーンルームを設置することでした。それにより、開発した半導体をすぐに試作し、テストできる。エレクトロニクスメーカーにとって、これほど強みはありません」(根岸氏)
クリーンルームエリアはキャンパスハブと反対側に設けられている。各フロアから移動が可能であるため、エンジニアはデスク作業と試作を、同時に進めることもできるのだ。
「半導体の性能が製品の魅力を決定付けるといってもいい時代、試作をするのに、いちいち別の建物や他の事業所に移動しているようでは、開発のスピードは遅くなってしまいます。この点、105号館は全く無駄なく作業ができる。つまりここは、ソニーが技術開発の生産性向上に本気で取り組んでいることを示すシンボルでもあるのです」(根岸氏)
コミュニケーションやリフレッシュのためのキャンパス環境づくりは大切だが、それはあくまで「仕事がしやすいワークプレイスが用意されている」という前提があった上でのことだ。
「エンジニアにとって最高の環境とは、自分のクリエイティブな発想を確実に形にできるワークプレイスなのです。厚木テクノロジーセンターは、全体構想からそれぞれの建物の設計に至るまで、全てこの考えに基づいてつくられてきました」(根岸氏)
経営上のさまざまな目標をワークプレイスによって達成していく。ソニーのファシリティマネジメントは、常にその方向性にそって進められているのである。