株式会社寺岡精工

2007年8月取材

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※ 記事は過去の取材時のものであり、現在とは内容が異なる場合があります。

事業部による社員のスカウト、勤務時間不定という
自由な社風に合ったカフェオフィスとフロアプラン

寺岡精工は1934年創業の歴史ある精密機器メーカーだ。古くは「はかり」のトップブランドとして知られるが、現在では電子はかり、POSシステム、電子計量値付システム、自動計量包装値付機、店舗総合情報管理システム、浄水システムなどの幅広い製品を生産している。
2005年、大田区久が原の本社事業所をリニューアルし、企画・開発・営業の中核拠点として再編成を図る。なかでも新たなシンボルとなったS棟は、事業部ごとのフロアプランや1階部分の従業員食堂を兼ねたカフェオフィスといった斬新な試みで大きな話題になっている。

プロジェクト担当

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株式会社寺岡精工
山田泰樹氏

コーポレート
サービス部
人事課次長

宮本 之氏

株式会社寺岡精工
宮本 之氏

コーポレート
サービス部
人事課係長

小鷹義和氏

ソニーファシリティ
マネジメント
株式会社
小鷹義和氏

事業開発室課長
一級建築士

寺岡精工

はやわかりメモ

  1. エントランスにカフェという大胆な発想
    コミュニケーションを活性化するには、もっとも人が集まりやすい場所に、さらにマグネット効果のある施設をつくるのがベスト。接客や会議に使われる1階にカフェと社員食堂を同居させた「カフェオフィス」は有効。ほとんどの社員が1日1回以上は利用し、インフォーマルコミュニケーションの機会が増える。
  2. 経営方針とオフィス戦略は一致する
    事業部長が毎年、スタッフを公募するフリーエージェント制、出勤時間が決まっていないフリータイム制など、自由な働き方を推進している組織では、人が集まるスペースを増やすことで交流の頻度が飛躍的に高まる。
  3. 1事業部1フロアで情報を共有
    営業や開発といった職種ごとにオフィスを分けるのではなく、事業部単位で1フロアに全スタッフを集合させる。さらにマグネット効果のあるコミュニケーションコーナーを置くことでコミュニケーションの密度は飛躍的に高まる。
  4. オープンオフィスのセキュリティ対策
    警戒線をセキュリティレベルに合わせて段階的に設置。心理バリアと物理バリアを有効に活用することで、オープンな雰囲気と安全を同時に実現できる。
  5. カフェオフィスはショールームにもなる
    自社製品を設備の一部に活用したり、メモリアル商品を展示することで、社内外に向けての効果的なアピールになる。

エントランスに続くカフェと社員食堂先進の姿勢が画期的なオフィスを生んだ

大田区久が原、国道1号線(第二京浜)沿いにある株式会社寺岡精工の本社事業所に建つS棟には、初めて訪れた誰もが驚く「仕掛け」が施されている。エントランスを抜けると最初に目に入るのはカフェカウンターだ。ここではコーヒーなどの飲みものに加え、焼きたてのパンもサービスされるため、あたり一面においしそうな香りが漂う。しかもその奥にはレストランまで設けられている。

「ここは、従業員用の食堂を兼ねたカフェオフィスと呼ぶコミュニケーションスペースになっています。食事や休息に利用されるだけでなく、接客や打ち合わせの場所でもあるため、いつも多くの人で賑わっていますね」

そう説明をするのは総務と人事を担当するコーポレートサービス部の田泰樹氏だ。来客が出入りするエントランスフロアに社員食堂を設置する。この大胆な試みは、寺岡精工の役員会議で決定した事項である。と同時にソニーファシリティマネジメント株式会社の小鷹義和氏が従来から温めていたアイデアでもあった。

「カフェや食堂は最も強く人を引き寄せるマグネット効果を発揮します。そんな有力なアイテムはオフィスのいちばん大切な場所に設置するのがベストだと前々から考えていました」

この両社共通の思いが、その斬新的なアイデアを現実的にした。

「他の会社で提案したことはあるのですが、『社員食堂は外に見せるものじゃないだろう』と常識論で反対され、実現は難しいと思っていました。それだけに、『新しい常識を創造する会社であることをイメージさせたい』という考えを持つ寺岡精工は先進的な会社だと思いましたね」と小鷹氏はいう。

実はこういった前例にこだわらない発想こそが、寺岡精工がソニーファシリティマネジメントに期待していた部分だったという。コーポレートサービス部の宮本之氏が語る。

「事業所のリニューアルを計画したとき、参考になる例を探そうと多くのオフィスを見学しました。その中にソニー株式会社の湘南テクノロジーセンターがあり、こういう楽しいオフィスをつくったスタッフに設計をお願いしたいと思ったのです。寺岡精工は新しい価値の創造を理念とする会社であり、大胆な提案は経営トップも含め大歓迎ですね」

