「それだけですとビルとして使いにくくなってしまうので、北側にもコミュニケーションスペースやトイレ、階段、喫煙室やローカルコアと呼ばれるリフレッシュの空間を設けました。さらに1階から19階までのエスカレーターを活用し、フロア間の移動を容易にしています」(総務センターファシリティ部、下谷高司氏)
エスカレーターはオフィスビルとしてはあまり前例がないだけに、当初はプレゼンテーションを受けた関係者からも疑問の声が出たという。しかし、新オフィスの目指すコミュニケーションの活性化を考えたとき、最も効果的だとの主張が、やがて理解されていく。
「オフィスビルにおいて、フロアにおいて情報が分断されてしまうのは大きな問題でした。内階段を設ける方法もありますが、エスカレーターを利用し、近いフロアにできるだけ関連性の高い部門を配置すれば、もっと気軽に交流できるはずです。事実、オープン後は多くの社員が利用していますし、そこで出会った仲間に話しかけるといったシーンも見かけれられるようになり、効果は十分あると思います」(小山氏)
もちろん、ただエスカレーターを設置するだけでなく、社員がフロア間を移動しやすくなるようなさまざまな工夫をしている。
「北側のローカルコアは3フロア分をワンセットとし、デザインやしつらえを少しずつ変えることでバラエティを持たせました。利用者はそのときのニーズや気分に合わせて上下の階にも移動するため、そこで出会いが演出できるのです」(佐藤氏)
エスカレーターの利用により、エレベーターだけに頼っていたビルに比べて人の滞留が極端に少なくなったという。
「1階分の移動であれば階段、5階分くらいまでならエスカレーター、それ以上はエレベーターと使い分けされることで、出退勤時や昼休みにエレベーターの前に人が並ぶようなことはほとんどなくなりました。エレベーターも分速360メートルと240メートルの高速機を導入しており、移動時間によるロスはかなり少なくなったはずです」(下谷氏)
中間階に共用施設を配置したフロアプランも、移動の効率化に大きな効果をあげている。
「ビルの持つポテンシャルを最大限発揮することを目指し、社員食堂やカフェテリア、コンビニエンスストアなどを12階、ビジネスサポートエリアを13階に置き、高層階からも移動しやすいようにしました。また、1階から4階までの低層部分にもカフェやレストラン、会議室などがあり、導線はかなり分散されています。6000人が働くビルとなると、人がスムーズに移動できる環境をつくるのは非常に重要です。私たちは事前に多くのシミュレーションを行い、最適化設計を行うことで、この問題を解決できました」(佐藤氏)
働き方を変えコスト削減にもなるオフィスのユニバーサルデザイン
次にフロア内のデザインについて見ていこう。
北と南のコアをつなぐ通路として、中央鬼「ブロードウェイ」と呼ぶ広い通路が確保されている。通路の側面はガラスになっているため、両翼の執務スペースを見通すことができる。
「ここはコミュニケーションの要となる重要なスペースです。これを維持しつつ、オフィスの最適なレイアウトを両立するために、1センチ刻みで検討を行い、最終的には3メートル確保することで、自由に往来できるようにしました」(佐藤氏)
それだけに管理は厳重で、「もし、ダンボールなどを置くような人がいれば、一瞬で撤去します」と笑う。そして執務スペースには、開発・設計から事務まで多様な業務に対応できるユニバーサル仕様のテーブルが並ぶ。事務系は1人あたり135センチメートルの幅が「スタンダード」として確保されており、原則としてレイアウトは固定、社員が必要に合わせて移動するスタイルだ。ただし、ノンテリトリアルにするか個人席を設けるかは、各セクションに任されている。これは小山氏が以前から行ってきた方法だ。
「ソニーでは、施設は総務センターがつくり、運用方法は利用者がメニューの中から選択できるという方針を続けてきました。事前に決めたルールを原則とし、『それが守れないのであれば、部門でコストを負担してほしい』としてきたのです。今回のプロジェクトでも『レイアウトを特別なものに変えてほしい』と要望するセクションはありましたが、経営課題に即していないものは、すべて断りました。理想とするワークプレイスを崩してしまっては『経営課題に応える働き方を推進する』という目的が達成できません」(小山氏)
実際に運用を始めてみると、ノンテリトリアルオフィスに興味を示す部門は多かったという。