フリーエージェントにフリータイム自由に働く文化を支援するオフィス

寺岡精工の現在の社長である寺岡和治氏は創業者から数えて三代目にあたる。技術者だけあって進取の気性に富み、経営面でも多くの改革を推進してきた。その一つが「超事業部(ビジネスユニット)制」だ。

「1年ごとに事業部長が経営トップに事業計画のプレゼンテーションを行い、承認を受けてからスタッフを募っていくのです。つまりプロ野球のフリーエージェント制と同じです。毎年、5%~10%程度の社員が異動しますね」山田氏

社員にとっては自分の実力を認めてもらわなければ希望する部署に行けないため、自然とモチベーションが高まる。その結果、自発的に働く職場となり、会社も彼らの自主性を尊重する姿勢を示した。

「決まった出勤時間もコアタイムもない完全なフリータイム制を5年前から採用しています。社員はたとえ5分間でも会社に来れば、出勤したとみなされるのです」(山田氏

普通の企業であれば生産性が下がりそうな制度だが、超事業部制との連動により「むしろ、がんばりすぎるなと声をかけることのほうが多いほど」山田氏はいう。オフィスのリニューアル計画を立てるとき、小鷹氏もこのような寺岡精工の先進性に着目し、そのワークスタイルをもっとサポートできる空間をつくろうと、現在のS棟を設計した。

「働き方が自由なのですから、食堂はいちばん便利な場所に置き、しかもいつも利用できるようにしてみんなが集まれるようにしたほうがいい。その結果、まさに経営方針と一致したファシリティができあがったのです」

カフェオフィスのマグネット効果は、当初、予想した以上で、1日に販売した飲みものの数から計算すると、ほとんどの社員が食事以外に1回はここを利用していることになるという。

「S棟ができる前の社員食堂はこんなにオープンな雰囲気ではなかったため、食事以外に利用することは少なかったのです。しかし今は、ここに来れば誰かに会え、ついつい話がはずむ。そのコミュニケーション効果は大きいと思いますね」(宮本氏

ここにも、小鷹氏なりの計算があった。

「本社に勤務する社員は500名ほどで、しかも毎年多くが異動することもあり、ほぼ全員が顔見知りです。全社員で家族同伴可の社員旅行(海外)を行なっているという文化もある。それだけに、自然に集まれる場所をつくれば交流の機会は飛躍的に増える。つまりこの会社の持つ家族的な良い文化を、ファシリティが補完していくのです」

ちなみにカフェオフィスの奥には喫煙室があり、夕方以降は自販機で酒類の購入が可能になる。

「帰り際、ここで1杯やって、居合わせた人と盛りあがることは多いですね。会社は仕事だけをする場ではなく生活をする場でもあります。カフェオフィスはそのことに、改めて気づかせてくれました」(宮本氏

企画・営業・技術を1フロアに事業部内の交流を活発にする工夫

それではS棟のほかのフロアについても見ていこう。
2階は研修と会議のためのスペースで、可動間仕切りによりフレキシブルな運用が可能だ。社内だけでなく協力会社のスタッフへのセミナーが頻繁に行われている。そして3~8階が執務エリアとなる。ここの設計も、さまざまな先進思想が活かされている。

「原則として1事業部1フロアの配置にし、営業、企画、開発設計、市場サポート、試作検討と、その事業に携わる社員がすべて同じフロアに集まるようにしました。全体が見通せるため情報交換がしやすく、自分で考えながら行動できるオフィスになったはずです」(小鷹氏

それまでは営業や企画といった職種ごとに部屋が分かれていただけに、社員の意識は大きく変わったという。

「たとえば営業が市場で得た情報を技術者にフィードバックしようと思っても、職場が離れていると、ついつい後回しにしてしまいます。しかしこのレイアウトであれば、数秒で相手のデスクまで行き、話ができるのです」山田氏

さらにフロア内の交流をより活発にするためにいくつかの工夫も加えた。

「エレベーターホールから入ってくる中央のスペースにコミュニケーションコーナーを設け、ドリンクベンダーや雑誌、コピーなどを集中して人が集まりやすいようにしました。また打ち合わせコーナーや部内会議室もかなり広くとってあるので、あらゆる場所で情報交換が可能です」(鷹氏

コミュニケーションコーナーはS棟で初めて導入されたが、そのマグネット効果には宮本氏も驚いている。

「海外も含めて出張に行く社員は結構多いのですが、お土産などをここに置いておくと自然に人が集まり、会話が生まれる。その結果、誰がどんな仕事をしているか、理解が深まったと思います」