「私たちが事前に調査したところ、旧来型の島型対向レイアウトによる固定席のオフィスでは、兼務者席が多くほとんど不在にも係わらず平均2割のデスクが無駄になっており、そこにプリンターや荷物を置いているケースすら見られました。ノンテリトリアルの採用によりこれらが不要になるため、スペースを有効活用したいユーザーにとっては、運用の選択肢が増えたと思いますね」(佐藤氏)
なお、試算によると、ユニバーサルデザインの採用により、オフィススペースの効率は全体で9%向上し、レイアウトの変更工事は50%以上削減が可能だという。
「レイアウト工事が少なくなるだけで、年間5~10億円のコストをセーブできます。FMでは効率(コストマネジメント)と効果(サービスの向上)のバランスが重要であり、この点でも、新本社は経営の期待に十分応えるものになっているのです」(小山氏)
ユーザーへの窓口を一本化するワンストップサービスの徹底
ソニーのFM活動の原点となったのは、サービスの一本化を進めたワンストップ制の導入だが、新本社ではさらにこの考えを進めている。
「新しい本社ビルは、ソニー総務センターの委託を請けたソニーファシリティマネジメント株式会社(SFM)がサイトマネジメントの中核を担います。従来の管理方法であれば、サイトマネジメントの段階で会議室や飲食設備、業務支援などによって担当がバラバラでした。しかしそれでは利用者が混乱してしまい、質の高いサービスは提供できません。このため、サイトマネジメントにおける担当者の役割を横串にし、どの分野であっても、窓口となった1人が責任を持って対処できるようにしたのです」(小山氏)
この方針を可能にするには総務スタッフの教育も必要だが、効果は非常に大きかったという。
「ユーザー側の評判がいいのはもちろんですが、もう一つ、サイトマネジメントを担当するスタッフの意識も高まったように思います。1人がさまざまな施設や設備を担当することになり、単なる事務処理ではなく、FMそのものの意味を考えて行動するようになりました。つまりワンストップサービスの導入は、サイトマネジメントにおいても知的生産性を向上させる効果につながったのです」(小山氏)
新幹線新駅の開業以来、品川駅の周辺は日本のビジネスエリアとして便利な場所の一つになった。「国内でも国外にも移動しやすい立地は、ソニー本社の所在地として最高の条件」と小山氏が評するようほかにも多くの企業が移転を考えている。そこに誕生した新しいビルは、充分にシンボリックな存在になるはずだ。
「求心力となる存在感のある本社を持つのは企業にとって重要ですが、ただそれだけでは何も変わりません。その内部に、新しいワークスタイルを推進する施設やサービスがなければ、本当の意味で経営に役立つファシリティにはならないのです」(小山氏)
先進的な「環境」への取り組みでも注目を集めるソニーの新本社ビル
グローバルカンパニーとしての社会的責任(CSR)を果たすため、ソニーの新本社ビルでは環境面におけるさまざまな取り組みを行った。まず建設段階では、生コンクリートの生産プラントを敷地内に設置して移動による環境への負荷をなくしただけでなく、ユニット工法の採用により約470トンのCO2削減を可能にしている。
「そのほか、搬入物梱包の簡素化、端材の有効利用、建設廃材の収集・分別の徹底などによっても、500トン以上のCO2削減効果を生んでいます」(総務センターエネルギーソリューション室、市側達也氏)
次に運用段階では、高効率熱源機器や、CO2センサーによって無駄なく運転できる空調システム、室内照明の自動制御、NAS電池によるオール電化厨房の採用などによって合わせて年間約430トンのCO2を削減した。
「もう一つ大きいのは、隣接する東京都下水道局芝浦水再生センターの下水処理水を活用しているところで、それだけでも年間22トンのCO2削減が可能です」(市側氏)
このシステムは下水道局側からの働きかけによって実現したものだが、民間オフィスビルとしては初めてのケースとして注目されている。
「建築時を含めて35年間のCO2排出量を計算したところ、一般的なビルに比べて約40%、省エネ型ビルに比べても約7%少なくなっています。つまり、ソニーの本社は世界最高レベルの環境負荷の少ないオフィスビルといえるわけで、この点でも、会社の姿勢を示す存在になっているのではないでしょうか」(小山氏)
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