心理バリアによる警戒線であっても完璧なセキュリティが構築できる

入退室管理S棟の建設を含む本社事業所のリニューアルプロジェクトにおいて、オフィスの設計・デザインとともに大きな課題となったのがセキュリティシステムの構築だった。

「1階カフェをオープンなスペースにしたいと考えたとき、ほかの3棟を加えた事業所全体のセキュリティゾーンをどう設定するか、新たなルールづくりが必要になったのです」(小鷹氏

簡単なのは敷地への出入りを完全にチェックし、その上で建物や部屋ごとの管理をする方法だが、それは不可能であることがわかる。

「正門だけでなく駐車場などからも敷地内に入れるようになっていたため、第1警戒線を厳重にするにはすべて高い塀で囲み、要所要所にガードマンを配置しなければなりませんでした。それではコストが増大してしまいます。そこで考えたのが、正門の受付をバーチャルなバリアとするアイデアでした」小鷹氏

仕組みとしてはこうなる。まず社内のセキュリティゾーンを次のように設定する。

セキュリティゾーン

そして社員証を兼ねたICカード「Felica(フェリカ):ソニー株式会社が開発した非接触ICカードの技術方法」により、ゾーンごとの入退室管理を行うのだ。

「第1警戒線は物理的に区切らないものの、社員も来訪者も最初に受付に顔を出してチェックを受けないと社内に入れないというルールと仕組みをつくることで、心理的なバリアとしました」(小鷹氏

S棟は目の前に受付があるので、そこを通らずにカフェオフィスに入るのは難しい。さらに入退室管理は第1警戒線から第2、第3、第4と順序通りに進まないと開錠できないダブルアンチパスバック方式を採用しているので、受付でチェックを受けなかった人がそれ以上奥に進入することは不可能だ。

「ダブルアンチパスバック方式では入室だけでなく退室までチェックするため、万が一、外部の人がオフィス内に入ったとしても、入室記録がなければ外には出られません。つまり、第2警戒線以降を厳しく管理することで、第1警戒線は心理バリアだけで済むのです」(小鷹氏

社員にとって、オフィスを出入りするたびにカードによるチェックを受けなければならなくなる点は面倒ではあるが、慣れてしまえばそれほど不自由は感じないという。

「フェリカはカフェオフィスの支払いにも使えるので、かえって便利になった部分もあります。セキュリティの必要性は充分にわかっており、このシステムによって会社が守れるのですから、私自身は導入に大賛成でしたね」宮本氏

社員が喜ぶオフィスをつくることが帰属意識やモチベーションの向上に

そのほか、寺岡精工のS棟における工夫の数々を紹介しておこう。

ユニバーサルレイアウトの採用

ノンテリトリアルは導入せず、すべて固定席だが、異動のときは人だけが動いてデスクの配置は換えず、組織変更に柔軟に対応できるようにしている。また島型対向のデスクはパーテーションで自由にサイズが変えられるタイプ。現在は6mの机3人でシェアするのが標準だが、機器のチェックなどをする技術者は広げることができ、その点でもフレキシブルな利用が可能。

ショールームとしてのカフェオフィス

自社製品である自動計量販売システムを使ったグラムデリ(グラム単位でおかずを買える)や浄水システム、オゾン除菌脱臭洗浄機、POSレジ、Edy精算システムなどをカフェオフィスに設置し、ショールームとしても活用しているだけでなく、社員に製品を身近に感じてもらうようにしている。歴史的な商品である「はかり」も展示し、帰属意識を高める工夫をした。

「食堂」に見えない社員食堂

昼食時間を除けば厨房との間をデザインされたドアで仕切り、見えなくする。

「食事以外の目的でこのスペースを使おうと思っても、厨房が見えたら、なかなか気持ちの切り替えができません。このため、新規通常は食堂にいると感じないような工夫をしました」(小鷹氏
多目的に使えるカフェテーブル

カフェオフィスのテーブルは小鷹氏がデザインしたもので、自由に合体が可能。このため大人数の打ち合わせやパーティーなどにも利用できる。

パワーミーティングができる会議室

カフェオフィスの一画にガラスパーテーションで区切った会議室を2部屋設置した。場所の利を活かして昼食を兼ねたパワーミーティングにも使われている。

どの部分においても、目的を明確にして設計・デザインしただけに、ユーザーの評価はかなり高くなっている。

「とにかく、社員たちが『いいオフィスができた』『会社に来るのが楽しくなった』と喜んでくれるのがうれしいですね。これからの企業は、社員満足度を高めるための投資を積極的にしなければいけません。それは採用などにも効果的に働くわけで、決して無駄なコストではないのです」(山田氏

ユニバーサルデザインを採用したオフィス全景

ユニバーサルデザインを採用したオフィス全景。

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